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 第195話 使者

 使者は、送った側の意図を運んでくる。


 言葉より、来た事実の方が重い。


 ――何を言うかより、なぜ今来たかを考える。

 紅葉月、二十七日。


 朝、見張り塔から報告が来た。


「王都の紋章を持つ馬車が、北の街道を来ています」


 ヒコはバルドに確認した。


「事前に連絡はありましたか」


「ありません」


 バルドが短く言った。


「ただし、王都の紋章なら、通さないわけにはいきません」


「ドガンさんとセリウスさんを呼んでください」


「承知しました」


──────────────────────────────────────


 使者が到着したのは、昼前だった。


 一人だった。


 王国の紋章入りの外套を着ていた。


 年は三十代半ば。表情は整っていた。


 愛想はなかった。


 ヒコが正門で迎えた。


「フォルテス領領主、ヒコ・フォルティスです」


「王国産業省よりの使者です」


 使者が書状を差し出した。


 ヒコが受け取った。


 封蝋を確認した。


 王国の正式な封印だった。


「内容を確認します。お待ちください」


──────────────────────────────────────


 別室でドガンとセリウスと共に書状を開いた。


 内容は短かった。


 フォルテス領における希少鉱物の産出について、王国産業省への報告義務が生じた。


 産出量・種別・保管状況を、次の月末までに書面で提出せよ。


 以上だった。


 ドガンが先に口を開いた。


「来た」


「予想より早かったですか」


「少し早い。ただし、想定の範囲だ」


 ドガンが書状を折った。


「書いてあることは読み通りだ。報告義務。書面提出。期限付き。全部、正式な手続きを踏んでいる」


「応じますか」


「応じる。ただし、量と種別の書き方に気をつけろ」


 セリウスが口を開いた。


「冒険者ギルドの認可についても、同じ使者が確認していきました。産業省と連動しています」


「連動の意図は」


「フォルテス領全体の把握だと思います。鉱物だけが目的ではない」


 ヒコは少し考えた。


「正直に報告します。ただし、量は絞ります。保管庫の記録を整理します」


 ドガンが頷いた。


「それでいい。嘘はつくな。正直に、ただし全部は見せるな」


──────────────────────────────────────


 昼、ガデルのところに行った。


「王都から使者が来ました。鉱物の産出報告を求められています」


 ガデルが短く言った。


「来た」


「想定していましたか」


「していた」


 ガデルが腕を組んだ。


「報告する量は、どうするつもりだ」


「保管庫の記録を整理して、少なめに見える数字を作ります。嘘はつきません。ただし、全部は出しません」


「蒼鋼は」


「一番気をつけます」


「それでいい」


 ガデルが少し間を置いた。


「深層の話は、一切出すな」


「出しません」


「掘っていないものは、存在しない。それだけだ」


 ガデルが頷いた。


「急かすな。こっちは粛々とやる」


──────────────────────────────────────


 午後、使者に返答した。


 ヒコが直接対応した。


「書面は期限までに送ります。保管庫の記録を整理した上で提出します」


「産業省は、現地確認も検討しています」


 使者が付け加えた。


「ご了承ください」


「いつ頃になりますか」


「未定です。ただし、事前にご連絡します」


「分かりました。いつでもお越しください」


 使者が頷いた。


 帰り際、使者は領地を見渡した。


 石壁を見た。


 ギルドを見た。


 工房の煙を見た。


 何も言わなかった。


 ただし、目だけが動いていた。


 馬車に乗る前、ふと振り返った。


「良い領地ですね」


 感情のない声だった。


「守り甲斐がありそうだ」


 それだけ言って、使者は去った。


 ヒコは、その背中を見ていた。


──────────────────────────────────────


 夕方、ドガンが来た。


「使者の反応はどうだった」


「帰り際に領地を見渡していました。目が動いていました」


「そうか」


 ドガンが少し考えた。


「あの使者は、報告書を渡しに来ただけじゃない」


「見に来た、ということですか」


「そうだ。産業省が直接動いたということは、情報だけじゃ足りなかったんだ」


 ドガンが続けた。


「次が来る。ただし、今回の対応で一手稼げた」


「どういう意味ですか」


「正直に対応したという記録が残る。強引に動けなくなる」


 ヒコは少し考えた。


「記録が、盾になりますか」


「なる。だから、こっちも記録を残せ」


 ドガンが短く言った。


「今日来た使者の名前、書状の内容、こちらの返答。全部、日付付きで残しておけ」


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 紅葉月二十七日。王国産業省より使者来訪。鉱物産出報告の書面提出を要求。期限:来月末。ドガン「正直に、ただし全部は出すな」。ガデル「深層の話は、一切出すな」。使者は帰り際に領地全体を確認していた。ドガン「見に来た。次が来る。今回の対応で一手稼げた」。対応記録を保管済み。


 ペンを置いた。


 正直に応じた。


 全部は出さなかった。


 それで良かったかどうかは、まだ分からなかった。


 ただし、嘘をつかずに済んだ。


 それは確かだった。


 問題は、次が何を持ってくるかだ。


 書状か。


 命令か。


 それとも――兵か。



 第195話 使者 了

【次回予告】長影月が来た。


──────────────────────────────────────


【領地収支・紅葉月末時点】


・所持金:金貨593枚(変動なし)

 ※鉱物産出報告書の作成対応中


【発展進捗・紅葉月末時点】


・防衛:102%(変動なし)

・食料:99%(燻製流通試験継続)

・水 :95%(外堀掘削継続)

・住居:85%(変動なし)

・インフラ:100%(変動なし)

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