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 第196話 静かな圧力

 数字は、外の動きより正直に領地の状態を教えてくれる。


 揺さぶりが来ても、数字が安定していれば、足元は固い。


 ――足元が固ければ、揺れても倒れない。

 長影月、一日。


 光曜星の朝、月次給与の支払い日だった。


 バルドが台帳を持ってきた。


「今月分です」


「確認します」


 ヒコが台帳を受け取った。


 月次固定収入:

 冒険者固定給 金貨三十枚

 勲爵士給与  金貨十二枚

 合計     金貨四十二枚


 外部収入(紅葉月実績):

 外部取引  金貨五十八枚

 ギルド収益 金貨二十四枚

 合計    金貨八十二枚


 月次固定支出:金貨四十五枚。


 月間収支:プラス七十九枚。


 所持金:金貨六百七十二枚。


 台帳に署名した。


「バルドさん、支払いをお願いします」


「承知しました」


 バルドが台帳を受け取った。


「外部取引が先月より少し下がっています」


「気づきましたか」


「目立つほどではありません。ただし、気になります」


「ゴルフさんから報告があります。後で話します」


──────────────────────────────────────


 午前、ゴルフが来た。


「紅葉月の外部取引、確定です。先月比でやや下がりました」


「取引先が様子見に入りましたか」


「一部です」


 ゴルフが手帳を開いた。


「ランデル経由の取引先二軒が、発注量を絞ってきました。理由は明示されていません。ただし、タイミングがベルン商会の撤退と重なっています」


「圧力がかかっていますか」


「断定はできません。ただし、可能性は高いです」


 ゴルフが続けた。


「王都ルートの取引先は動いていません。先週、前倒しで契約を固めました。来月から安定します」


「ランデル側の二軒は、切りますか」


「切りません」


 ゴルフが即座に言った。


「今切れば、相手の思惑通りです。契約が生きている限り、こちらから動く理由はありません」


「どのくらい待ちますか」


「二ヶ月です。それ以上動かなければ、こちらから動きます」


 ドガンが後ろで聞いていた。


「揺さぶりだ。応じるな。実績で押せ」


 ゴルフが頷いた。


「損はさせません」


──────────────────────────────────────


 昼、バルドに呼ばれた。


「何かありましたか」


「ミルヴァさんから話がある、と言っています」


 ミルヴァが来た。


「報告だ」


「どうぞ」


「セルヴァン・ロウの代理が、ランデルで動いた形跡がある」


「取引先への接触ですか」


「まだそこまでは確認できていない。ただし、フォルテス領に出入りしている商人と、複数回接触した記録がある」


「内容は」


「情報収集だと思う。フォルテス領の規模、人員構成、鉱物の産出量あたりを聞いて回っているようだ」


「答えた商人はいますか」


「いる。ただし、知っている範囲の話しかしていない。機密には触れていない」


 ミルヴァが続けた。


「タウルスが確認した。ランデルで動いている人間は、セルヴァンの直系じゃない。間に一枚挟まっている」


「どういう意味ですか」


「セルヴァンが直接雇った人間じゃないということだ。別の組織が動いている可能性がある」


「ベルン商会ですか」


「そこまでは分からない。調査を続ける」


──────────────────────────────────────


 午後、外堀の進捗を確認した。


 ガッツが現場にいた。


「北東側、予定通りです」


「南東側は」


「少し遅れています。岩盤が出ました」


「影響は」


「一週間、伸びます。ただし、全体の工期は変わりません」


 ゾルドが岩盤の表面を叩いた。


「固い。ただし、白色層が下にある。慎重にやる」


「グリットは使えていますか」


「使えている。堀壁が安定している」


 グリットが近くにいた。


 何かを確かめるように、堀壁の表面を少し押した。


 押した後、少しだけ色が変わった。


 固まっていた。


「グリット、ありがとう」


 グリットは動かなかった。


 ただし、《可視化》の端で、輪郭の色が少し濃くなった気がした。

 

 成長しているのかもしれなかった。


──────────────────────────────────────


 夕方、長影月十九日が何の日かを思い出した。


 ミルヴァの誕生日だった。


 バルドに確認した。


「ミルヴァさんの誕生日、把握していますか」


「長影月十九日ですね。承知しています」


「準備をお願いできますか」


「すでに動いています」


 バルドが短く言った。


「ルナさんには、まだ言っていません。三日前に伝えます」


──────────────────────────────────────


 長影月十九日。


 夕方、食事の席が整った。


 マルティナが少し豪華な食事を作った。


 香草焼きの肉。濃いスープ。白パン。


 ミルヴァが来たとき、少し立ち止まった。


「……何かあるのか」


「ミルヴァさんの誕生日です」


 バルドが短く言った。


「そう来ると思っていた」


「気づいていたんですか」


「バルドが朝から妙に静かだった」


 ミルヴァが席に着いた。


 アーヴィンが隣にいた。


 ミルヴァが少し目を細めた。


「あんたも誕生日、祝われたんだって」


「……そうだ」


「どうだった」


「悪くなかった」


 短い会話だった。


 それで十分だった。


 ルナが花冠を持ってきた。


「はい」


 ミルヴァが受け取った。


「……祝われ慣れていない」


「似合いますよ」


 ルナが言った。


 ミルヴァが花冠を頭に乗せた。


 アーヴィンより、似合っていた。


 誰も何も言わなかった。


 ただし、アーヴィンだけが、わずかに目を細めた。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 長影月一日。月次給与支払い完了。所持金金貨六百七十二枚。紅葉月外部取引やや下落(ランデル取引先二軒が様子見・ベルン商会の影響の可能性)。王都ルートは安定。ゴルフ「揺さぶりには揺さぶりで返す。二ヶ月待つ」。ミルヴァ報告:セルヴァン・ロウの代理がランデルで商人に情報収集。間に別の組織が挟まっている可能性。タウルスが調査継続。外堀:南東側で岩盤・一週間遅れるが全体工期は変わらず。


 長影月十九日。ミルヴァ誕生日。マルティナの食事。ルナが花冠。


 ペンを置いた。


 数字が揺れ始めた。


 小さな揺れだった。


 ただし、小さな揺れが続くと、やがて大きくなる。


 実績で押し返す。


 今は、それしかない。



 第196話 静かな圧力 了

【次回予告】地下遺構に、異変があった。


──────────────────────────────────────


【領地収支・長影月第一光曜星時点】


・所持金:金貨672枚(+79)

 収 入:冒険者固定給 金貨 30枚

     勲爵士給与  金貨 12枚

     外部取引   金貨 58枚

     ギルド収益  金貨 24枚

     合計     約 124枚

 支 出:月次固定   金貨 約45枚

     合計     約  45枚


【発展進捗・長影月初頭時点】


・防衛:102%(変動なし)

・食料:99%(燻製流通試験継続)

・水 :95%(外堀南東側で岩盤・一週間遅れ・全体工期変わらず)

・住居:85%(変動なし)

・インフラ:100%(変動なし)

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