第11章 奪われる領地 第266話 白雪月の朝
新しい年は、昨日の続きだ。
だから人は安心する。
本当に怖いのは――
その安心の中に、異物が紛れ込むことだった。
地歴四百九十年。
白雪月、一日。
朝の空気は、まだ、白かった。
ヒコは、施設の前に、一人で、立っていた。
夜明け前のこの時間だけは、誰も、まだ、動いていない。
息を吐く。白く、揺れて、消える。
去年の今頃を、思い出す。
査察官が来た。評議会が、揺れた。
あの頃は、施設だけを見ていた。
今は、人も、物流も、領地そのものも見えている。
《可視化》を、発動する。
領地全体が、視界に、広がった。
人の流れ。
物流。
魔力。
防衛。
どれも穏やかに循環している。
安定している証拠だ。
――ただし。
遠くに、ごく小さな、色の乱れがある。
風が揺らしたようにも見える。
だが、《可視化》で見える色は、風では揺れない。
いつからか、と聞かれれば、答えられない。
気にするほどのものではない。今は、まだ。
そう思いながら、ヒコは、《可視化》を、解いた。
朝日が、施設の屋根を、少しずつ、照らし始める。
新しい年が、動き出す。
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評議会の間には、いつもの顔ぶれが、揃っていた。
新年最初の、月次給与支払いの日。
バルドが、書類を配りながら、口を開いた。
「今年の議題を、確認しておきます」
「住居拡張。本格着工」
「専門兵団の正式発足」
「学校制度」
「そして産業省からの返答です」
「今年は人を増やす年になります」
ヒコが言う。
「施設ではなく、人材への投資を優先します」
バルドが、一拍、置いた。
「それから、産業省からの、正式な反応。そろそろ、来る頃です」
ドガンが、腕を組んだ。
「来るなら、来い、という話だ。こちらは、準備ができている」
アーヴィンが、頷いた。
「星形要塞化は、完成した。あとは、中身を、充実させるだけだ」
ガデルが、鼻を鳴らした。
「中身をな。人が増える。物が増える。守るものが増える」
「それだけ、面倒も、増えるということだ」
リアが、資料を捲りながら、静かに、言った。
「魔法兵団の準備は、整っています。候補生の選定も、終わりました」
コリンも、頷いた。
「循環医療兵団も、同様です」
会議は、順調に、進んでいた。
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ーーそのときだった。
ゴルフが、わずかに眉を寄せた。
帳簿を指でなぞり、首を傾げる。
「……あの」
全員の視線が向く。
「どうかしましたか」
ヒコが尋ねる。
「帳簿は合っています」
「在庫も数え直しました」
「それでも合いません」
ゴルフは困ったように書類を見つめた。
ドガンが身を乗り出す。
「どれくらいだ」
「銅貨で数十枚程度の差です」
「金額としては誤差ですが……」
部屋が少しだけ静かになる。
バルドが書類を受け取り、見比べた。
「年末の棚卸し漏れかもしれません」
「倉庫番も人間です」
「数え間違いでしょう」
「現物確認をもう一度しておきます」
ゴルフも頷く。
「そうですね。おそらく、その程度だと思います」
ヒコは小さく頷いた。
「現場では珍しくありません。」
「人が増えれば、こういうズレは出ます。」
「来月もう一度確認しましょう。」
それ以上、この話は続かなかった。
年明けは、人も物も慌ただしい。
これくらいの食い違いは、珍しくない。
ヒコは、そう判断した。
会議は、次の議題へ、進んだ。
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会議のあと、ヒコは、一人で、資料を見返していた。
ゴルフが指摘した在庫記録を、もう一度確認する。
帳簿に誤りはない。
現物だけが、わずかに足りない。
棚卸しの数え間違いか。
年末年始の搬出入で記録が前後したのか。
その程度の違和感にしか見えなかった。
「来月、もう一度確認しよう」
そう判断して、書類を閉じる。
それ以上、疑う理由はなかった。
このときのヒコには、まだ、見えていない。
これが、この一年を通じて積み重なっていく、いくつもの小さな違和感の、最初の一つであることに。
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夕方、マユミが、執務室に、顔を出した。
「今年も、よろしく」
「今年も」
短い言葉だけを、交わす。
マユミが、窓の外を、見た。
「今日から、また、一年だな」
「そうですね」
「去年の今頃を、思い出すか」
ヒコは、少し、考えた。
「査察官が来た日ですね」
「あの時より、今の方が、ずっと、落ち着いています」
マユミが、頷いた。
「一つ、聞いてもいいか」
「なんですか」
「婚約の話」
「そろそろ、だろ」
「ええ」
「待たせすぎだ」
「……そうですね」
ヒコは、視線を、マユミに向けた。
マユミの表情は、いつもより、少しだけ、柔らかかった。
「近いうちに」
「近いうちに、というのは、いつだ」
「……近いうちに、です」
マユミが、小さく、笑った。
「楽しみにしてる」
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夜、施設の窓に、明かりが灯っている。
新しい一年が、始まった。
まだ、誰も、気づいていない。
この年、奪われるのは、土地ではなかった。
人だった。
信用だった。
時間だった。
そして、それらは誰にも気づかれないまま、少しずつ失われていく。
第266話 白雪月の朝 了
【次回予告】評議会でヒコは、マユミとの婚約を正式に表明する。
その裏で、小さな違和感は誰にも気づかれないまま積み重なっていく。
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【領地収支・白雪月一日時点】
・所持金:金貨2211枚(+118)
収 入:冒険者固定給 金貨 30枚
勲爵士給与 金貨 12枚
外部取引 金貨 98枚
ギルド収益 金貨 53枚
合計 金貨 193枚
支 出:幹部級給与 金貨 21枚
準幹部級給与 金貨 10枚
一般職給与 金貨 40枚
部門別運営費 金貨 4枚
(導入初月分)
合計 金貨 約75枚
【発展進捗・第266話時点】
・防衛:122%(変動なし)
・食料:101%(変動なし)
・水 :100%(変動なし)
・住居:85%(変動なし)
・インフラ:103%(変動なし)




