第176話 外堀の始まり
堀は、壁より先に掘る。
掘れば、地面の下が見える。
――見えなかったものは、時々、見えないままの方がいい。
青天月、初旬。
西側排水堀の着工が始まった。
ガッツが指揮を取った。
ゾルドが掘削を担当した。
朝から、西側に人が集まった。
ヒコも現場に出た。
「地盤の確認をさせてください」
《可視化》を使った。
絞って、短く。
地盤の色が見えた。
安定していた。
ガッツの見立て通りだった。
掘れる。
次に、地下の流れを確認した。
浅層の水脈が、複数走っていた。
西から東へ。南から北へ。
排水堀の方向と、概ね一致していた。
「ガッツさん、地下に水脈があります。排水堀と同じ方向に流れています」
「好都合だ」
ガッツが短く言った。
「水脈と合わせれば、堀に水が入りやすくなる。掘る方向を少し修正する」
「お願いします」
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掘削が進んだ。
ゾルドが先頭に立って掘った。
建設班の村人が続いた。
深さ一間ほどで、ゾルドが手を止めた。
「少し、待ってくれ」
ゾルドが地面を見た。
手で触れた。
「ガッツさん」
ガッツが来た。
「何だ」
「この層、変だ」
ゾルドが掘り出した土を見せた。
「色が違う。土の下に、何か固いものがある」
ガッツが確認した。
「石か」
「石じゃない。形が均一すぎる」
ヒコが近づいた。
「見てもいいですか」
掘り出した土の中に、灰色の板状のものがあった。
石材だった。
ただし、自然石ではなかった。
加工された形をしていた。
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ヒコは《可視化》を使った。
地下に向けて、深く絞った。
色が見えた。
浅層の水脈。蓄積帯の青。白色の層。
そして。
その下に、違う色があった。
直線だった。
地下を走る、直線の流れだった。
自然地形ではなかった。
一定の間隔で、直線が並んでいた。
ヒコは《可視化》をさらに深くに向けた。
その瞬間、色が乱れた。
ノイズが走った。
見えていた地下の流れが、途中で途切れた。
切り取られたように、そこだけ見えなかった。
深部だけが、空白だった。
「……見えない」
ヒコは思わず呟いた。
初めてだった。
《可視化》が、届かなかった。
《可視化》を閉じた。
少し間を置いた。
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ガッツに報告した。
「地下に、人工的な構造物があります」
「人工物か」
「直線が並んでいます。自然地形ではありません」
ガッツが少し考えた。
「昔の坑道か」
「規模が分かりません。ただし、坑道より大きい可能性があります」
ゾルドが口を開いた。
「石の声が、変わっている」
「どう変わっていますか」
「深いところから、何かが返ってくる。空洞ではない。ただし、土でもない」
ヒコはサヤに確認しようと思った。
夜に聞く。
「今日は、この深さで止めてください。構造物を壊さないように」
「分かった」
ガッツが頷いた。
「掘る方向を外側にずらす。構造物の上は避ける」
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夕方、サヤに報告した。
「西側の掘削中に、地下に人工的な直線構造を確認しました。《可視化》が深部で乱れました」
サヤが少し間を置いた。
「……古いです」
「古い、というのは」
「時間が、深いです」
サヤが静かに言った。
「今の王国より、前かもしれません」
「何のために作られたんですか」
サヤが少し間を置いた。
「今は、まだ分かりません」
「危険ですか」
「危険ではありません。ただし、触らない方がいい」
「分かりました」
ヒコは少し考えた。
「《可視化》が届かなかったのは、初めてでした」
「そうですね」
サヤが短く言った。
「あの深さには、まだ入れません」
それ以上は、言わなかった。
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夜、工房の近くを通ると、マルティナが何かを混ぜていた。
「何を作っていますか」
「チーズの試作だ」
マルティナが短く言った。
「乳牛が来る前に、作り方を調べておく。今は市場で買った乳を使っている」
「うまくいきそうですか」
「まだ分からない。三回試して、三回失敗した」
マルティナが続けた。
「ただし、方向は見えてきた」
ガデルが工房の入口から顔を出した。
「何の匂いだ」
「チーズの試作」
「……悪くない」
ガデルが少し間を置いて言った。
「発酵の匂いは、鍛冶の感覚と似ている。時間をかけると、変わる」
マルティナが少し驚いた顔をした。
「ガデルが料理の話をするとは思わなかった」
「料理の話はしていない。時間の話をしている」
ガデルが工房に戻った。
マルティナが小さく笑った。
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夜、記録をつけた。
青天月初旬。西側排水堀着工。ガッツ指揮・ゾルド掘削。金貨十枚を着工費として計上。
《可視化》確認:地盤安定。浅層水脈を確認・排水堀と方向一致。地下に人工的な直線構造を発見。深部で《可視化》が初めて乱れた・空白が生まれた。
サヤ所見:「かなり古い。今の王国より前かもしれない」。危険ではないが触らない方がいい。深さにはまだ入れない。
ゾルド「石の声が変わっている。深いところから何かが返ってくる」。
掘削方針変更:構造物の上を避けて外側に。
マルティナのチーズ試作開始。三回失敗・方向は見えてきた。ガデル「悪くない。時間をかけると、変わる」。
ペンを置いた。
外堀を掘ろうとしたら、下に何かがあった。
地面の下に、知らない時代がある。
《可視化》が届かなかった。
初めてだった。
ただし、ヒコは焦っていなかった。
見えないものは、今はまだ見えなくていい。
順番を間違えなければ、いつか見える。
見えるものを、先にやる。
それだけだった。
第176話 外堀の始まり 了
【次回予告】
王都方面からの動きが、形になってきた。
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【領地収支・青天月初旬時点】
・所持金:金貨304枚(-10)
支出:西側排水堀着工費 金貨10枚
支出見込み:排水堀継続 金貨数枚(進捗次第)
工房拡張 完成間近
畜産試験導入 金貨3枚前後(来月以降)
【発展進捗・第176話時点】
・防衛:100%(西側排水堀着工・地下遺構発見)
・食料:98%(チーズ試作開始)
・水 :90%(西側地下水脈との連動確認)
・住居:75%(継続)
・インフラ:99%(継続)
今日の進捗:西側排水堀着工(金貨十枚)。掘削中に地下の人工的直線構造を発見。《可視化》が深部で初めて乱れた(空白体験)。サヤ「今の王国より前かもしれない」。掘削方針を構造物の上を避ける形に変更。マルティナがチーズ試作開始。ガデル「悪くない。時間をかけると、変わる」。




