第324話 喪失、その一
守るために、進んだ道の先に。
失うものが、待っていることがある。
――それは。
誰にも、予告されない。
ただ、唐突に、訪れる。
早朝。
調査隊は、防衛機構の記録調査を、続けていた。
ゼドが、構造物の足元に、しゃがみ込む。
「ここに」
「刻印が、ある」
「見たことのない、文字だ」
──────────────────────────────────────
タウルスが、少し離れた位置から、警戒を続けていた。
「無理は、するなよ」
「分かっている」
ゼドは、慎重に、刻印を写し取っていく。
筆先が、紙の上を、静かに、滑っていく。
──────────────────────────────────────
その時だった。
構造物の表面に刻まれた模様が。
突然、赤く、明滅し始めた。
規則正しかった光の脈が、乱れる。
サヤが、はっと、顔を上げた。
「これは――」
──────────────────────────────────────
「離れろ!」
タウルスが、叫んだ。
だが。
間に合わなかった。
構造物が、轟音とともに、起動する。
巨大な腕が、振り上げられた。
──────────────────────────────────────
カインが、咄嗟に、近くにいた若い騎士を、突き飛ばした。
直後。
構造物の腕が、地面を抉る。
巻き上がった瓦礫の一部が、カインの肩を掠めた。
「くっ――」
カインが、片膝をつく。
傷は、深くない。
だが。
痛みに、顔が歪んだ。
──────────────────────────────────────
「ゼドさん、下がって!」
サヤが、叫んだ。
だが。
ゼドは、動かなかった。
刻印の文字を見つめたまま。
まるで、その場に、縫い付けられたように。
──────────────────────────────────────
「ゼドさん!」
タウルスが、駆け寄ろうとした。
その瞬間。
構造物の光が、一際強く、輝いた。
術式の線が、地面を這うように、広がっていく。
その光の先端が。
ゼドの足元に、達した。
──────────────────────────────────────
「ゼド!」
タウルスの声が、響く。
光が、ゼドの全身を包んだ。
次の瞬間。
ゼドの身体が、その場に崩れ落ちた。
──────────────────────────────────────
「ゼドさん!」
コリンが、駆け寄る。
脈は、ある。
呼吸も、ある。
だが。
ゼドは、目を開けない。
何度、呼びかけても。
反応が、なかった。
──────────────────────────────────────
構造物は、光を失い。
再び、沈黙した。
まるで。
何事も、なかったかのように。
だが、その足元には。
意識を失ったゼドが、横たわっていた。
──────────────────────────────────────
サヤは、その光景を、《可視化》で追っていた。
光が、ゼドへ流れ込んだ瞬間。
膨大な情報の奔流が。
サヤの視界へも、逆流してきた。
文字にならない色。
意味を成さない流れ。
見たことのない情報が、次々と押し寄せてくる。
あまりの情報量に。
サヤの視界が、白く染まっていった。
──────────────────────────────────────
「サヤさん!」
コリンの声が、遠くに聞こえた。
サヤは、頭を抱え、その場に座り込んだ。
目を開けている。
それなのに。
何も、見えない。
《可視化》が、暴走しているのか。
それとも。
何かを、見せられているのか。
自分でも、分からなかった。
──────────────────────────────────────
「サヤさん、聞こえますか」
コリンが、サヤの肩を支える。
サヤは、震える声で、答えた。
「見え、ません」
「何も……」
「真っ白で……」
コリンは、すぐに、サヤの状態を確認した。
脈は速い。
だが、意識は、ある。
「大丈夫です」
「意識は、あります」
「無理に、見ようとしないで」
「目を、閉じて」
──────────────────────────────────────
サヤは、言われた通り、目を閉じた。
それでも。
まぶたの裏で、色が、渦巻き続けている。
見えている。
なのに。
理解できない。
以前、自分が口にした言葉が。
こんな形で、返ってくるとは。
サヤは、思っていなかった。
──────────────────────────────────────
タウルスが、ゼドの身体を、抱え上げた。
「息は、ある」
「だが」
「目を、覚まさない」
タウルスの声には。
隠しきれない焦りが、滲んでいた。
──────────────────────────────────────
カインが、痛む肩を押さえながら、立ち上がった。
「俺は、平気です」
「それより」
「ゼドさんと、サヤさんを」
「早く」
──────────────────────────────────────
コリンが、素早く、判断を下した。
「野営地へ、戻ります」
「ゼドさんの容体は」
「私の手には、負えないかもしれません」
「フォルテス領へ」
「早馬を」
──────────────────────────────────────
誰も、多くを、語らなかった。
ただ。
それぞれが、できることを、急いで、行った。
構造物は、今も、静かに、沈黙している。
まるで。
最初から、何も、なかったかのように。
──────────────────────────────────────
誰かの意図なのか。
純粋な、誤作動なのか。
その答えは。
まだ、誰にも、分からなかった。
ただ。
確かなことは、一つだけだった。
守るために、進んだ道の先で。
仲間の一人が、意識を失い。
もう一人は、《可視化》の異常に、襲われている。
その事実だけが。
静かに。
重く。
そこに、あった。
第324話 喪失、その一 了
【次回予告】届いた報せ。
言葉にならない報せほど、速く、届く。
──────────────────────────────────────
【領地収支・第324話時点】
・所持金:金貨4185枚(変動なし)
──────────────────────────────────────
【発展進捗・第324話時点】
・防衛:122%(変動なし)
・食料:101%(変動なし)
・水 :100%(変動なし)
・住居:90%(変動なし)
・インフラ:105%(変動なし)




