表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/193

第四十話「アーヴィンへの話と、五年間の答え」

 その夜。


 食事が終わって、マユミとリアが部屋に戻った。


 俺は少し食堂に残った。


 考えていた。


 アーヴィンさんに話すかどうか。


 セリウスさんは、話してもいいと言った。


 でも、どう話すかが難しかった。


 知っていることを全部並べるのは簡単だ。


 でも、それがアーヴィンさんにとっていいかどうかは、別の話だ。


 マルティナさんが台所から出てきた。


 俺を見た。


「まだいるのか」


「少し考えていました」


「そうか」


 椅子を引いて、向かいに座った。


 珍しかった。


「話すべきかどうか、迷っているのか」


 俺は少し驚いた。


「顔に出ていましたか」


「出ていた」


「そうですか」


 マルティナさんが少し間を置いた。


「話す相手は、アーヴィンか」


「はい」


「難しい話か」


「はい。あの人の過去に関係しています」


 マルティナさんが俺を見た。


「嘘はつかない」


 短く言った。


「はい」


「それだけでいい。話す中身より、嘘をつかないことの方が大事だ」


 俺は少し考えた。


「迷っているのは、話し方の問題でした」


「そうか。なら、迷わなくていい」


「なぜですか」


「話し方は、話しながら決まる。最初から全部決めようとするから迷う」


 マルティナさんが立った。


「体が資本だ。考えすぎるな」


 台所に戻った。


 俺は少し笑った。


 いつもそうだ。


 余計なことを言わない。


 でも、必要なことだけ言う。



 階段を上がった。


 アーヴィンさんの部屋の扉を叩いた。


「少し、話せますか」


 少し間があった。


 扉が開いた。


 アーヴィンさんが俺を見た。


「入れ」


 部屋に入った。


 椅子が一つあった。


 俺が座った。


 アーヴィンさんはベッドの端に座った。


「何だ」


「今日、セリウスさんと話しました」


「うん」


「可視化のスキルについて、全部話してくれました」


 アーヴィンさんが少し止まった。


「全部」


「はい。過去に可視化を持つ人間がどうなったか。なぜ消えていったか。それから」


 俺は一度息を吸った。


「レインさんのことも」


 静かな部屋だった。


 アーヴィンさんが床を見た。


 しばらく、何も言わなかった。


「……セリウスが話したのか」


「はい」


「そうか」


 また沈黙があった。


「お前に話してよかったのか、あの人は」


「俺もそう思います。でも、セリウスさんは、俺からなら受け取れるかもしれない、と言っていました」


「そうか」


 アーヴィンさんが窓の外を見た。


 夜の街が見えた。


「レインは、笑顔の人間だった」


 静かな声だった。


「依頼の前も、戦闘の後も、飯を食うときも、いつも笑っていた。俺みたいに無口な人間の隣で、よくしゃべった」


 俺は何も言わなかった。


「スキルのことも、自分では気にしていなかった。見えるものが増えるたびに嬉しそうにしていた。まだ見えないものがある、って、いつも言っていた」


「アーゼルタウン北側での依頼の夜に、話してくれましたね」


「そうだな」


 アーヴィンさんが手を見た。


「あの依頼を止めればよかった。俺が止める立場じゃないと思っていた。あいつが行くと決めたなら、行かせるべきだと。でも、止めればよかった」


「アーヴィンさんのせいじゃないです」


「わかってる」


 短く言った。


「わかってるが、そう思う。五年間、そう思い続けた」


 俺は少し間を置いた。


「ランクアップを拒否していたのは、レインさんのためですか」


「半分は」


「残り半分は」


「自分のためだ」


 アーヴィンさんが俺を見た。


「ランクが上がれば、また誰かと組む理由ができる。組めば、また失うかもしれない。それが怖かった。だから、一人でいた」


「それで、五年間」


「そうだ」


 俺は少し考えた。


 何を言えばいいか、正直わからなかった。


 でも、マルティナさんが言っていた。


 話し方は、話しながら決まる。


「アーヴィンさん」


「うん」


「俺は転移者です」


 アーヴィンさんが少し目を動かした。


「知ってた」


「そうですか」


「最初から違和感があった。でも、聞かなかった」


「ありがとうございます」


 俺は続けた。


「前の世界で、俺は五十歳でした。ゼネコンの課長という仕事をしていました。チームで大きな建物を作る仕事です」


「うん」


「二十五年以上、その仕事をしました。いくつものチームを組みました。いくつかのチームは、うまくいかなかった。途中で人が抜けたり、事故があったり、誰かが怪我をしたりしました」


「そうか」


「そのたびに思いました。俺の判断が正しかったら、こうならなかったかもしれない、と。現場で問題が起きると、必ずそう思います」


 アーヴィンさんが俺を見た。


「でも、現場は続きます。次の現場がある。次のチームがある。止まっていられない。だから、思いながらも動く。それが仕事だ、と俺は思っていました」


「……それが、今ここに繋がっているのか」


「そうです」


 俺は少し間を置いた。


「アーヴィンさんが五年間、一人でいたことは、間違いじゃなかったと思います。必要な時間だったと思います。でも、もう次の現場が始まっています」


「次の現場」


「俺たちのパーティです。マユミさんがいて、リアがいて、アーヴィンさんがいる。ベルガンの件もある。やることが増えてきました」


 アーヴィンさんが少し黙った。


「俺が動かないと、困るか」


「正直に言います」


「言え」


「アーヴィンさんがいなければ、難しい場面が増えます。でも、それよりも」


 俺は少し考えた。


「アーヴィンさんが、ここにいてくれる方が、俺は嬉しいです。戦力としてじゃなく、そういう意味で」


 静かな部屋だった。


 アーヴィンさんがしばらく床を見た。


 顔が、少し変わった。


 固かったものが、少し溶けた気がした。


「……レインも、同じことを言っていた」


「どんなことを」


「お前がいてくれると、俺は嬉しい、と」


「レインさんは、正しかったと思います」


「そうだな」


 アーヴィンさんが立った。


 窓の外を見た。


「ランクアップの件、考える」


「急ぎません」


「でも、考える」


「わかりました」


「お前に話せてよかった」


 短い言葉だった。


 でも、重さがあった。


「俺もです」


 俺は立った。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 扉を出た。


 廊下が静かだった。


 隣の部屋から、マユミの寝息が聞こえた。


 もう一つ先の部屋は、リアだった。


 静かだった。


 俺は自分の部屋に入った。


 ベッドに横になった。


 天井を見た。


 アーヴィンさんが言っていた。


 レインは笑顔の人間だった。


 見えるものが増えるたびに嬉しそうにしていた。


 まだ見えないものがある、って、いつも言っていた。


 俺も、まだ見えていないものがある。


 次に何が見えるようになるのか、まだわからない。


 でも、見えるようになったとき、ちゃんとここにいたい。


 レインさんが辿り着けなかった場所に、辿り着きたい。


 アーヴィンさんとの約束だった。


 アーゼルタウン北側での依頼の夜に、言葉にしなかったけれど、した約束だった。


 目を閉じた。


 夜が静かだった。


 四人分の、温かさがあった。


第四十話「アーヴィンへの話と、五年間の答え」 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ