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 第307話 サヤの覚悟

 覚悟とは、恐怖が消えることではない。


 見えてしまったものから、目を逸らさないと決めることだ。


 ――その瞬間から、人は少しだけ強くなる。

 評議会の間。


 テーブルの上には、南方廃址の地図が広げられていた。


 前回の調査で得られた情報を反映し、以前よりも詳細になっている。


 ゼドが、地図を指でなぞりながら言った。


「今回の編成を、確認します」


「私、タウルス、コリンさん、サヤさん」


「それと、騎士団から三名」


 バルドが頷く。


「前回より、二名の増員ですね」


「はい」


 ゼドが答えた。


「前回は、想定外の事態に、人手が足りなかった」


「今回は、その反省を、活かします」


──────────────────────────────────────


 ヒコが、口を開いた。


「装備の準備は」


「順調です」


 ガデルが答える。


「前回の記録をもとに、耐久性を上げた」


「特に、灯りの魔道具は、二重化しておいた」


「深部では、あれが命綱だからな」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、サヤへ視線を向けた。


「サヤさんの、同行は」


「予定通りです」


 サヤが、即答した。


 迷いのない声だった。


 ヒコは、少しだけ、間を置いてから尋ねる。


「無理は、していませんか」


「していません」


 サヤは、ヒコをまっすぐに見た。


「今度こそ、最後まで、確認したいんです」


「私の《可視化》に、何が、起きているのか」


「最近、少しだけ分かるんです」


「見えているのに、私が理解できていないものがあるって」


「それを、知らないままでいることの方が、怖いので」


──────────────────────────────────────


 その言葉に、評議会が静かになった。


 コリンが、そっと口を挟む。


「体調管理は、私が、責任を持ちます」


「無理をさせるつもりは、ありません」


 サヤが、小さく頷いた。


「ありがとうございます」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく、地図を見つめていた。


 やがて、告げる。


「私も、同行を、検討していました」


 評議会の空気が、一瞬で変わった。


 バルドが、真っ先に反応する。


「それは――」


「待ってください」


 ドガンが、腕を組んだまま言った。


「領主が、留守にするのは、危険だ」


「今、王都では弾劾請求の噂も出ている」


「その最中に、領主不在は、悪手だ」


──────────────────────────────────────


 バルドも、続ける。


「領主は、最後の保険です」


「何かが起きたとき、最終的に判断を下せる存在が、この地に、いなければなりません」


「南方には、ゼドさん達、優秀な人材が向かいます」


「ヒコ様は、ここで、備えていてください」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、少しの間、目を閉じた。


 自分が現場に立ちたいという気持ちと、領主としての責任と。


 その両方が、胸の中でせめぎ合っている。


 ――それでも。


 やがて、ヒコは、静かに頷いた。


「分かりました」


「以前なら、私が行かなければ不安でした」


「でも……今は違います」


「ここを任せられる人達がいる」


「今回は、留まります」


 ドガンが、少しだけ、表情を緩めた。


「賢明だ」


──────────────────────────────────────


 マユミが、ヒコの隣で、小さく呟いた。


「不安?」


 ヒコは、正直に答えた。


「少しだけ」


 マユミは続けた。


「ヒコ」


「行きたい顔をしている」


「でも、残る顔もしている」


 ヒコは真っ直ぐ前を向いて言った。


「ゼドさん達を、信じます」


「行かせるからには、全力で、支えます」


──────────────────────────────────────


 会議の後。


 サヤが、一人、庭に出ていた。


 ヒコが、声をかける。


「サヤさん」


「はい」


 サヤが、振り返った。


 その表情は、以前、地図を見て頭痛を発症した時とは、違っていた。


 迷いの色が、薄い。


「怖くは、ないですか」


 ヒコが尋ねる。


 サヤは、少し考えてから、答えた。


「怖いです」


「でも」


 サヤは、自分の目のあたりに、そっと手を当てた。


「この目が、私に、何を見せようとしているのか」


「知らないまま、逃げ続けるのは」


「もっと、怖いので」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、その言葉を、静かに受け止めた。


 覚悟とは、恐怖が消えることではない。


 恐怖を抱えたまま、それでも、前へ出ることだ。


 サヤの顔には、その覚悟が、はっきりと浮かんでいた。


「無事に、帰ってきてください」


 ヒコが言うと、サヤは、初めて、小さく笑った。


「はい」


「今度こそ、最後まで、確認してきます」


 以前のヒコなら、追いかけていただろう。


 自分の目で確認しなければ、不安だった。


 だが今は違う。


 信じて、任せることができる。


 それもまた、守るということだった。



 第307話 サヤの覚悟 了

【次回予告】継ぐ者。

 空いた場所は、誰かが埋める。

 そして、埋めた者は、そこで、また新しく育つ。


──────────────────────────────────────


【領地収支・第307話時点】


・所持金:金貨3589枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第307話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:89%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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