第265話 貴族の影(完結)
影に正面から立ったとき、初めて、それが影だったことが分かる。
影は、光のあるところにしか、生まれない。
――光が強くなるほど、影も、濃くなる。それは、成長の、証でもある。
聖夜月、末日。
地歴四百八十九年。
その最後の日が、静かに、訪れた。
この土地では珍しい雪が、降っていた。
外堀の水面が、薄く、凍りかけていた。
ヒコは、施設の前に立ち、その景色を、しばらく、見ていた。
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評議会が、最後の場として、開かれた。
「一年間、お疲れ様でした」
ヒコが、評議会全体に、向けて、言った。
「今年は、ずっと、外からの圧力と、向き合ってきました」
「退けてきた、とは言えるか」
アーヴィンが、聞いた。
「全部は、退けていません」
ヒコが、正直に、答えた。
「ヴァルク男爵の動きは、抑えました。ただし、消えてはいない」
「ハイムは」
「まだ、分かりません」
「産業省は」
「来年に持ち越しです」
ヒコが、一つずつ、答えた。
「全部、解決した年では、ありませんでした。それでも、前に、進めた年でした」
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ゴルフが、最後の帳簿を、卓に、置いた。
「年間の収支、まとめました」
ゴルフが、言った。
「芽吹月から聖夜月まで。外部収入は、年間を通じて、右肩上がりでした」
「数字で見ると、どうですか」
ヒコが、聞いた。
「去年の今頃は、ようやく、金貨千枚を超えた頃でした」
ゴルフが、続けた。
「今は、二千枚を、超えています」
評議会の何人かが、わずかに、驚いた様子を見せた。
「倍になった、ということですね」
ヒコが、言った。
「数字だけ見れば、そうです」
ゴルフが、頷いた。
「ただし、人も、制度も、仕組みも、全部、今年、一緒に、育ちました」
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評議会が終わった後、ドガンが、ヒコを、呼び止めた。
「少し、いいか」
「何ですか」
「この領地を、勝たせたい」
ドガンが、初めて、商人ではなく、一人の仲間として、そう言った。
ヒコは、その言葉を、しばらく、受け取り続けていた。
「勝たせたい、というのは」
「俺は、商人だ。負ける賭けには、乗らない」
ドガンが、続けた。
「ただし、この領地は、勝てる。そう思っている」
「なぜ、ですか」
「分からない」
ドガンが、珍しく、そう、答えた。
「ただし、数字が、そう言っている。人が、そうなっている」
ドガンが、ヒコを、まっすぐ、見た。
「お前が、それを、作った」
ヒコは、何も、答えなかった。
ただ、その言葉を、静かに、受け取った。
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【エピローグ一】
遠く、王都のどこか。
窓のない部屋に、一人の男が、座っていた。
卓に、いくつかの書状が、置かれていた。
フォルテス領。
産業省への資料提出。ヴァルク男爵の動きの記録。そして、古地図の写し。
男は、それらを、一通ずつ、読んだ。
読み終えると、静かに、卓に、置いた。
「……奪えばいい」
男が、つぶやいた。
それ以上、何も、言わなかった。
部屋に、沈黙が、戻った。
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【エピローグ二】
夜、ヒコは、一人、施設の前に立った。
雪が、まだ、降っていた。
《可視化》で、領地全体を、確認した。
外堀、稜堡、工房、両ギルド、地下遺構の封鎖。
第四層も、静かに、発光していた。
全部の色が、落ち着いていた。
ヒコは、一年前を、思い出した。
あの頃は、査察官が来た。半年の検討期限が出た。王都への招待状が届いた。
剣で来る敵と、言葉で来る敵と、影で来る敵。
それぞれを、受け止めて、返してきた。
まだ、終わっていないものがある。
ただし、ここまで来た。
「……来年も、前に進みます」
ヒコは、雪の中に、つぶやいた。
答えは、なかった。
ただ、雪が、静かに、降り続けた。
星形の稜堡に、また、白い積もりができていた。
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その夜、ヒコは、最後の記録をつけた。
聖夜月末日。地歴四百八十九年、終了。
一年間の総括。
守った。
積み上げた。
人が、育った。
まだ、終わっていないことが、ある。
それを、来年の自分に、渡す。
ペンを置いた。
この領地の影は、まだ、続いている。
ただし、光も、続いている。
影が濃くなるということは、光が強くなっているということだ。
ヒコは、その光を、絶やさないと、静かに、心に決めた。
第10章 貴族の影 了
第265話 貴族の影(完結) 了
【領地収支・聖夜月末時点(第10章完結)】
・所持金:金貨2093枚
【発展進捗・第10章完結時点】
・防衛:122%(星形要塞化完成・稜堡五か所・外堀全周)
・食料:101%(畜産事業安定・燻製工房稼働)
・水 :100%(変動なし)
・住居:85%(職員寮・兵舎・近衛宿舎・魔力適性者用区画の見積もり開始)
・インフラ:103%(弟子制度正式発足・部門別運営費導入・領民登録制度整備)




