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 第284話 深層への影

 深いところにあるものが狙われるとき、気配は表面に出る。


 どれだけ深く隠しても、必ず、どこかに、跡が残る。


 ――問題は、その跡に、気づけるかどうかだった。

 花灯月、二十二日。


 ガデルが、珍しく、自ら、ヒコの執務室に、足を運んできた。


「少し、工房に来てくれるか」


 声の調子に、いつもとは違う緊張が、あった。


 ヒコは、すぐに、席を立った。


──────────────────────────────────────


 工房の奥。


 白金霊鉱の保管庫。


 その入り口で、ガデルが、足を止めた。


「ここだ」


「何が、あったんですか」


「保管庫周辺で、妙なことがある」


 ガデルが、扉を開ける。


 中は、いつもと変わらないように見えた。


 だが、ガデルは、壁際の小さな記録台を指さした。


──────────────────────────────────────


「この記録簿だ」


 ガデルが、記録簿を手に取った。


「保管庫の温度と、魔力濃度を、毎日、記録している」


「数字を、見てくれ」


 ヒコが、記録簿を覗き込む。


 数字は、一見、整然と並んでいた。


 ただし、よく見ると。


 ――数日分の数字に、微妙に書き直された跡があった。


「これは……」


「改ざんだ」


 ガデルが、断言した。


「微細だ。ぱっと見じゃ、分からん。だが、俺は、毎日、この数字を見ている」


「違和感が、あった」


──────────────────────────────────────


「誰が、これを」


 ヒコが、聞いた。


「分からん」


 ガデルが、首を振った。


「ただ、一つ、確かなことがある」


「これは、外から、やった仕事じゃない」


 ヒコの表情が、強張った。


「内側から、ということですか」


「保管庫の記録台に触れられるのは、限られた人間だけだ」


 ガデルが、続けた。


「外部の者が忍び込んで、何食わぬ顔で書き換えられる場所じゃない」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく、記録簿を見つめていた。


「何のために、こんなことを」


「分からん」


 ガデルが、腕を組んだ。


「ただ、俺の勘だが」


「誰かが、存在を確認しようとしたんだろう」


「存在の確認、ですか」


「保管庫の中身が、本当に、まだ、そこにあるかどうか」


 ガデルが、続けた。


「魔力濃度の変化を見れば、中の石が動かされたかどうか、ある程度は分かる」


「その数字を、いじった、ということは」


 ガデルの声が、低くなった。


「誰かが、こっそり、確かめようとしたのかもしれん」


「そして、確かめた跡を、消そうとした」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、その場で、決断した。


「保管庫の入室権限を、さらに絞ります」


「今、誰が、入れるようになっている」


 ガデルが、聞いた。


「私と、あなた。それから、記録台の管理を任せている数名です」


 ヒコが、答えた。


「その数を、最小限まで減らします」


「記録の方法も、見直します。改ざんが、しにくい形に」


 ガデルが、頷いた。


「それが、いい」


 ガデルの表情は、まだ、硬いままだった。


「あの石だけは、絶対に、渡すわけには、いかん」


「分かっています」


 ヒコが、静かに、答えた。


──────────────────────────────────────


 誰が。


 いつ。


 なぜ。


 その、いずれの答えも、まだ、出ていなかった。


 ヒコは、保管庫の扉を、もう一度、確認するように、見つめた。


 深いところにある、この領地の、最も大切なものの一つに。


 確かに、何者かの手が、伸びていた。


第284話 深層への影 了

【次回予告】花灯月の収支。

 花が咲く月に、影も、また浮かび上がる。


──────────────────────────────────────


【領地収支・花灯月二十二日時点】


・所持金:金貨2531枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第284話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:88%(変動なし)

・インフラ:105%(変動なし)

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