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 第275話 観察者が動く

 長く黙っていた者が動くとき、その一歩は、他の誰より、重い。


 沈黙の長さが、そのまま、意味の重さになる。


 ――ハイム子爵の、その一歩が、動いた。

 凍氷月、二十日。


 評議会の間に、一通の書状が、届けられた。


 差出人は、ハイム子爵。


 あの一通の手紙以来、完全な沈黙を、続けていた人物だった。


 ヒコが、封を、開ける。


 中身は、簡潔だった。


──────────────────────────────────────


 書状には、こう、書かれていた。


 貴領の評議会運営について、実地に拝見する機会を賜りたく存じます。


 対価として、内政管理に関する情報――他領の成功事例――を、提供する。


 初めて、明確な、「等価交換」の姿勢が、そこに、示されていた。


 これまでの、常に、距離を保っていた相手とは、明らかに、違っていた。


──────────────────────────────────────


 評議会の中で、すぐに、意見が、分かれた。


 ガッツが、書状を、睨みつけるように、見た。


「来させるのか、こんな奴」


「あの子爵は、何を考えているか、分からん」


 ドガンが、腕を、組んだ。


「断る理由も、ない」


「相手は、貴族だ。無下に、扱えば、余計な、火種になる」


 ガッツが、鼻を、鳴らした。


「それは、そうだが」


「気に、食わん」


 ゴルフが、静かに、口を、挟んだ。


「他領の内政事例。これは、こちらにとっても、価値のある情報です」


「損得だけで見れば、悪くない、取引です」


──────────────────────────────────────


 マユミが、それまで、黙って、聞いていたが、ふと、口を、開いた。


「嫌な感じは、まだ、ある」


 全員の視線が、マユミに、集まった。


「ただし、前より、少し、違う」


「違う、というと」


 ヒコが、聞いた。


「前は、ただ、観察されているだけの、感じがした」


「今回は、何か、こちらに、意味を持って、近づいてきている」


 マユミが、少し、考えながら、続けた。


「敵意ではない。ただし、まだ、味方の感じも、しない」


「その間に、立っている」


 その言葉に、評議会は、しばらく、静かになった。


──────────────────────────────────────


 ヒコは、書状を、もう一度、見つめた。


 冷たい観察者から、静かな協力者へ。


 その段階が、ゆっくりと、変わり始めているのかもしれなかった。


 ただし、変わっているからといって、無条件に、信じられるわけでは、ない。


「受けましょう」


 ヒコが、静かに、言った。


「ただし、公開する範囲はこちらで決めます」


 評議会の全員が、その言葉に、頷いた。


 ドガンが、少し、笑った。


「その距離感が、いい」


「近づけすぎず、遠ざけすぎず、だ」


──────────────────────────────────────


 バルドが、書状への返信の、下書きを、始めた。


「見学の日取りを、決めますか」


「決めてください」


「見せる部分と、見せない部分の、線引きも、事前に、詰めておきます」


 ゴルフが、頷いた。


「他領の成功事例。こちらから、聞きたいことも、いくつか、整理しておきます」


「せっかくの、機会です。こちらも、得るものは、得ましょう」


──────────────────────────────────────


 夜、ヒコは、《可視化》で、遠くの、ハイム子爵へと続く流れを、確認した。


 その筋は、以前と、変わらず、読み取りにくい色を、していた。


 ただし、その色の揺らぎ方が、以前より、少しだけ、近づいてきているように、見えた。


 観察者が、こちらへ、歩き始めた。


 今度は、見るだけでは、終わらない。



第275話 観察者が動く 了

【次回予告】ハイム子爵が、この領地に、来た。

 何かを見に来た人間の目は、普通の目とは、違う動きをする。


──────────────────────────────────────


【領地収支・凍氷月二十日時点】


・所持金:金貨2281枚(変動なし)


──────────────────────────────────────


【発展進捗・第275話時点】


・防衛:122%(変動なし)

・食料:101%(変動なし)

・水 :100%(変動なし)

・住居:85%(変動なし・工事進行中)

・インフラ:105%(変動なし)

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