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 第310話 観測者の願い

 願うことと、望むことは、似ているようで、違う。


 望む者は、動く。


 願う者は、ただ、待つ。


 ――では、あの人は。


 どちらなのだろうか。

 執務室。


 バルドが、一通の書状を手に、入ってきた。


「ハイム子爵から、面会の申し入れです」


 ヒコは、少し、意外そうな顔をした。


「珍しいですね」


「向こうから、というのは」


「はい」


 バルドが頷く。


「これまでは、いつも、こちらから、動いていました」


「向こうから、お越しになるのは」


「初めてです」


──────────────────────────────────────


 数日後。


 ハイム子爵が、フォルテス領を訪れた。


 いつも通り、静かな足取りで、応接間へ入ってくる。


「お招き、感謝します」


 ヒコが、席を勧める。


「今日は、何用でしょうか」


 ハイムは、ゆっくりと、座った。


 しばらく、何も言わなかった。


 やがて、口を開く。


「南方の調査、進んでいると、聞きました」


「その結果を」


 ハイムは、そこで、一度、言葉を切った。


「共有していただくことは、できませんか」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、少し、驚いた。


 これまでのハイムは、常に、等価交換の姿勢を、崩さなかった。


 情報を求める時は、必ず、何かを差し出してきた。


 だが、今回は。


 差し出すものについて、まだ、何も言っていない。


「珍しいですね」


 ヒコが言った。


「ハイム子爵から、先に、頼み事をされるのは」


 ハイムは、僅かに、目を伏せた。


「そうかもしれません」


──────────────────────────────────────


「理由を、伺っても」


 ヒコが尋ねると、ハイムは、少し、間を置いた。


「私は、長く」


「物事を、遠くから、見てきました」


「関わらず」


「自らは動かず」


「ただ、観測することだけを」


「自分の役割だと、思っていました」


 ハイムの声は、いつもと、変わらず、静かだった。


 だが、その言葉には、僅かに、何かが滲んでいた。


──────────────────────────────────────


「タナール文明の痕跡は」


「私にとっても、無関係では、ないのです」


 その一言に、ヒコは、僅かに、目を細めた。


「無関係ではない、というのは」


 ハイムは、それには、答えなかった。


 代わりに、静かに、続けた。


「見るだけでは、分からないことが、あります」


「ですが」


「今回だけは」


「見るだけの立場から、少しだけ、踏み出したい」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく、ハイムを見つめていた。


 この人は、いつも、何かを隠している。


 だが、隠していることと、嘘をついていることは、違う。


 これまでの付き合いで、それだけは、分かっていた。


「条件付きで、応じます」


 ヒコが、告げた。


 ハイムが、視線を上げる。


「条件は」


「調査隊が、無事に、帰還した後」


「その情報が、フォルテス領にとって、不利益にならないと、確認できた範囲で」


「共有します」


──────────────────────────────────────


 ハイムは、しばらく、黙っていた。


 そして、小さく、頷いた。


「妥当な条件です」


「それで、構いません」


──────────────────────────────────────


 ハイムが、席を立とうとした時。


 ヒコが、もう一つ、尋ねた。


「ハイム子爵は」


「あの遺構に、何を、見ているんですか」


 ハイムは、扉の前で、立ち止まった。


 振り返らないまま、答える。


「まだ、言葉に、できません」


「ただ」


 一拍の、間があった。


「見えないふりを、続けるのが」


「難しくなってきている、とだけ」


──────────────────────────────────────


 ハイムが、去った後。


 バルドが、小さく、息を吐いた。


「今のは」


「今までで、一番」


「踏み込んだ言葉でしたね」


 ヒコも、頷いた。


「ハイム子爵にも」


「何か、動く理由があるのかもしれません」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、《可視化》で、遠ざかる馬車を見送った。


 ハイムを取り巻く流れは、依然として、深い霧のようだった。


 それでも、その流れは、ほんの少しだけ、変わり始めていた。


 観測者は、いつまで、観測者でいられるのか。


 その答えを、ヒコは、まだ、知らなかった。



 第310話 観測者の願い 了

【次回予告】白雪月の収支。

 数字は、嘘をつかない。だが、全てを語りもしない。


──────────────────────────────────────


【領地収支・第310話時点】


・所持金:金貨3589枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第310話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:89%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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