第三十六話「リアの過去と、効率じゃない話」
翌朝。
食堂に下りると、リアがいた。
一番早かった。
窓の外を見ていた。
手元に何もなかった。
ただ、外を見ていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
リアが振り向いた。
表情は変わらなかった。
でも、昨日よりは固くなかった。
俺は向かいに座った。
しばらく、静かだった。
マルティナさんがまだ台所にいた。
朝食の準備をしている音がした。
「ヒコさん」
「はい」
「昨日、私の本音が少し見えたと言っていましたね」
「はい」
「スキルで見えたんですか」
少し間を置いた。
「半分は」
「残りの半分は」
「経験です」
リアが俺を見た。
静かな目だった。
「どんな経験ですか」
俺は少し考えた。
どこまで話すか。
でも、隠す理由もなかった。
「前の仕事で、人を見ることが多かったです。チームで動く仕事だったので、誰がどういう状態にあるか、常に確認していました」
「チームで動く仕事」
「建物を作る仕事です」
「建物」
「大きな建物を、たくさんの人間で作ります。一人では何もできない。だから、チームの状態を把握することが一番大事な仕事でした」
リアが少し考えた。
「それが今の動き方に繋がっているんですか」
「そうです。段取りを組む、役割を決める、状態を確認する。全部、前の仕事でやっていたことです」
「転移者ですか」
俺は少し驚いた。
リアが続けた。
「違ったらすみません。ただ、話し方や考え方が、この世界の人間と少し違う気がしたので」
俺はマユミの顔を思い浮かべた。
マユミには話してある。
リアには、まだだ。
「少し、違うかもしれません。ただ、今は詳しく話せないです」
「わかりました。聞きすぎました」
「いえ」
リアが窓の外に目を戻した。
「私も、人に話せないことがあります。聞かせてもらう立場じゃないですね」
静かな言い方だった。
責めていなかった。
ただ、自分にも同じことがある、と言っていた。
「リアさんは、どこの出身ですか」
今度は俺が聞いた。
リアが少し間を置いた。
「東の街です。ノルファという街をご存じですか」
「知りません」
「小さな街です。知らなくて当然です」
「魔法はそこで学んだんですか」
「はい。街に一人、魔法使いがいました。その人に習いました」
「今もそこにいますか」
「亡くなりました。三年前に」
「……そうでしたか」
「病気でした。長い病気で、私が弟子になったときからすでに体が弱かった。それでも教えてくれました」
俺は何も言わなかった。
言わない方がいい場面だった。
「その人が亡くなってから、街にいる理由がなくなりました。だから出てきました」
「一人で」
「一人で」
リアが手を見た。
「その人が最後に言いました。効率よく生きろ、と」
「効率よく」
「はい。でも、今になって思います。たぶん、あの人が言いたかったことは、それだけじゃなかった気がします」
「どういうことですか」
「効率よく、というのは表の言葉で、本当は、無駄に消耗するな、ということだったかもしれません。体のことも、心のことも」
俺は少し考えた。
「師匠が心配していたんですね」
「そうだと思います。今は」
リアが窓の外を見た。
「気づくのが遅かったです」
「遅くないですよ」
「え」
「気づいたとき、が、正しいタイミングです。現場でもそうでした。早ければいいわけじゃない。気づいて、動けるなら、それが正しい段取りです」
リアが俺を見た。
少し間があった。
「……変な人ですね」
「よく言われます」
「褒めています」
「ありがとうございます」
リアが少し、口元を動かした。
昨日の夜と同じくらいの動きだった。
でも、今朝は目も少し動いた。
台所から音がした。
マルティナさんが出てきた。
トレイに朝食を三人分載せていた。
テーブルに置いた。
「早いな、二人とも」
「目が覚めました」
俺が言った。
「そうか。食え」
マルティナさんがリアを見た。
「昨日より顔がいい」
「そうですか」
「そうだ」
それだけ言って台所に戻った。
リアが俺を見た。
「あの人、よく見ていますね」
「そうです。余計なことは言わないですが、全部わかっています」
「不思議な人だ」
「頼もしいです」
リアが朝食を見た。
一口食べた。
また少し止まった。
「朝から美味しいですね」
「そうです」
「昨日の夜と同じくらい」
「マルティナさんの飯はいつもそうです」
リアが少し考えた。
「食事が楽しみになるのは、久しぶりです」
「それはよかった」
「効率的じゃないですけど」
「食事が楽しみになることは、効率的だと思います」
「どういう意味ですか」
「楽しみがあると、体が動きます。動く体は、仕事の質が上がります。だから、食事を楽しむことは、効率に繋がります」
リアが少し黙った。
「……強引な論理ですね」
「現場仕込みなので」
リアがまた口元を動かした。
今度は、笑った、と言えるくらいの動きだった。
食事が終わったころ、マユミが下りてきた。
二人を見た。
「なんだ、もう起きてたのか」
「おはようございます」
「おはよう」
マユミが椅子を引いた。
「二人で何話してたんだ」
「いろいろ」
俺が言った。
「いろいろって何だよ」
「師匠の話と、効率の話と、食事の話です」
「なんか深そうだな」
「そうでもないです」
マユミがリアを見た。
「リア、馴染めそうか」
直球だった。
リアが少し間を置いた。
「馴染む、という意味が少しわからないですが」
「居心地がいいか、ってことだ」
「……悪くないです」
「悪くない、か」
「褒めています」
「知ってる」
マユミが笑った。
リアがまた、少し表情を動かした。
アーヴィンが下りてきたのは、それから少しあとだった。
四人が揃った。
マルティナさんがアーヴィンの分も出した。
四人分が並んだ。
食堂が、少し賑やかになった気がした。
昨日まで三人だったのに、今日は四人だった。
それだけのことだ。
でも、テーブルの空気が違った。
アーヴィンがリアを見た。
「昨日、よく眠れたか」
「はい」
「そうか」
アーヴィンが飯を食べた。
それ以上は何も言わなかった。
でも、それが気遣いだとリアにも伝わったと思う。
スキルで見ると、リアの気配が少し柔らかくなっていた。
食後、今日の予定を話し合った。
「依頼はどうしますか」
俺が聞いた。
「昨日と同じ場所に出てもいいが」
マユミが言った。
「リアの索敵と俺のスキルを組み合わせれば、もう少し広い範囲が確認できます。別の場所も試してみましょうか」
「どこがいいですか」
リアが聞いた。
「東の街道沿いに、採取依頼がいくつか出ていました。昨日確認しました」
「採取なら、私の索敵が役立ちます。魔物だけでなく、薬草の群生地も感知できます」
「それは初耳でした」
「言っていませんでしたか」
「昨日は聞けていませんでした」
「効率的ではなかったですね、私も」
「情報は出てきたときに出してもらえれば十分です。段取りはそれから組みます」
リアが少し頷いた。
「わかりました。必要だと思ったことは言います」
「お願いします」
アーヴィンが言った。
「東の街道、行こう」
四人が頷いた。
出発前、マルティナさんに声をかけた。
「行ってきます」
「気をつけろ」
マルティナさんがリアを見た。
「お前も」
「はい」
「無理をするな。帰ってくることが一番だ」
リアが少し間を置いた。
「わかりました」
マルティナさんが台所に戻った。
リアが小声で言った。
「あの人、昨日から私に声をかけてくれますね」
「新しく来た人には、そうする人だと思います」
「そうですか」
「居場所を作ってくれているんだと思います。言葉じゃなくて、行動で」
リアが扉の方を見た。
「……いい人ですね」
「そうです」
「効率とは関係ない言い方ですが」
「たまには、そういう言い方でいいと思います」
リアが頷いた。
四人で扉を出た。
朝の空気が冷たかった。
東の街道が、まっすぐ伸びていた。
四人で歩き始めた。
昨日より、少し賑やかだった。
それだけで、十分だった。
第三十六話「リアの過去と、効率じゃない話」 了




