第198話 包囲の形
敵は、一方向から来るとは限らない。
複数の方向から同時に来るとき、それは包囲だ。
――包囲を知っていれば、動じない。
長影月、二十五日。
朝、ミルヴァが来た。
「報告だ。良くない」
「どうぞ」
「ヴァルク男爵が、傭兵を集めている」
ヒコは少し間を置いた。
「ヴァルク男爵が、直接動きますか」
「直接かどうかは分からない。ただし、傭兵の規模と方向が問題だ」
ミルヴァが続けた。
「三十から五十名。訓練された傭兵じゃない。ただし、そのくらいの規模が一方向から来れば、騎士団は対応に追われる」
「方向は」
「フォルテス領だ。断定はできない。ただし、他に理由がない」
──────────────────────────────────────
午前、ドガンとゴルフを呼んだ。
ミルヴァも同席した。
「整理します。今、フォルテス領に向けて三方向から圧力がかかっています」
ヒコが続けた。
「一つ。ベルン商会が王都経由で取引先に揺さぶりをかけている。二つ。セルヴァン・ロウの代理が地下ルートで何かを確認しようとしている。三つ。ヴァルク男爵が傭兵を集めている」
ドガンが腕を組んだ。
「全部が繋がっているか」
「繋がっているかもしれません。ただし、誰が主導しているのかは、まだ見えていません」
「ベルン商会が糸を引いている可能性が高い」
ゴルフが静かに言った。
「ランデルから撤退したのも、傭兵の調達ルートを整えるためだった可能性があります。ヴァルク男爵はベルン商会と以前から接点がある」
「セルヴァン・ロウは」
「別口だと思います」
ミルヴァが言った。
「セルヴァンはタナール系の研究者だ。ベルン商会と利害が一致している部分はあるが、主従関係はない。それぞれが別の目的で動いている」
「では、ヴァルク男爵の傭兵が本命で、セルヴァンの代理が便乗しているということですか」
「そうかもしれない。あるいは、逆かもしれない」
ミルヴァが短く言った。
「どちらが先に動くかで、分かる」
──────────────────────────────────────
昼、アーヴィンに報告した。
「三方向からの圧力が確認されました。ベルン商会、セルヴァン・ロウ、ヴァルク男爵の傭兵。いずれかが近いうちに具体的に動く可能性があります」
アーヴィンが少し間を置いた。
「防衛配置を最終調整する」
「お願いします」
「外堀・稜堡・五個分隊の連動を再確認する。地下の警戒はコリンとリクに任せてある」
アーヴィンが続けた。
「グリットを外堀の石壁補強に回す。来週中に終わらせる」
「急ぎますか」
「急ぐ。間に合わなければ、意味がない」
ヒコは少し考えた。
「装備は二十名分揃っています。訓練はどうですか」
「問題ない」
アーヴィンが短く言った。
「新人にも実戦を踏ませたい……俺はそう思っている」
「都合で良いと思います。来てくれるなら、経験になります」
「……そうだな」
──────────────────────────────────────
午後、グリットのところに行った。
外堀の北東側で作業していた。
「グリット、外堀の石壁補強を急いでもらえますか」
グリットが振り返った。
何も言わなかった。
ただし、動きが速くなった。
堀壁の表面を確認しながら、手の届く範囲を固めていく。
固まった部分の色が、《可視化》で見ると少し変わった。
密度が上がっていた。
「ありがとうございます」
グリットは返事をしなかった。
ただし、少しだけ大きく見えた。
──────────────────────────────────────
夕方、バルドのところに行った。
「バルドさん、少し相談があります」
「何なりと」
「近いうちに、外から来るものがあるかもしれません。村人に何か伝えておく必要がありますか」
バルドが少し考えた。
「今の段階では、何も言わない方が良いと思います」
「不安を与えますか」
「不安より、準備が先です。具体的な準備ができていない段階で告げると、不安だけが残ります」
バルドが続けた。
「準備が整ったら、告げます。その方が、村人も動けます」
「分かりました。準備が整ったら教えてください」
「承知しました」
バルドが短く頷いた。
「ヒコ様、一つだけ言わせてください」
「はい」
「村人は、この領地を信じています。ヒコ様が何も言わなくても、感じています」
「感じているとは」
「何かが近いことを、みんな分かっています。ただし、落ち着いている。この領地が守ってくれると、信じているからです」
ヒコは何も言わなかった。
その信頼が、一番重かった。
──────────────────────────────────────
夜、記録をつけた。
長影月二十五日。ミルヴァ報告:ヴァルク男爵が傭兵三十〜五十名を集めている。方向はフォルテス領。ドガン・ゴルフ・ミルヴァと協議:ベルン商会が糸を引いている可能性が高い。セルヴァン・ロウは別口・別の目的で便乗している可能性。三方向同時圧力の構図が確定。アーヴィン:防衛配置最終調整・グリットを外堀石壁補強に投入・来週中に完了予定。バルド:「今の段階では告げない。準備が整ったら告げる」「村人はこの領地が守ってくれると信じています」。
ペンを置いた。
三方向から来ている。
全部が同時に動けば、どこかに穴ができる。
ただし、全部が同時に動くとは限らない。
どれが先に来るか。
それだけだった。
待つしかない部分は、待つ。
動ける部分は、今日動く。
そして――
最初に動くのが誰かで、戦いの趨勢が決まる。
第198話 包囲の形 了
【次回予告】セリウスが、「来る」と言った。
──────────────────────────────────────
【領地収支・長影月下旬時点】
・所持金:金貨672枚(変動なし)
【発展進捗・長影月下旬時点】
・防衛:104%(外堀石壁補強加速・防衛配置最終調整完了・三方向圧力への対応体制確立)
・食料:99%(変動なし)
・水 :95%(外堀掘削継続・石壁補強加速中)
・住居:85%(変動なし)
・インフラ:100%(変動なし)




