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 第327話 陽炎月の収支

 誰かが、去った場所にも。


 日常は、続いていく。


 ――それは。


 冷たいことではない。


 積み重ねてきた仕組みが。


 確かに、機能している証だった。

 評議会の間。


 ヒコが、南方へ発ってから、数日が経っていた。


 いつもの席には、ヒコの姿がない。


 だが。


 評議会は、いつも通りに始まった。


──────────────────────────────────────


 ゴルフが、帳簿を広げる。


「今月の収支報告です」


 バルドが、資料を受け取り、確認する。


「収入、支出ともに」


「例年通りですね」


「はい」


 ゴルフが、頷いた。


「特に、問題はありません」


──────────────────────────────────────


 ドガンが、腕を組んだまま、評議会の間を見渡した。


「妙な話だな」


「領主が、いないというのに」


「会議は、いつも通りに進む」


 バルドが、小さく笑った。


「妙なことでは、ないと思います」


「これが」


「本来の姿なのかもしれません」


──────────────────────────────────────


「南方からの連絡は」


 ドガンが、尋ねた。


「今朝、届きました」


 バルドが、答える。


「ヒコ様は、無事に」


「南方廃址へ到着」


「ゼドさんと、サヤさんの様子を」


「確認中とのことです」


──────────────────────────────────────


 評議会の間に、僅かな安堵が流れた。


 ドガンが、頷く。


「詳しい報告は」


「まだか」


「はい」


「続報を待ちます」


──────────────────────────────────────


 バルドは、資料をめくりながら、続けた。


「弾劾請求の審議日程についても」


「王都から、連絡が」


「雷鳴月一日と」


「正式に決まりました」


 ドガンが、鼻を鳴らす。


「予定通りだ」


「準備は、抜かりなく」


──────────────────────────────────────


 会議が、一通り進んだ後。


 バルドは、評議会の間に残っていたドガンに、静かに声をかけた。


「ドガンさん」


「気づきましたか」


「何をだ」


 バルドは、少し間を置いた。


「今日の会議」


「誰も」


「ヒコ様に、判断を仰ごうとしませんでした」


──────────────────────────────────────


 ドガンは、しばらく考えた。


「言われてみれば」


「そうだな」


「以前なら」


「何かあれば」


「まず、ヒコ様の意見を聞いていた」


「今日は」


「それぞれが」


「自分の判断で」


「動いていた」


──────────────────────────────────────


「悪いことでは、ないだろう」


 ドガンが、続けた。


「むしろ」


「これが」


「あるべき姿かもしれん」


──────────────────────────────────────


 バルドは、静かに頷いた。


「ヒコ様が」


「いつも、おっしゃっていました」


「私が、いなくても」


「守れる仕組みを、作りたいと」


「今」


「それが」


「少しずつ」


「形になっているのかもしれません」


──────────────────────────────────────


 ドガンは、腕を組んだまま、窓の外を見た。


「だが」


「それは同時に」


「あの人が」


「この地に」


「必ずしも」


「必要ではなくなる日が」


「来るかもしれん、ということでもある」


──────────────────────────────────────


 バルドは、その言葉に、少し考え込んだ。


「そうですね」


「ですが」


「それは」


「悪いことでは、ないと思います」


「守るべきものが」


「一人の力に頼らなくても」


「立っていられるようになる」


「それこそが」


「本当の強さでは」


「ないでしょうか」


──────────────────────────────────────


 ドガンは、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「お前も」


「変わったな」


「そうでしょうか」


「以前のお前なら」


「そんなことは」


「言わなかった」


 バルドは、少し照れたように、目を伏せた。


「この地で」


「多くのことを」


「学ばせて、いただきましたから」


──────────────────────────────────────


 夕暮れ。


 評議会の間の窓から、街並みが見えた。


 人々が、いつも通りに行き交い、働き、暮らしている。


 領主が、いなくても。


 この光景は、変わらない。


 それは、寂しさではなく。


 確かな積み重ねの、証だった。


──────────────────────────────────────


 誰かが、去った場所にも。


 日常は、続いていく。


 バルドは、その光景を静かに見つめながら。


 この一年で、この地に根付いたものの大きさを。


 改めて、感じていた。


 そして。


 それこそが。


 ヒコが、この一年で残したものなのだと。


 第327話 陽炎月の収支 了

【次回予告】南方、到着。

 辿り着いた場所に、待っていたのは、答えではなかった。


──────────────────────────────────────


【領地収支・第327話時点】


・所持金:金貨4185枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第327話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:90%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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