第276話 見学者
何かを見に来た人間の目は、普通の目とは、違う動きをする。
見たいものだけを、正確に、探している。
――ハイム子爵の目が、まさに、そういう目だった。
凍氷月、二十七日。
ハイム子爵が、フォルテス領を、訪れた。
供は、最小限だった。
護衛が一人、書記官が一人。
物々しさは、なかった。
ただ、その静かな佇まいの中に、隙のなさが、あった。
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評議会の見学は、あらかじめ、定めた範囲に、限られていた。
部門別運営の枠組み、領民登録制度の運用、評議会の議事進行。
非公開の事項――白金霊鉱、南方廃址の記録、暗部の動き――は、一切、見せなかった。
ハイムは、それに、異を、唱えなかった。
ただ、静かに、見せられた範囲を、丹念に、見て回った。
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見学の中で、ハイムが、何度も、口にした言葉が、あった。
「これは、誰が、設計したのですか」
部門別の予算構造を、見ては、そう、聞いた。
領民登録の三段階の仕組みを、見ては、また、そう、聞いた。
バルドが、その都度、答えた。
「評議会全体で、話し合いながら、作り上げました」
「ただし、最初の骨格は、ヒコ様が、示されました」
ハイムは、その答えを、静かに、書き留めた。
表情は、ほとんど、変わらなかった。
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見学の終盤、ハイムが、ヒコに、直接、向き直った。
「一つ、伺っても、よろしいですか」
「どうぞ」
ハイムの視線が、まっすぐ、ヒコに、向いた。
「あなたは、なぜ、領主で、あり続けるのですか」
思いがけない、問いだった。
制度についての質問が、続いていた中で、突然、人そのものへの、問いに、変わった。
ヒコは、少し、考えてから、答えた。
「現場を、止めたくないからです」
「土地が欲しいわけでも、権力が欲しいわけでもありません」
「ここで、人が、生きて、働き、また、明日を、迎えられる。その日常を、守り続けたいだけです」
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その答えを、聞いた瞬間。
ハイムの表情が、初めて、わずかに、変わった。
驚きとも、興味とも、違う、微妙な、動きだった。
ほんの、一瞬。
だが、確かに、何かが、そこに、映った。
ハイムは、すぐに、いつもの、静かな表情に、戻った。
「……なるほど」
それだけ、言って、視線を、逸らした。
その一言の裏に、何があったのか、その場の誰にも、分からなかった。
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見学が、終わり、ハイムが、宿舎へと、戻っていった。
マユミが、その後ろ姿を、じっと、見ていた。
「……あの目」
「どうしましたか」
ヒコが、聞いた。
「あの人は、領地を、見に来たんじゃない。ヒコを、見に来た」
マユミが、静かに、続けた。
「領地じゃない。あなた自身を、見ていた」
その言葉に、ヒコは、少し、考え込んだ。
ハイムが、見ていたものが、この領地の仕組みなのか、それとも、その仕組みを作った人間、そのものなのか。
まだ、判断は、つかなかった。
ただ、マユミの、この違和感だけは、王都での出来事を通じて、一貫して、消えることが、なかった。
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夜、宿舎の一室で、ハイムが、一人、書き物を、していた。
書いていたのは、他領の内政事例の資料――約束していた、対価だった。
その手を、一度、止める。
窓の外を、しばらく、見つめた。
「……あの答えは」
それ以上、言葉には、しなかった。
ペンを、また、動かし始める。
その表情からは、何も、読み取れなかった。
第276話 見学者 了
【次回予告】ハイム子爵との、等価交換が、始まった。
対等な取引は、どちらも、何かを手放すことで成立する。
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【領地収支・凍氷月二十七日時点】
・所持金:金貨2281枚(変動なし)
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【発展進捗・第276話時点】
・防衛:122%(変動なし)
・食料:101%(変動なし)
・水 :100%(変動なし)
・住居:85%(変動なし・工事進行中)
・インフラ:105%(変動なし)




