第三十五話「新しい依頼と、見知らぬ魔法使い」
数日後。
冒険者ギルドに来ていた。
依頼の掲示板を見ていた。
マユミが隣に立っていた。
アーヴィンは少し離れた場所で壁にもたれていた。
掲示板に、新しい依頼が出ていた。
街の南東、二時間ほどの森の中に、薬草の群生地があるらしい。
ただし、その近辺に最近魔物が出るようになった。
依頼内容は護衛と採取の補助。
依頼主は薬草商。
報酬は銀貨二枚。
ただし、一つ条件があった。
魔法使いが同行できること。
その一文が、赤い文字で書いてあった。
「私たち、魔法使いいないよな」
マユミが言った。
「そうですね」
「惜しい依頼だな。報酬もいいのに」
「別の依頼を探しましょうか」
「そうするか」
そのとき、声がした。
「その依頼、一緒に受けませんか」
振り向いた。
知らない顔だった。
年は十七か十八。
長い黒髪だった。
細身だった。
静かな目をしていた。
こちらを真っ直ぐ見ていた。
スキルで確認した。
消耗なし。
気配が、普通じゃなかった。
魔法使いの気配だ、と思った。
今まで感じたことのない種類の重さだった。
「あなたが魔法使いですか」
俺が聞いた。
「そうです」
短い答えだった。
「一人で活動していますか」
「そうです」
「今は」
「パーティを探しています。ただし、条件があります」
マユミが腕を組んだ。
「条件って」
「無駄な動きをするパーティとは組みません」
はっきり言った。
遠慮がなかった。
マユミが少し眉を上げた。
「無駄な動き、というのは」
「判断が遅い。計画性がない。感情で動く。そういうパーティです」
俺は少し考えた。
感情で動かない。段取りを重視する。
それは、俺が現場でずっとやってきたことだった。
「名前を聞いていいですか」
「リアです」
「前田和彦です。ヒコと呼んでください」
「わかりました」
マユミが言った。
「マユミだ」
リアが頷いた。
アーヴィンが壁から離れた。
近づいてきた。
リアがアーヴィンを見た。
少し目が動いた。
驚いたのかもしれない。
アーヴィンの気配は、普通じゃない。
それはリアにも伝わったはずだった。
「アーヴィンだ」
アーヴィンが言った。
リアが頷いた。
「よろしくお願いします」
四人が、掲示板の前に立っていた。
「条件の話を聞かせてください」
俺が言った。
「私が魔法を使う場面は、私が判断します。指示には従いません」
「わかりました」
「あと、効率が悪い動きは指摘します。気分を害しても、言います」
「それも構いません」
リアが少し俺を見た。
「即答するんですね」
「条件として妥当だと思ったので」
「普通は少し考えます」
「考えるまでもなかったです」
リアが少し黙った。
何かを測るような目だった。
「あなたのパーティのランクは」
「Dランクです」
「私もDランクです。ただし、魔法の実力はBランク相当と言われています」
マユミが言った。
「自分で言うか」
「事実なので」
「嫌いじゃないぞ、そういうの」
リアがマユミを見た。
「あなたは前衛ですか」
「そうだ。短剣と機動力が売りだ」
「見ればわかります」
「どこで」
「動き方です。重心の置き方が前衛のものです」
マユミが少し目を細めた。
「よく見てるな」
「癖です」
アーヴィンが言った。
「今日、依頼を受けるか」
俺はリアを見た。
「一緒に受けてもらえますか。今日の依頼を、まず試してみましょう」
「構いません」
「ただし、正式なパーティ加入については、今日の動きを見てから話し合いましょう。お互いに」
リアが少し間を置いた。
「……公平な提案ですね」
「段取りとして、それが正しいと思います」
「わかりました」
依頼を受けた。
四人で南東の森に向かった。
移動中、リアは俺の隣を歩いた。
マユミが先頭、アーヴィンが右側、リアと俺が後ろだった。
「《可視化》のスキルを持っているんですか」
リアが聞いた。
俺は少し驚いた。
「なぜわかりましたか」
「索敵の間隔と、目の動かし方です。常に周囲を確認している。あれは索敵スキルがある人間の動き方です」
「観察眼がありますね」
「効率的に動くために必要なので」
俺はスキルで確認した。
リアの気配。
消耗なし。元気。
感情の機微が、ぼんやり見えた。
緊張している。
でも、表情には出していない。
新しいパーティに入ることへの緊張だろう、と思った。
「リアさんは、今まで何人パーティを組みましたか」
「三つです。どれも長続きしませんでした」
「理由は」
「効率が悪かったから、と言ったら語弊があります。正確には、私の言い方が悪かったと思っています」
俺は少し驚いた。
自分の非を認めた。
「そうですか」
「指摘の仕方が直接的すぎると言われました。間違っていることを指摘するのに、なぜ遠回しに言わないといけないのか、今でもわかりませんが」
「それは難しい問題ですね」
「ヒコさんはどう思いますか」
「現場では、指摘の仕方より、指摘の中身の方が大事だと思っています。ただ、聞いてもらえないと中身も届かないので、順番としては関係を作ってから中身を出す、という段取りになります」
「段取り、という言葉をよく使いますね」
「癖なので」
リアが少し黙った。
「面白い人ですね」
「そうですか」
「褒めています」
森の入り口に着いた。
薬草商の依頼主が待っていた。
四十代の男だった。
「来てくれましたか。助かります」
「状況を教えてください」
俺が聞いた。
「群生地まで、森の中を二十分ほど歩きます。ただ、最近その道沿いに魔物が出るようになりました。二頭から三頭の群れで、Dランク相当です」
「種類は」
「フォレストウルフです。速い魔物です。単体では大したことはないですが、群れで来ると厄介で」
「わかりました。採取の時間はどのくらい必要ですか」
「三十分あれば十分です」
「行きと帰り、合わせて一時間二十分の護衛と、採取中の三十分。合計二時間の想定で動きます」
「そんなに細かく」
「段取りとして必要なので」
依頼主が少し目を丸くした。
「冒険者にしては、仕事の進め方を知っているな」
「現場仕込みなので」
森に入った。
四人と依頼主の五人だった。
俺がスキルで前方を確認した。
「百メートルほど先に、三つの気配があります。動いています」
「フォレストウルフだ」
依頼主が言った。
リアが俺を見た。
「スキルで距離もわかるんですか」
「正確な数値ではないですが、だいたいの感覚で」
「有能ですね」
「現場仕込みなので」
「それが口癖ですか」
「そうかもしれません」
アーヴィンが前に出た。
マユミがその横に並んだ。
俺とリアが後ろに下がった。
依頼主をさらに後ろに下げた。
「気配が動いています。こちらに向かっています」
「わかった」
アーヴィンが言った。
茂みが揺れた。
三頭、同時に出てきた。
速かった。
マユミが右の一頭に向かった。
アーヴィンが左の二頭を引きつけた。
リアが動いた。
手を前に出した。
風が集まった。
アーヴィンに向かっていた一頭が、横に吹き飛んだ。
アーヴィンが残りの一頭に剣を入れた。
一撃だった。
マユミが右の一頭を仕留めた。
吹き飛んだ一頭が立ち上がった。
「右、もう一頭います」
俺が声を出した。
マユミが振り返っていた。
もう動いていた。
短剣が入った。
終わった。
三頭、全部。
時間にして、一分もかかっていなかった。
依頼主が呆然としていた。
「……速いな」
「段取り通りです」
俺が言った。
採取の間、俺とリアが周囲を確認した。
リアが索敵魔法を使った。
「半径五十メートルに魔物はいません」
「俺のスキルでも同じです」
リアが俺を見た。
「二重確認ですね」
「念のためです。二人で確認することで、見落としが減ります」
「効率的です」
「そう言ってもらえると助かります」
リアが少し考えた。
「さっきの戦闘、役割分担が自然でした」
「そうですか」
「マユミさんが右、アーヴィンさんが左二頭、私が一頭を弾く。誰も指示していないのに、全員が自然に動きました」
「普段からそういう動き方をしているので」
「普段から」
「依頼のたびに、少しずつ積み上げてきた結果です」
リアが黙った。
少し間があった。
「私が入っても、崩れませんか」
静かな声だった。
さっきまでの、効率を語る声じゃなかった。
本音が少し出た声だった。
「崩れません」
俺は答えた。
「なぜ言い切れるんですか」
「リアさんが今日、自然に動いていたからです。役割を考えて、無駄なく動いていた。それが見えました」
「スキルで」
「スキルと、目で」
リアが少し前を向いた。
「……そうですか」
それだけ言った。
でも、気配が少し変わった。
緊張が、少し和らいだ。
採取が終わった。
帰り道は魔物が出なかった。
森を出た。
依頼主が頭を下げた。
「助かりました。こんなにスムーズに終わるとは思いませんでした」
「段取り通りです」
「また頼んでもいいですか」
「依頼を出してもらえれば」
依頼主が報酬を出した。
銀貨二枚。
受け取った。
「ありがとうございました」
依頼主が去った。
四人が残った。
マユミがリアを見た。
「どうだった」
「悪くなかったです」
「悪くない、か」
「褒めています」
マユミが少し笑った。
「さっき言ってたな、それ」
「本当のことなので」
アーヴィンがリアを見た。
「風の魔法、使い慣れているな」
「火と風が得意です」
「今日みたいな使い方は」
「牽制です。倒すより、流す方が効率的な場面があります」
「そうだな」
アーヴィンが頷いた。
リアが少し驚いた顔をした。
たぶん、すんなり認められると思っていなかったのだろう。
「帰りながら話しましょう」
俺が言った。
「正式加入の話を」
リアが俺を見た。
「もういいんですか。判断が早くないですか」
「十分見ました」
「何を」
「動き方と、考え方と、本音が少し見えました。それで十分です」
リアがまた、少し黙った。
「……わかりました」
四人でアーゼルタウンに向かって歩き始めた。
帰り道、条件の話をした。
報酬の分配、役割の確認、宿の手配。
リアは宿を探していると言った。
「星の宿に空きがあるか確認します。マルティナさんに聞いてみます」
「マルティナさん」
「俺たちが泊まっている宿の女将さんです。厳しい人ですが、信頼できます」
「厳しい」
「余計なことを言わない人です。でも、全部わかっています」
リアが少し考えた。
「会ってみます」
「それがいいと思います」
星の宿に戻った。
マルティナさんがカウンターにいた。
リアを見た。
何も言わなかった。
少し間があった。
「泊まるのか」
「検討しています」
リアが答えた。
マルティナさんがリアを見た。
「一人か」
「今日まで一人でした」
「そうか」
マルティナさんがカウンターの台帳を開いた。
「空きはある。月極なら月銀貨十枚、三食込みだ」
「条件を確認してもいいですか」
「言え」
「食事の時間は」
「朝は日の出から一時間以内。昼は持ち出し。夜は日没後一時間以内だ」
「遅くなった場合は」
「言ってくれれば取っておく。言わなければない」
「わかりました」
リアがマルティナさんを見た。
少し間があった。
「入ります」
「そうか」
マルティナさんが台帳に書いた。
「飯をしっかり食え。体が資本だ」
「はい」
リアが少し目を丸くした。
俺は小声で言った。
「いつもそう言う人です」
「そうですか」
「慣れると、安心します」
リアが小さく頷いた。
夕食は四人だった。
テーブルに四人分並んでいた。
リアが座った。
マユミが隣に座った。
アーヴィンが向かいに座った。
俺が端に座った。
しばらく、静かだった。
マユミが言った。
「リア、嫌いな食い物はあるか」
「特にありません」
「好きな食い物は」
「考えたことがありませんでした」
「え」
「食事は栄養補給だと思っていたので」
マユミが俺を見た。
俺はマユミを見た。
「それは、もったいないですね」
俺が言った。
「そうですか」
「マルティナさんの飯は、栄養補給を超えています。食べてみてください」
リアが皿を見た。
一口食べた。
少し止まった。
もう一口食べた。
「……美味しいです」
「でしょう」
マユミが笑った。
「顔に出てるぞ」
「そんなに出ていますか」
「出てる出てる」
アーヴィンが静かに食べながら言った。
「最初は皆、そうだ」
「アーヴィンもそうだったのか」
マユミが聞いた。
「……覚えていない」
「覚えてるだろ」
「覚えていない」
マユミがまた笑った。
リアが少し、口元を動かした。
笑ったのかどうか、わからないくらいの動きだった。
でも、動いた。
スキルに映る気配が、また少し変わった。
緊張が、もう少し和らいでいた。
今日、初めて会った人間が、今夜から同じ宿で同じ飯を食っている。
現場でも同じだった。
チームは、仕事だけじゃなくて、飯で作られる。
そういうものだ、と俺は思った。
第三十五話「新しい依頼と、見知らぬ魔法使い」 了




