第三十四話「セリウスへの報告と、見えてきたもの」
アーヴィンの肩が動くようになったのは、二日後だった。
マルティナさんが朝に確認して、一言だけ言った。
「動いていい」
それだけだった。
アーヴィンが頷いた。
午後、三人で冒険者ギルドに向かった。
セリウスさんは奥の部屋にいた。
扉を開けると、立ち上がった。
「来てくれましたね。座ってください」
三人で椅子に座った。
セリウスさんも座った。
机の上に何もなかった。
書類も、武器も、何もなかった。
それが、この人らしかった。
「問題なかったですか」
俺を見た。
「アーヴィンさんが肩を打ちましたが、それ以外は全員無事です」
「そうですか」
アーヴィンを見た。
「今は」
「動く」
「それはよかった」
セリウスさんが少し間を置いた。
「報告を聞かせてください」
俺が話した。
場所、時間、魔物の大きさ、戦闘の経過。
スキルで感じたことも話した。
「気配の重さが、今まで見たどの魔物とも違いました。消耗がまったくなかった。完全に元気な状態で、なおかつ、その重さが自然じゃない感じがしました」
「自然じゃない、というのは」
「うまく言えないんですが、土地に馴染んでいない感じ、とでも言えばいいか。そこに根を張っていない気配でした」
セリウスさんが頷いた。
「続けてください」
「戦闘中も確認していました。あの魔物は、あそこに長くいたわけじゃないと思います。最近、誰かに連れてこられた、か、誘導された」
セリウスさんが少し前に体を傾けた。
「その感覚は、スキルから来ていますか」
「はい。ただ、数値で見えているわけじゃないので、証拠にはなりません」
「証拠でなくて構いません」
静かな声だった。
「あなたのスキルで感じたことを話してください。それで十分です」
アーヴィンが口を開いた。
「セリウスさん。あの魔物、自然発生じゃなかった」
セリウスさんが頷いた。
「私もそう思っています」
少し間があった。
「あの場所に、先月まで魔物の報告はありませんでした。それが突然、Cランク相当のものが出た。しかも一頭だけ」
「群れじゃなかった」
「そうです。群れで移動する種が、なぜか一頭だけ。これは自然な移動ではありません」
俺は頭の中で整理した。
一頭だけ切り離して、特定の場所に誘導する。
それができるのは、魔物を操れる何かがいる場合だ。
「魔族が関係していますか」
セリウスさんが俺を見た。
「その可能性が高いと思っています」
静かに言った。
でも、重さがあった。
「なぜあの場所に誘導したかは、まだわかりません。ただ、あそこは街道から外れた場所です。人が入りにくい。何かを隠すには都合がいい」
「隠す、というのは」
「今はまだわかりません」
セリウスさんが立ち上がった。
窓の外を見た。
「お三人に、一つ聞いていいですか」
「はい」
「今後も、こういった依頼を受けてもらえますか。非公式のものも含めて」
俺はマユミを見た。
マユミがアーヴィンを見た。
アーヴィンが前を向いたまま言った。
「受ける」
マユミが言った。
「私も」
俺は少し考えた。
断る理由がなかった。
ベルガンのこと、魔族のこと、可視化持ちが消えていくこと。
全部、繋がっている可能性がある。
そこから目を逸らして生きていける気が、しなかった。
「お願いします。ただし、無理のない範囲で動かせてください。段取りができない依頼は受けられません」
セリウスさんが振り向いた。
少し目が和らいだ。
「わかりました。必ず事前に情報を出します」
「それであれば」
「ありがとうございます」
セリウスさんが椅子に戻った。
机の引き出しを開けた。
小さな袋を三つ取り出した。
一つずつ渡した。
「正規の報酬ではありませんが、受け取ってください」
受け取った。
重さがあった。
「中身は」
「銀貨五枚ずつです。危険な場所に行ってもらいました。それだけのことはあります」
銀貨五枚。銅貨五百枚分。
三人合わせて銀貨十五枚。
予想より多かった。
「ありがとうございます」
「いえ」
セリウスさんが少し間を置いた。
「一つ、確認させてください」
「はい」
「あなたのスキルは、今どの段階まで開花していますか」
俺は少し考えた。
隠す理由はなかった。
この人は知っている。
「感情の機微がぼんやり見える段階です。数値はまだ見えていません」
「そうですか」
セリウスさんが頷いた。
「成長していますね」
「はい」
「次の段階が来たとき、教えてもらえますか。できれば早めに」
「なぜですか」
率直に聞いた。
セリウスさんが俺を見た。
「あなたのスキルが成長するほど、危険も増します。知っておいた方がいいことがあります」
可視化持ちが消えていく。
その話だ。
「わかりました。変化があれば報告します」
「お願いします」
セリウスさんが立った。
話が終わった合図だった。
三人も立ち上がった。
扉に向かいかけたとき、セリウスさんが言った。
「アーヴィン」
アーヴィンが止まった。
「よく動いてくれました」
アーヴィンが少し間を置いた。
「……俺だけじゃなかった」
「知っています」
それだけだった。
扉を出た。
ギルドの外に出た。
空が明るかった。
マユミが伸びをした。
「銀貨五枚か」
「そうですね」
「多いな」
「命がけでしたから」
「まあ、そうだな」
マユミが袋を見た。
「何に使う」
「当面は手元に置いておきます。装備の補充が先です」
「アーヴィンは」
マユミがアーヴィンを見た。
アーヴィンは少し考えた。
「……貯める」
「渋いな」
「使う理由がない」
「飯とか」
「宿で出る」
マユミが俺を見た。
「こいつ、月極の元を取る気だ」
「俺もそうですよ」
「お前ら似てるな」
俺とアーヴィンが同時に少し黙った。
マユミが笑った。
帰り道、ドガンさんのところに寄った。
爪の素材を持っていった。
ドガンさんが一本手に取った。
少し見た。
「どこで手に入れた」
「北の草地です。川沿いに」
「一人で倒したのか」
「三人で」
ドガンさんが俺を見た。
「お前のパーティが、これを」
「はい」
長い沈黙があった。
「……座れ」
三人で座った。
ドガンさんが爪を全部並べた。
四本、机の上に置いた。
「グレイベアだ」
「名前があるんですか」
「Cランク上位の魔物だ。四本腕で、皮膚が硬い。群れで動くが、単独で現れることがある」
「単独でした」
「そうか」
ドガンさんが少し黙った。
「単独のグレイベアは、珍しい。普通じゃない」
「はい」
「何かあったのか」
「調べているところです」
ドガンさんが俺を見た。
少し間を置いた。
「セリウスと話したか」
「今日、報告してきました」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。
ドガンさんが爪を手に取った。
「素材として売るか」
「はい。適正な値段で買い取ってもらえますか」
「一本、銀貨三枚だ。四本で十二枚になる」
銀貨十二枚。
予想より高かった。
「ありがとうございます」
「危険な場所に行った値段だ。妥当だ」
ドガンさんが袋を出した。
「それから、一つ聞いていいか」
「はい」
「お前の在庫記録、続けてくれているか」
「はい。毎日つけています」
「そうか」
ドガンさんが少し目を細めた。
「続けてくれ。頼む」
短い言葉だった。
でも、その「頼む」に重さがあった。
ベルガンの話だ、と俺は思った。
証拠はまだない。
でも、記録は積み上がっている。
「わかりました。続けます」
「助かる」
ドガンさんが立った。
三人も立った。
「また来い」
「はい」
事務所を出た。
星の宿に戻ったのは、夕方前だった。
マルティナさんがカウンターにいた。
「おかえり」
「ただいまです」
「飯は夕方だ」
「はい」
マルティナさんが俺を見た。
「いい顔をしている」
「そうですか」
「何かあったか」
「少し、先が見えた気がしました」
マルティナさんが頷いた。
「そうか」
それだけだった。
台所に戻った。
俺は階段を上がった。
部屋に入った。
窓を開けた。
風が来た。
先が見えた、と言った。
本当にそうかどうか、わからない。
でも、今日、いくつかのことが繋がった。
セリウスさんが動いている。
ドガンさんが記録を待っている。
アーヴィンが本気で動き始めた。
俺のスキルが、少しずつ成長している。
全部が、同じ方向を向き始めている気がした。
現場で言えば、基礎工事が終わって、いよいよ建物が上がり始めるころだ。
ここからが本番だ。
窓を閉めた。
記録帳を開いた。
今日のことを書き始めた。
第三十四話「セリウスへの報告と、見えてきたもの」 了




