第194話 紅葉月の夜
祝いの席は、静かな者ほど、よく見えている。
見ている者が、守っている者だ。
――それが分かる夜は、悪くない。
紅葉月、二十三日。
アーヴィンの誕生日だった。
バルドが朝のうちに全員に声をかけていた。
夕方、マルティナが食事の準備を始めた。
香草焼きの肉。濃いスープ。白パン。焼いた根菜に蜂蜜がけ。
焼き根菜の蜂蜜がけだけは、アーヴィンのために甘くしてあった。
アーヴィンは夕方まで訓練場にいた。
バルドに声をかけられたとき、少し表情が変わった。
「……今日か」
「そうです」
バルドが短く言った。
「忘れていたなら、それでも来てください」
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食事の席に、全員が揃った。
アーヴィンが来たとき、ルナが花冠を差し出した。
「はい」
アーヴィンが受け取った。
しばらく見た。
頭に乗せなかった。
手に持ったまま、席に着いた。
ルナが少し不満そうな顔をした。
「乗せないんですか」
「……考えている」
「何を考えているんですか」
「似合うかどうかだ」
ルナが即答した。
「似合います」
アーヴィンが少し間を置いた。
花冠を頭に乗せた。
似合っていなかった。
誰も何も言わなかった。
ミルヴァだけが、わずかに目を細めた。
笑ったのか、懐かしんだのかは分からなかった。
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食事の間、アーヴィンはあまり話さなかった。
ただし、いつもより少し、箸の進みが早かった。
マルティナが気づいていた。
何も言わなかった。
焼き根菜の蜂蜜がけだけが、いつより少し多く盛られていた。
アーヴィンは何も言わなかった。
そして、皿を空にした。
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食事が終わった後、騎士団の定期討伐は免除だった。
久しぶりに、何もしない夜だった。
ヒコはアーヴィンと石壁の近くに出た。
特に話す用事があったわけではなかった。
ただ、少しだけ外の空気を吸いたかった。
二人で、しばらく黙っていた。
「守れているか」
アーヴィンが言った。
「今のところは」
「今のところは、か」
「不穏な動きが、近づいています」
「知っている」
アーヴィンが空を見た。
「来るなら、早く来てほしいくらいだ」
「そうですか」
アーヴィンが少し黙った。
「待っている間が、一番消耗する」
ヒコは少し考えた。
「待っている間に、準備ができます」
「俺は逆だ」
アーヴィンが短く言った。
「備えながら待つのが、苦手だ」
「剣士らしいですね」
「そうかもしれない」
少し間があった。
「まだ本番ではない」
アーヴィンが言った。
「本番が来たとき、今夜のことは関係なくなる」
「それでいいですか」
「それでいい」
アーヴィンが花冠を外して、手に持った。
少し見た。
「ルナが選んだのか」
「そうだと思います」
「……手間をかけさせた」
それだけだった。
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【エピローグ】
石壁から戻った後、アーヴィンは自分の部屋で外套を脱いだ。
内側に、青白い石があった。
レインの遺留品だった。
手に取った。
冷たかった。
いつも冷たい。
誕生日だから、何かが変わるわけではなかった。
変わらないものがあるから、持ち続けている。
レインが死んだのは、紅葉月ではなかった。
だから今日は、関係ない日のはずだった。
それでも、毎年この日になると、思い出す。
なぜかは分からなかった。
たぶん、誕生日というものが、そういうものなのだと思う。
石をしまった。
外套を畳んだ。
花冠が机の上にあった。
捨てなかった。
明日、ルナに返すかどうかは、まだ決めていなかった。
静かな夜だった。
だからこそ、近づく足音は、まだ誰にも聞こえていなかった。
第194話 紅葉月の夜 了
【次回予告】王都から、使者が来た。
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【領地収支・紅葉月下旬時点】
・所持金:金貨593枚(変動なし)
【発展進捗・紅葉月下旬時点】
・防衛:102%(変動なし・騎士団訓練継続)
・食料:99%(燻製初回完成・流通試験中)
・水 :95%(外堀掘削継続)
・住居:85%(変動なし)
・インフラ:100%(変動なし)




