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 第192話 外堀、始まる

 堀は、掘った分だけ守りになる。


 石壁が立つより時間がかかる。


 ――だから、急がずに、深く掘る。

 紅葉月、三日。


 朝、ガッツが図面を持ってきた。


「外堀の第二段階、始める」


「資材の確認はできていますか」


「昨日までに終わった。ゾルドと話した」


 ガッツが図面を広げた。


 西側排水堀から続く外周ラインが、鉛筆で引かれていた。


「北東・南東の二方向を同時に掘る。繋がったところで水を入れる」


「工期はどのくらいですか」


「二ヶ月。早くない。ただし、確実にやる」


「お願いします」


 ガッツが図面を畳んだ。


「グリットを使っていいか」


「構いません」


「堀壁の固化に使う。石材が減る。工期が縮む」


「助かります」


 ガッツが外に出た。


 少ししてから、ゾルドが道具を持って続いた。


──────────────────────────────────────


 外堀の掘削が始まった。


 北東方向から入る班と、南東方向から入る班に分かれた。


 ゾルドが掘削の指揮を取った。


 グリットが堀壁を固めながら後ろを追った。


 ヒコは少し離れた場所から《可視化》を使った。


 掘られていく土の断面が、層ごとに色を変えた。


 表層は茶色い。


 少し下で、白色層が薄く広がっていた。


 さらに下は、岩盤に近い固い層だった。


「白色層がここにも来ていますね」


 隣にサヤが立っていた。


 気配がなかった。


「いつから」


「今朝から広がっています。外堀の掘削が刺激になったかもしれません」


「良いことですか」


「良いことです。水が入りやすくなります」


 サヤが掘削の様子を見た。


「ただし、深く掘りすぎると、白色層より下の構造に触れます」


「どのくらいが限界ですか」


「三間。それより深くなりそうなら、教えてください」


──────────────────────────────────────


 昼前、工房に寄った。


 ガデルが外に出てきたのは、偶然ではないような気がした。


「ちょうどよかった」


 ガデルが短く言った。


「できた」


「装備ですか」


「アーヴィンに伝えろ」


 ガデルが工房の扉を開けた。


 中に、二種類の装備が並んでいた。


 一つは薄い。


 板金ではなく、鱗のように細かく蒼鋼を重ねた造りだった。


 もう一つは厚い。


 肩と腕の部分に、丸みのある打撃受け面が設けられていた。


「軽量型と打撃耐性型」


「そうだ」


「蒼鋼六百匁、全部使いましたか」


「六百匁、使い切った」


 ガデルが装備の一つを手に取った。


「急いで作っていない。壊れない」


 それだけだった。


 ヒコはアーヴィンを呼んだ。


 アーヴィンが工房に来て、装備を見た。


 しばらく黙っていた。


 並んだ装備の数を確かめた。


 軽量型が八着。打撃耐性型が十二着。


「二十名分、全部できたか」


「そうだ」


 アーヴィンが手に取った。


 重さを確かめた。


 動きを確かめた。


「問題ない」


 短く言った。


「ガデル、ありがとう」


「礼はいい。使い込んでから、判断しろ」


 ガデルが工房に戻った。


──────────────────────────────────────


 午後、アーヴィンが訓練場に装備を持っていった。


 分隊長五名と、各分隊から選んだ者を呼んだ。


 ヒコは少し離れた場所から見ていた。


 アーヴィンが装備を並べた。


 何も説明しなかった。


 各自が手に取って、確かめた。


 カインが軽量型を着た。


 素早く動いた。


 止まった。


「動ける」


「シャドウリンクスに対応できるか」


「試してみます」


 次に、リクがもう一つの軽量型を手に取った。


 肩に通した。


 腕を回した。


 屈伸した。


 数歩、前後に動いた。


「軽い」


 短く言った。


「軽いだけじゃない。重心がぶれにくい」


 アーヴィンが見た。


「実戦ではどうだ」


「長時間動けます」


 リクが即答した。


「巡回、追跡、護衛。どれでも使える」


「万能型ですね」


「そうだ」


 リクが装備を外した。


「尖ってないですね。こういう装備が一番、怪我しにくいと思います」


 アーヴィンが小さく頷いた。


 最後に、ドランが打撃耐性型を着た。


 肩を回した。


「重くないな」


「モスハウンドの突進を受けても問題ないか」


「分かんねーけど、これならなんでも受けられそうっす」


 アーヴィンが全員を見た。


「装備は揃った。死なない使い方を覚えろ」


──────────────────────────────────────


 外堀着工から二日後。


 紅葉月五日の夕方、セリウスの誕生日の食事になった。


 マルティナが少し豪華な食事を作った。


 香草焼きの肉。濃いスープ。厚切りパン。


 バルドが全員に声をかけていた。


 セリウスが席に来たとき、少し表情が変わった。


「……準備していたのですか」


「バルドさんが」


 ヒコが言った。


「私は日付を教えただけです」


 バルドが短く言った。


 セリウスが席に着いた。


 静かに周りを見た。


「ありがとうございます」


 珍しく、すぐに言葉が出た。


 食事の間、セリウスはあまり話さなかった。


 ただし、いつもより少し、表情が柔らかかった。


 ルナが花冠を持ってきた。


「はい」


 セリウスが受け取った。


「……これは、頭に乗せるものですか」


「そうです」


「なるほど」


 セリウスが花冠を頭に乗せた。


 似合っていなかった。


 誰が見ても、似合っていなかった。


 それでも、誰も笑わなかった。


 ルナだけが、満足そうに頷いていた。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 紅葉月三日。外堀第二段階着工。北東・南東の二方向から同時掘削開始。工期二ヶ月予定。グリットが堀壁固化で補助。白色層が外堀方向に広がりを確認。サヤ「深さ三間が限界の目安」。


 紅葉月五日。ガデル、騎士団装備完成。軽量型(シャドウリンクス対応)八着・打撃耐性型(モスハウンド対応)十二着。蒼鋼六百匁全て使用。アーヴィン・カイン・リク・ドランにて確認済み。


 セリウス誕生日。マルティナの食事。バルドが段取り。ルナが花冠。セリウス「ありがとうございます」。


 ペンを置いた。


 外堀が動き始めた。


 装備が揃った。


 守りは、確実に厚くなっている。


 ただし――


 敵が、それを待ってくれる保証はない。


 その夜、《可視化》の端で、一瞬だけ赤い点が揺れた。


 気のせいかもしれなかった。



 第192話 外堀、始まる 了

【次回予告】ミルヴァから、不穏な報告が来た。


──────────────────────────────────────


【領地収支・紅葉月初旬時点】


・所持金:金貨593枚(変動なし・外堀着工費は来月計上予定)

 ※装備製作費:蒼鋼六百匁(工房在庫から充当・別途計上)


【発展進捗・紅葉月初旬時点】


・防衛:102%(騎士団装備更新・全員(二十名)分完成)

・食料:99%(燻製工房稼働中・初の燻製完成まで四日)

・水 :95%(外堀掘削開始・白色層が外堀方向に拡大)

・住居:85%(変動なし)

・インフラ:100%(変動なし)

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