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 第187話 ヴェノム

 毒を制するものが、疫病を制する。


 疫病を制するものが、人を守る。


 ――それが、領地の見えない守りになる。

 雷鳴月、末。


 ミルヴァが来た。


 珍しく、布に包んだ何かを抱えていた。


「何ですか」


「見てくれ」


 布を開いた。


 緑がかった半透明の塊だった。


 ただし、動いていた。


 ゆっくりと、しかし確かに。


「スライムですか」


「そうだ」


 ミルヴァが短く言った。


「朝、下水網の近くにいた。近づいても逃げなかった。こちらを見ていた」


──────────────────────────────────────


 ヒコは《可視化》を使った。


 短く、絞って。


 色が見えた。


 緑だった。


 ただし、ただの緑ではなかった。


 複数の色が層になっていた。


 外側は薄い緑。


 内側は濃い緑と、わずかに紫が混ざっていた。


 毒の色だった。


 ただし、毒そのものではなかった。


 毒を理解している色だった。


 毒を制御できる色だった。


「意志がありますか」


「ある」


 ミルヴァが答えた。


「さっきから、私の周りをうろうろしている。他の人間には近づかない」


──────────────────────────────────────


 コリンを呼んだ。


 ミルヴァの抱えている塊を見た。


「……毒性スライムですか」


「そう見えますか」


「そう見えます。ただし、毒を出していない。毒を持っているが、制御している」


「防疫に使えますか」


 コリンが少し間を置いた。


「使えます。ただし、こちらがどう使うかより、あの個体が何をしたいかの方が重要だと思います」


 ミルヴァが塊を見た。


「何がしたい」


 塊が動いた。


 下水の方向に向いた。


 ミルヴァの方を向いた。


 また下水の方向に向いた。


「下水に戻りたいのか」


 塊が左右に揺れた。


「違うのか」


 塊が別の方向に向いた。


 医務室の建設中の場所だった。


「あそこに行きたいのか」


 塊がまた動いた。


 今度は、止まった。


「……行きたいんだな」


──────────────────────────────────────


「名前をつけてもいいですか」


 ミルヴァがヒコに聞いた。


「ミルヴァさんがつけてください」


「ヴェノム」


 迷いはなかった。


「毒、という意味で」


「良いですね」


 ヴェノムが動いた。


 ミルヴァの手の上で、少し丸くなった。


 それが返事だった。


 ミルヴァが少し間を置いた。


「使える」


 それだけだった。


──────────────────────────────────────


 ヴェノムを医務室の建設予定地に連れていった。


 コリンが結界の設計を確認しながら、ヴェノムを見ていた。


「この個体が医務室にいると、感染症の検知が早くなります」


「どういう仕組みですか」


「毒や病原を感知できる個体です。異常な病気の匂いや成分に反応する。患者が入ってきたとき、ヴェノムが反応すれば、早期に隔離できます」


「医務室との連動が確立しますね」


「はい。これで、かなり対応が変わります」


 コリンが続けた。


「人が増えた今、外から来る病が一番怖い。剣や魔物より、見えない病の方が、広がったときに止めにくい」


「ヴェノムが、その見えないものを見える化してくれるということですか」


「そういうことです」


──────────────────────────────────────


 夕方、外部から来た冒険者が二名、ギルドの前で話していた。


 登録したばかりの者たちだった。


 ヒコは少し離れた場所で聞いていた。


「辺境領地って聞いてたけどな」


「俺も。もっと粗末な場所だと思ってた」


「石壁、でかいな」


「三方に壁があるぞ。西側も着工してる」


「ギルドが二つある。冒険者と商業、両方だ」


「夜警もいる。見張り塔もある」


「飯が美味い。宿の食事が、王都の安宿より上だった」


「医務室まで作ってるらしい」


「本当か」


「本当だ。さっき見た。結界付きの」


 二人が少し黙った。


「王都近郊の砦より整ってるぞ……」


「ここ、本当に新興領地か?」


「場所だけだろ」


 二人が笑った。


 ヒコは何も言わなかった。


 聞こえていなかったふりをした。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 雷鳴月末。ミルヴァが防疫スライムを発見。ヴェノム命名。ミルヴァにのみ従う性質が確認された。


 能力:毒・病原の感知。毒性制御。


 コリン確認:毒を持っているが制御している。感染症の早期検知に使える。


 医務室との連動確立:ヴェノムが医務室に配置。外来者の病原検知体制が整った。


 外来冒険者の声:「王都近郊の砦より整ってるぞ」「辺境って、どこが辺境なんだ」。


 ミルヴァの言葉:「使える」。


 ペンを置いた。


 クリアが浄化する。


 スラッジが管理する。


 グリットが固める。


 ヴェノムが防ぐ。


 スライムたちが、領地の仕組みの一部になっていた。


 見えない守りが、また一つ増えた。


 要塞は、壁だけでできているわけではなかった。



 第187話 ヴェノム 了

【次回予告】

 鐘より先に、異常を知らせる者が現れた。


──────────────────────────────────────


【領地収支・雷鳴月末時点】


・所持金:金貨361枚(変動なし)

 収入見込み:雷鳴月外部取引精算(今月末)


【発展進捗・第187話時点】


・防衛:100%(ヴェノム個体化・医務室との連動・防疫体制確立)

・食料:98%(継続)

・水 :94%(継続)

・住居:80%(継続)

・インフラ:100%(継続)


 今日の進捗:ヴェノム個体化(防疫スライム・ミルヴァにのみ従う)。医務室との連動確立(感染症早期検知体制)。外来冒険者「王都近郊の砦より整ってるぞ」の声を確認。

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