第三十八話「ミルヴァからの情報と、動き始めた影」
翌朝、ミルヴァさんから声をかけられた。
ギルドの入り口を出たところだった。
いつの間にか隣にいた。
「ちょっといいか。一人で来てくれ」
気配がなかった。
スキルで確認していたのに、気づかなかった。
この人は、そういう人だ。
裏通りの、いつもの場所だった。
路地の奥、人通りのない角だった。
ミルヴァさんが腕を組んで待っていた。
表情がいつもより固かった。
「ベルガンが動いた」
短い言葉だった。
「どう動きましたか」
「商人ギルドの倉庫、三棟。先週から出入りが増えている。しかも夜だ」
俺は少し考えた。
「夜に倉庫の出入りが増える理由は」
「普通はない。昼間に動けないものを動かしている」
「人ですか、荷ですか」
「荷だ。大きな荷だ。馬車が三台、裏口から入って、空で出てきた」
「空で」
「荷を降ろして出てきた。中に残した」
俺は頭の中で整理した。
夜間に大量の荷を倉庫に運び込む。
表の記録には残らない動きだ。
「お前の在庫記録、今すぐ手元にあるか」
ミルヴァさんが俺を見た。
「持っています。毎日つけています」
「先月分を見せてくれるか」
「ここでですか」
「ここで」
俺は鞄から記録帳を出した。
先月分のページを開いた。
ミルヴァさんが受け取った。
素早く目を通した。
指が止まった。
「ここ」
俺が見た。
先月の中旬、三棟の倉庫の在庫が同じ日に一斉に減っている記録だった。
「この日、在庫が減っていますね」
「でも、出荷記録がない」
「はい。出荷がない日に在庫が減っていた。気になって確認しましたが、理由がわかりませんでした」
「なぜ確認した」
「在庫が合わないのは、現場では一番厄介な問題なので。記録をつけている以上、合わない理由を把握しておく必要があります」
ミルヴァさんが俺を見た。
「それを記録していたのか」
「はい。備考欄に、確認済みだが理由不明、と書いてあります」
ミルヴァさんが少し間を置いた。
「……お前、やっぱり変な人間だな」
「よく言われます」
「褒めてる」
「ありがとうございます」
ミルヴァさんが記録帳を返した。
「この記録が、証拠になる可能性がある」
「そう思っています。ただ、これだけでは状況証拠にしかなりません」
「そうだ。もう少し積み上げる必要がある」
「何が必要ですか」
「倉庫に何が運び込まれたか。誰が指示したか。どこに流れたか。その三つだ」
俺はメモを取った。
「倉庫の中に入ることはできますか」
「難しい。今は警戒が高まっている。無理に動くと気づかれる」
「では、外からわかることを積み上げる」
「そうだ。お前の記録を続けてくれ。それが一番確かな証拠になる」
「わかりました」
ミルヴァさんが少し間を置いた。
「一つ聞いていいか」
「はい」
「パーティに、新しい人間が入ったな」
「リアです。魔法使いです」
「知ってる。見た」
「どこで」
「情報屋だから」
俺は少し苦笑した。
「どう思いましたか」
「強い。索敵が精度高い。使える」
「そうです」
「ベルガンの件が動いたとき、人手がいるかもしれない。今から頭に入れておいてくれ」
「わかりました」
ミルヴァさんが路地の出口に向かいかけた。
止まった。
「ヒコ」
「はい」
「無理をするな。ベルガンは、本気で動いている人間だ。記録をつけるのは構わない。でも、それ以上は一人で動くな」
「はい」
「約束できるか」
「できます」
ミルヴァさんが頷いた。
「情報料は今日はいい」
「え」
「次に何かわかったとき、まとめて払ってくれ」
それだけ言って、路地の角を曲がった。
消えた。
また気配がなかった。
星の宿に戻った。
三人が食堂にいた。
マユミが言った。
「遅かったな。何かあったか」
「少し情報収集をしていました」
「ミルヴァか」
「そうです」
マユミが俺の顔を見た。
「顔が固いぞ」
「そうですか」
「何かあった」
俺は少し考えた。
全部話すか。
パーティのことだ。
話す必要がある。
「ベルガンが動き始めています」
四人分の顔が俺を見た。
俺は話した。
夜間の倉庫の出入り、在庫記録との不一致、ミルヴァさんの見立て。
全部話した。
アーヴィンが黙って聞いていた。
リアが少し前のめりになっていた。
マユミが腕を組んだ。
「つまり、ベルガンがこっそり荷を動かしている」
「そう見ています」
「何のために」
「まだわかりません」
「魔族と繋がっているんだろ」
「可能性が高いと思っています」
リアが言った。
「少し確認していいですか」
「はい」
「ベルガンというのは、商人ギルドの人間ですね」
「副長です。ヒコの雇用主のさらに上にいる人間です」
「魔族と繋がっている根拠は、その在庫記録だけですか」
「記録は状況証拠の一つです。ミルヴァさんという情報屋からの報告もあります。ただ、決定的な証拠はまだありません」
リアが少し間を置いた。
「魔族というのは、この街にいるんですか」
「直接いるかどうかはわかりません。ただ、繋がりがある人間がいる可能性があります」
「……想像より、深い話ですね」
「そうです。だから、慎重に動く必要があります」
リアが俺を見た。
「私にできることはありますか」
「今は何もしないことが一番です」
「何もしない」
「動きを変えない。日常を続ける。それが今の段取りです」
リアが少し考えた。
「索敵魔法で倉庫の周辺を確認すれば、何か掴めるかもしれません」
「それは危険です」
「なぜですか」
「魔族が関わっているなら、魔法の気配を感知される可能性があります。こちらが調べていることを気づかれたら、証拠ごと消される」
リアが黙った。
少し間があった。
「……わかりました。今は動かない」
「ありがとうございます」
「ただし、必要になったとき、すぐ動けるように準備はしておきます」
「それで十分です」
アーヴィンが言った。
「今は記録を続ける。それだけでいい」
「そうです」
「焦らない方がいい案件だな」
「はい。段取りとして、今は情報を積み上げる段階です」
マユミが言った。
「ミルヴァは信用できるのか」
「はい。今まで何度も情報をもらいました。外れたことがありません」
「そうか」
マユミが少し間を置いた。
「わかった。お前を信頼する」
「ありがとうございます」
「でも、一人で動くな」
「ミルヴァさんにも同じことを言われました」
「だったら守れ」
「はい」
アーヴィンが立った。
「今日の依頼、どうする」
「予定通り動きましょう。日常を変えない方がいいです。不自然な動きをすると、気づかれます」
「段取りとして、正しいな」
「はい」
四人が立ち上がった。
その日は東の採取依頼を二件こなした。
いつも通りだった。
でも、俺の頭の中は半分、倉庫のことを考えていた。
在庫が合わない日が、先月だけじゃないかもしれない。
今夜、記録帳をもう一度確認しよう。
そう思いながら、スキルで周囲を確認し続けた。
夜。
部屋で記録帳を広げた。
先月分だけでなく、二ヶ月前、三ヶ月前まで遡った。
見つかった。
在庫の不一致が、先月だけじゃなかった。
二ヶ月前に一度、三ヶ月前に二度。
全部、夜間だった。
全部、同じ三棟の倉庫だった。
俺はメモを取った。
日付、倉庫の番号、不一致の量、備考。
丁寧に整理した。
現場でも同じだった。
問題が起きたとき、記録がある人間とない人間では、対応の速さが全然違う。
記録は、未来の自分への手紙だ。
書き終えた。
ろうそくを消した。
暗くなった部屋で、天井を見た。
ベルガンが動いている。
でも、今は待つ。
段取りとして、今は積み上げる段階だ。
急がない。
でも、止まらない。
マルティナさんが言っていた言葉を思い出した。
焦るな。でも、止まるな。
そういうことだ、と思った。
目を閉じた。
第三十八話「ミルヴァからの情報と、動き始めた影」 了




