第三十九話「ドガンの呼び出しと、見えてきた構図」
三日後。
朝、商人ギルドから使いが来た。
ドガンさんからの呼び出しだった。
一人で来い、と書いてあった。
執務室に入ると、ドガンさんが窓際に立っていた。
いつもは机に向かっているのに、今日は違った。
俺を見た。
「来たか。座れ」
椅子に座った。
ドガンさんも座った。
机の上に何もなかった。
「一つ聞く」
「はい」
「先月の在庫記録、お前はどこまで把握している」
俺は鞄から記録帳を出した。
机に置いた。
「全部です」
ドガンさんが受け取った。
ページをめくった。
指が止まった。
また先に進んだ。
また止まった。
長い沈黙があった。
「……お前、全部気づいていたのか」
「気づいていました」
「なぜ言わなかった」
「証拠が揃っていなかったからです。在庫の不一致だけでは、状況証拠にしかなりません。それだけでドガンさんに報告しても、動けないと思いました」
ドガンさんが記録帳を見た。
「三ヶ月前から記録してあるな」
「はい。気になった日から全部書いています」
「備考欄まで丁寧に書いてある」
「確認済みだが理由不明、という記録が一番危ないので。理由のわからない問題は、放置すると大きくなります」
ドガンさんが俺を見た。
「腹が据わっている人間だ」
「現場仕込みなので」
ドガンさんが少し間を置いた。
立った。
窓の外を見た。
「ベルガンが、本格的に動き始めた」
俺は黙って聞いた。
「先週、商人ギルドの上層部に根回しをした形跡がある。俺の知り合いから情報が来た」
「根回しの内容は」
「倉庫の管理権限を一部、ベルガンの配下に移す話だ。表向きは効率化のためとなっている」
「権限を取れば、記録に残らない動きがしやすくなる」
「そうだ」
ドガンさんが振り返った。
「お前の記録は、権限が移る前のものだ。これが一番価値がある」
「権限が移った後は、記録を書き換えられる可能性がある」
「ある。だから、今のうちに手元に置いておきたい」
俺は少し考えた。
「写しを作りましょうか。原本はドガンさんに預けます。写しは俺が持ちます」
「それがいい」
「今夜、写しを作ります。明日持ってきます」
「頼む」
ドガンさんが椅子に戻った。
「もう一つある」
「はい」
「ベルガンが、お前のことを調べている可能性がある」
俺は少し止まった。
「俺を」
「在庫管理を任せている人間の中で、お前だけが記録を細かくつけている。それが目立っているかもしれない」
「気をつけます」
「気をつけるだけじゃ足りないかもしれない。ただ、今すぐ動きを変える必要もない。不自然に見える方が危ない」
「日常を変えない」
「そうだ」
ドガンさんが俺を見た。
「お前はパーティを組んでいるな」
「はい。今は四人です」
「その人間たちは信用できるか」
「はい」
「全員に話しているか」
「ベルガンの件は共有しています」
「そうか」
ドガンさんが少し間を置いた。
「セリウスとも繋がっているな」
「報告はしています」
「セリウスに今日の話も伝えてくれ。俺からは動けない立場がある」
「わかりました」
「頼む」
また、その一言だった。
重さがある一言だった。
商人ギルドを出た。
街道を歩きながら、頭の中を整理した。
ベルガンが倉庫の権限を取ろうとしている。
俺の記録が権限移行前の証拠になる。
ベルガンが俺を調べているかもしれない。
いくつかの問題が、同時に動いていた。
現場でも同じことがあった。
問題は一つで来ない。
いくつかが重なって、同時に来る。
そのとき、焦った人間から崩れる。
焦らない。
段取りを組む。
今できることを、一つずつやる。
まず、写しを作る。
次に、セリウスさんに報告する。
それだけだ。
冒険者ギルドに向かった。
セリウスさんは奥の部屋にいた。
「来てくれましたね。座ってください」
「急ぎの報告があります」
セリウスさんが少し表情を変えた。
「どうぞ」
俺はドガンさんから聞いたことを全部話した。
倉庫の権限移行、記録の価値、俺が調べられている可能性。
セリウスさんは黙って聞いていた。
話し終えた。
少し間があった。
「ドガンさんは、よく話してくれましたね」
「ドガンさんも限界があると思います。一人で抱えてきた問題だと思います」
「そうですね」
セリウスさんが立った。
窓の外を見た。
「倉庫の権限移行は、私も把握していました。ただ、記録との照合まではできていなかった。あなたの記録が、一番具体的な証拠になります」
「写しを明日、ドガンさんに渡します」
「私にも一部、いただけますか」
「作ります」
「ありがとうございます」
セリウスさんが振り向いた。
「あなたが調べられている可能性について、一つ言っておきます」
「はい」
「可視化のスキルを持つ人間は、ベルガンの側からも把握されている可能性があります」
俺は少し止まった。
「スキルのことまで」
「可視化持ちが消えていく、という話は以前しましたね」
「はい」
「ベルガンが関与している可能性があります。まだ証拠はありません。ただ、あなたには知っておいてほしかった」
静かな声だった。
でも、重かった。
「……わかりました」
「今すぐ何かが起きるわけではありません。ただ、一人で動かないでください」
「パーティがいます」
「それが一番の安全策です」
セリウスさんが少し間を置いた。
「準備ができました。全部、話します」
俺は少し驚いた。
「今日、ですか」
「はい。あなたには知る権利があります」
セリウスさんが椅子に座った。
俺も座った。
「可視化のスキルについて、私が知っていることを全部話します。時間はありますか」
「あります」
「では、最初から話します」
セリウスさんが話し始めた。
可視化のスキルを持つ人間が、過去にも何人かいたこと。
その全員が、Bランク以上に成長する前に姿を消していること。
消えた人間の直前の状況に、共通点があること。
必ず、魔族に関わる依頼の近くにいたこと。
「レインも、そうでした」
セリウスさんが静かに言った。
「アーヴィンさんのパーティにいた」
「はい。レインが消える直前、魔族が関わると思われる依頼を受けていました。私は止めようとしましたが、間に合いませんでした」
俺は少し間を置いた。
「アーヴィンさんは、それを知っていますか」
「知っています。だから、ランクアップを拒否しています」
「なぜランクアップを拒否することが」
「ランクが上がると、依頼の幅が広がります。魔族に関わる依頼が増えます。アーヴィンは、自分のそばにいる人間を失いたくない。だから、ランクを上げないことで、そういう依頼を避けてきました」
俺は少し黙った。
五年間、一人だったのは、強かったからじゃない。
誰かを失いたくなかったからだ。
「あなたのスキルが成長するほど、狙われる可能性が高くなります。だから、教えておきたかった」
「どうすればいいですか」
「今すぐ何かを変える必要はありません。ただ、知った上で動いてほしい」
「わかりました」
「それから」
セリウスさんが俺を見た。
「アーヴィンに、今日の話をしてもいいと思います。私からは言えませんでした。でも、あなたからなら、受け取れるかもしれない」
俺は頷いた。
「考えます」
「急がなくていいです」
俺は立った。
「ありがとうございます。全部話してくださって」
「遅くなりました」
セリウスさんが言った。
「もっと早く話すべきでした」
「今日で十分です」
「そう言ってもらえると、助かります」
扉を出た。
廊下が静かだった。
頭の中に、いくつもの情報が並んでいた。
ベルガンと、可視化と、アーヴィンと、レインと。
全部が、同じ方向を向いていた。
段取りとして、今夜考える。
明日、動く。
それだけだ。
俺は星の宿に向かって歩いた。
第三十九話「ドガンの呼び出しと、見えてきた構図」 了




