第190話 完全要塞化
要塞は、完成を目指す過程で、守るだけでなく育てる器になる。
完成は終わりではない。
――始まりが、また一つ増えただけだ。
収穫月、末。
光曜星の朝、月次給与の支払い日だった。
バルドが台帳を持ってきた。
「今月分だ」
「確認します」
ヒコが台帳を受け取った。
月次固定支出。
固定給:
冒険者固定給 金貨三十枚
勲爵士給与 金貨十二枚
合計 金貨四十二枚
収入:
外部取引 金貨六十一枚
ギルド収益 金貨二十二枚
合計 金貨八十三枚
支出:
月次固定 金貨四十枚
燻製工房建設 金貨六枚
合計 金貨四十六枚
月間収支:プラス七十九枚。
台帳に署名した。
「バルドさん、支払いをお願いします」
「分かった」
バルドが台帳を受け取った。
少し間を置いた。
「西側石壁が、半分まで立った」
「見ましたか」
「見た」
バルドが短く言った。
「立派だった」
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午前、ゴルフが月間まとめを持ってきた。
「収穫月の月間収支、確定です」
「確認しました。王都ルートは順調ですか」
「順調です。来月から、定期取引の契約が入ります。規模が一段上がります」
「次の課題はありますか」
「輸送の安定化です。取引量が増えると、商隊の護衛が必要になります。セリウスさんのギルドと連携します」
「冒険者ギルドと商業ギルドが連動し始めましたね」
「そういうことです」
ゴルフが手帳を閉じた。
「フォルテス領は、仕組みが仕組みを呼ぶようになっています」
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昼、ヒコは一人で施設の前に立った。
《可視化》を使った。
長くは使わない。
ただし、今日は少し、丁寧に確認した。
農地は安定した緑だった。
石壁は固い灰色だった。
西側の石壁は、まだ半分しかなかった。
ただし、着実に立ち上がっていた。
蓄積帯は青と金と白が混ざっていた。
白色層は、さらに外側に広がっていた。
下水網は静かに動いていた。
クリアが浄化し、スラッジが管理し、グリットが固める。
ヴェノムが病を見張り、パルスが異常を探していた。
冒険者ギルドに人が来ていた。
商業ギルドに人が来ていた。
宿屋に灯りがついていた。
訓練場で新人が必死に動いていた。
工房から煙が出ていた。
農地で人が働いていた。
全部が、同時に動いていた。
以前は、一つ一つが別々に動いていた。
今は、全部が繋がっていた。
誰かの仕事が、誰かの守りになっていた。
《可視化》を閉じた。
「繋がっていますね」
誰もいなかった。
ただし、言わずにはいられなかった。
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夕方、サヤのところに行った。
「今日、《可視化》で領地全体を確認しました。色が、以前より複雑になっていました」
「そうです」
サヤが静かに言った。
「この領地は、次の段階に入っています」
「次の段階、というのは」
「以前は、一つ一つの仕組みが独立して動いていました。今は、仕組み同士が連動して動いています。それが、次の段階です」
「良いことですか」
「良いことです」
サヤが続けた。
「ただし、連動が強くなると、一つが壊れたときの影響が大きくなります」
「弱いところを、先に固める必要がありますか」
「そうです」
サヤが短く言った。
「この領地の弱いところは、まだあります。ヒコさんが分かっているはずです」
ヒコは少し考えた。
「西側石壁の完成。外堀。そして、外からの脅威」
「そうです」
「急ぎません。ただし、止めません」
「知っています」
サヤが静かに言った。
「それが、ヒコさんのやり方です」
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夜、バルドが来た。
珍しく、用件がない顔をしていた。
「どうかしましたか」
バルドが少し間を置いた。
「一つ、聞いていいか」
「はい」
「ここに来たとき、どんな領地にするつもりだったか」
ヒコは少し考えた。
「最初は、生き残ることが目的でした」
「今は」
「今は、育てることが目的です」
「育てる、か」
バルドが頷いた。
「それが、できているな」
少し間を置いた。
「ヒコ様」
ヒコは少し驚いた。
「バルドさん」
昔は、ここで冬を越せるかどうかだった。
今は、人が来る領地になった。
「立派な領地になりました」
バルドが短く言った。
「ヒコ様のおかげで」
ヒコは何も言わなかった。
何を言えば良いか、分からなかった。
「ありがとうございます」
それだけだった。
バルドが頷いて、出て行った。
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夜、記録をつけた。
収穫月末。月次給与支払い完了。月間収支プラス七十九枚。所持金金貨五百十三枚。
西側石壁:半分まで完成。来月末完成予定。
ゴルフ:王都ルート定期取引契約入り。輸送安定化が次の課題。冒険者・商業ギルドの連動始動。
サヤ:「この領地は、次の段階に入っています」。仕組みが連動して動いている。
バルド:「立派な領地になりました、ヒコ様」。完全敬語化。
ペンを置いた。
白雪月に始まった。
花灯月に種を蒔いた。
若樹月に芽が出た。
陽炎月に花が咲いた。
青天月に実になった。
雷鳴月に収穫した。
収穫月に、形になった。
それが、この領地でやったことだった。
ただし、次がある。
外堀が完成していない。
石壁が完成していない。
外からの脅威が、近づいている。
だから、続ける。
止まらない。
それだけだ。
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エピローグ
マユミは収穫月末の夜、外に出た。
石壁の上に立った。
東側の石壁だった。
ここに立つのは、久しぶりだった。
遠くを見た。
領地の灯りが見えた。
宿屋の灯り。
ギルドの灯り。
工房の火。
訓練場の篝火。
施設の光。
全部が、一つの場所に集まっていた。
マユミはランデルを思い出した。
外から見たフォルテス領を、思い出した。
あのとき、石壁が遠くから見えた。
でかかった。
今は、もっとでかい。
灯りも多い。
人も多い。
それなのに、前より落ち着いていた。
大きくなると、落ち着く。
根を張った場所は、揺れにくい。
マユミはそれを知っていた。
ヒコが作ったものが、また変わった。
次も変わる。
次の次も変わる。
それを、マユミは隣で見続ける。
守り続ける。
石壁の上から、領地を見た。
灯りが、また一つ増えていた。
誰かが、また来たのかもしれなかった。
第8章 完全要塞化 了
第190話 完全要塞化 了
【領地収支・収穫月末時点(第8章完了時)】
・所持金:金貨513枚(+79)
収 入:冒険者固定給 金貨 30枚
勲爵士給与 金貨 12枚
外部取引 金貨 61枚
ギルド収益 金貨 22枚
合計 約 125枚
支 出:月次固定 金貨 40枚
燻製工房建設 金貨 6枚
合計 約 46枚
【発展進捗・第8章完了時点】
・防衛:100%(西側石壁半分完成・見張り塔・鐘システム・近衛発足)
・食料:98%(燻製工房着工・畜産試験継続・果樹栽培継続)
・水 :94%(白色層安定・外堀水脈接続済み)
・住居:82%(宿屋稼働・人口増加継続)
・インフラ:100%(両ギルド軌道・監視網完成・領民制度確定)




