表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
313/347

 第170話 グリット

 名前を与えることが、存在を確かにする。


 名前のないものは、景色に埋もれる。


 ――名前がついた瞬間から、役割が生まれる。

 陽炎月、初旬。


 ガデルから呼ばれた。


 珍しかった。


 工房に行くと、ガデルが入口の近くに立っていた。


 足元を見ていた。


「来い」


 ヒコが近づいた。


 工房の壁際に、灰色の塊があった。


 最初は、廃材か石の欠片だと思った。


 だが、動いた。


 ゆっくりと、しかし確かに動いていた。


「スライムですか」


「固化型だ。工房の周辺に出る個体がある。ただし、こいつは違う」


 ガデルが少し間を置いた。


「昨日から、この場所を離れない」


──────────────────────────────────────


 ヒコは《可視化》を使った。


 短く、絞って使った。


 色が見えた。


 灰色だった。


 ただし、ただの灰色ではなかった。


 岩の層が重なるような色だった。


 密度が高かった。


 安定していた。


 揺れていなかった。


 クリアを初めて見たときと、似ていた。


 ただし、クリアは透明で軽かった。


 こちらは、重く、固かった。


「意志がありますか」


「ある」


 ガデルが短く言った。


「昨晩、廃材を押した。意図的に動かそうとしていた」


「廃材を、ですか」


「工房の壁際に積んでいた端材だ。邪魔だったのか、それとも何か別の目的があったのか。分からない」


 ヒコはもう一度、《可視化》で確認した。


 塊の中心に、ほんのわずかだが、意志のような色があった。


 クリアと同じだった。


 ただし、クリアより、落ち着いていた。


 焦っていなかった。


──────────────────────────────────────


 ガデルが塊の前にしゃがんだ。


 少し間を置いた。


「何ができる」


 塊が動いた。


 ゆっくりと、壁際の端材に近づいた。


 端材に触れた。


 数秒後、端材の表面が変わった。


 ぱき、と乾いた音がした


 固くなっていた。


 ヒコが触れた。


 硬度が上がっていた。


 明らかに、触れる前と違った。


「固めているんですか」


「そうだ」


 ガデルが端材を見た。


「これは、使える」


 短い言葉だった。


 ただし、ガデルが「使える」と言うときは、本当に使えるときだった。


──────────────────────────────────────


 ヒコは塊に向かって言った。


「名前を、つけてもいいですか」


 塊が少し動いた。


 拒否ではなかった。


「グリット、はどうですか」


 塊がもう一度動いた。


 工房の床を、少しだけ固めた。


 それが返事だった。


 ガデルが見ていた。


「グリットか」


「固める、という意味で」


「悪くない」


 ガデルが立ち上がった。


「礼はいい。仕事をしろ」


 グリットが動いた。


 工房の壁際に戻った。


 端材に触れた。


 また、固め始めた。


──────────────────────────────────────


 夕方、ヒコはサヤに報告した。


「工房近くで、新しい個体が出ました。グリットと名付けました」


 サヤが少し間を置いた。


「知っています」


「知っていましたか」


「あの個体は、ずっとそこにいました。ただし、今まで動かなかった」


「何が変わったんですか」


「工房が変わりました」


 サヤが静かに言った。


「炉が増えた。素材が増えた。作るものが増えた。あの個体は、その変化を見ていた」


「見ていた、ということは」


「選んでいた、ということです。ここで役に立てるかどうか」


 ヒコは少し考えた。


「グリットが、自分で決めたということですか」


「そうです」


 サヤが短く言った。


「この領地のスライムは、呼ばれて来るのではなく、自分で来ます」


──────────────────────────────────────


 夜、アーヴィンに伝えた。


「工房近くで、新しいネームドスライムが出ました。グリットといいます。固化能力があります」


「固化、か」


「石壁の補強や、建築廃材の資材化に使えます。ガデルさんが『使える』と言っていました」


「城壁に使えるか」


「使えると思います。ただし、まだ試していません」


 アーヴィンが少し間を置いた。


「クリアとスラッジに続いて三体目か」


「はい」


「この領地は、スライムに好かれているな」


 アーヴィンが短く言った。


 冗談なのか、本気なのか、分からなかった。


 ヒコは、否定しなかった。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 陽炎月初旬。工房近辺の固化スライムが個体化。グリット命名。


 能力:固化(端材・石材・土壌の硬度を上げる)。


 ガデル評:「使える」。


 《可視化》確認:岩質の重なりのような色・密度が高い・安定・揺れがない。


 サヤ所見:工房の変化を見て、自分で来ることを決めた。呼ばれて来るのではなく、自分で来る。


 活用想定:城壁補強・建築廃材の資材化・土壌改良。ガッツとの連携要検討。


 ペンを置いた。


 グリットが来た。


 クリアが浄化する。スラッジが管理する。グリットが固める。


 領地の仕組みが、また一つ厚くなった。


 スライムたちは、ヒコが呼んだわけではなかった。


 ただ、集まっていた。


 ここはもう、魔物が住み着く場所ではなく、選んで集まる場所になっていた。



 第170話 グリット 了

【次回予告】

 新人の最初の実戦が、近づいていた。


──────────────────────────────────────


【領地収支・陽炎月初旬時点】


・所持金:金貨247枚(変動なし)

 支出見込み:西側排水堀 金貨10枚前後(着工中)

       工房拡張  金貨10枚前後(着工中)


【発展進捗・第170話時点】


・防衛:100%(グリットによる城壁補強検討開始)

・食料:98%(継続)

・水 :90%(継続)

・住居:75%(継続)

・インフラ:99%(グリット個体化・固化能力による資材化始動)


 今日の進捗:陽炎月初旬。工房近辺の固化スライムが個体化。グリット命名(固める=固化能力)。ガデル「使える」。《可視化》で岩質・高密度・安定色を確認。サヤ「工房の変化を見て、自分で来ることを決めた」。城壁補強・廃材資材化・土壌改良への活用検討開始。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ