第260話 長影月の声
影が長くなる月に、また、別の影が動いた。
見慣れた影と、初めて気づく影は、形が似ていて、見分けにくい。
――見分けられないまま、近づかれた影が、一番、深く刺さる。
長影月、一日。
月次収支の締めが、行われた。
遠くで、細い風が、葉を払っていた。
紅葉の季節が、終わりに近づいていた。
「今月も、変わらず、安定しています」
ゴルフが、帳簿を見せながら、言った。
「ただし、一つ、気になる動きがあります」
「何ですか」
ヒコが、聞いた。
「ヴァルク男爵領との接点がある商人から、少し、妙な話が、入ってきました」
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「妙な話、というのは」
ヒコが、確認した。
「フォルテス領の、弟子制度に、興味を持っているらしい」
ゴルフが、続けた。
「適正可視化の話も、広まっているようです」
「広まっている、というのは」
「王都の会合以降、フォルテス領の仕組みに、関心を持つ者が、増えています」
「弟子制度も、適正可視化も、他領にはない制度として、商人たちの間で、噂になっています」
ゴルフが、言った。
「ハイム子爵だけでなく、ヴァルク男爵も、今度は、そちらに、目を向けた可能性があります」
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ドガンが、その話を聞いて、静かに、口を開いた。
「今度は、制度を狙ってきた、か」
「蒼鋼ではなく、ですか」
ヒコが、聞いた。
「蒼鋼は、先手の資料提出で、公共性を示した。あの手は、もう使いにくい」
ドガンが、続けた。
「次は、違う角度だ。適正可視化。弟子制度。評議会の仕組み。どれも、フォルテス領にしかない、独自のものだ」
「それを、欲しがっている、ということですか」
「欲しがる。あるいは、崩したい」
ドガンが、低い声で、言った。
「制度が崩れれば、領地の成長が、止まる。そこを、狙うかもしれない」
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ミルヴァが、評議会に、姿を見せた。
「影から、一つ、報告がある」
ミルヴァが、言った。
「新規移民の中の、一人に、声がかかったらしい」
「声、というのは」
「フォルテス領の内情を、教えれば、金を払う、という話だ」
評議会の空気が、わずかに、変わった。
「その人は、今、どうしていますか」
ヒコが、聞いた。
「まだ、応じていない。ただし、断ってもいない」
ミルヴァが、答えた。
「迷っているようだ。ただし、報告はしていない」
「ミルヴァさんは、どこから、知ったんですか」
「影の仕事だ」
ミルヴァが、短く答えた。
「気づいた段階で、私に入った」
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「……制度そのものを、狙ってきたのかもしれません」
ヒコが、静かに、言った。
「揺らされたこと自体に、気づかせない。ドガンさんが、そう言っていました」
「ああ。今度は人の中に入ってきた」
ドガンが、頷いた。
「蒼鋼でもない。取引先でもない。今度は、人の中に、入ってきた」
「対応は」
「焦らない」
ドガンが、答えた。
「焦れば、向こうの思う壺だ。ただし、放置もできない」
「その人に、何かできますか」
ヒコが、ミルヴァに、聞いた。
「観察を、続ける」
ミルヴァが、答えた。
「動きがあれば、すぐに、分かる」
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夜、ヒコは一人、施設の前に立った。
《可視化》で、領地全体を確認した。
星形要塞、外堀、稜堡。
全部の色が、落ち着いていた。
ただし、ヴァルクという、太く絡みつく筋が、以前より、わずかに、動いていた。
前回、止まっているように見えた筋が、今度は、別の方向から、動き始めていた。
人の悪意は、壁や道のように、色では映らない。
人の中に入り込む影だけは、《可視化》でも、輪郭がぼやけていた。
「……気づかせない手、か」
ヒコは、つぶやいた。
ドガンが言った言葉が、今になって、より、重く感じられた。
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その夜、ヒコは記録をつけた。
長影月一日。月次給与支払い、完了。
ヴァルク男爵、再び動く。今度は、弟子制度・適正可視化への関心、人材への接触の可能性。
新規移民の一人に、内情を売るよう、声がかかった模様。本人、まだ応じていない。
ミルヴァ、観察を継続。
ペンを置いた。
影が、長くなる月に、また、別の影が、動き始めた。
今度の影は、城壁の外ではなく、人の心へ、静かに、忍び込んできていた。
第260話 長影月の声 了
【次回予告】新しい圧力の正体が、見えてきた。
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【領地収支・長影月一日時点】
・所持金:金貨1975枚(+119)
収 入:冒険者固定給 金貨 30枚
勲爵士給与 金貨 12枚
外部取引 金貨 約108枚
ギルド収益 金貨 約38枚
合計 金貨 約188枚
支 出:月次固定 金貨 約46枚
弟子制度運用費 金貨 約14枚
住居拡張見積費 金貨 約 9枚
合 計 金貨 約69枚
【発展進捗・第260話時点】
・防衛:122%(変動なし)
・食料:101%(変動なし)
・水 :100%(変動なし)
・住居:85%(変動なし)
・インフラ:103%(変動なし)




