第170話 グリット
名前を与えることが、存在を確かにする。
名前のないものは、景色に埋もれる。
――名前がついた瞬間から、役割が生まれる。
陽炎月、初旬。
ガデルから呼ばれた。
珍しかった。
工房に行くと、ガデルが入口の近くに立っていた。
足元を見ていた。
「来い」
ヒコが近づいた。
工房の壁際に、灰色の塊があった。
最初は、廃材か石の欠片だと思った。
だが、動いた。
ゆっくりと、しかし確かに動いていた。
「スライムですか」
「固化型だ。工房の周辺に出る個体がある。ただし、こいつは違う」
ガデルが少し間を置いた。
「昨日から、この場所を離れない」
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ヒコは《可視化》を使った。
短く、絞って使った。
色が見えた。
灰色だった。
ただし、ただの灰色ではなかった。
岩の層が重なるような色だった。
密度が高かった。
安定していた。
揺れていなかった。
クリアを初めて見たときと、似ていた。
ただし、クリアは透明で軽かった。
こちらは、重く、固かった。
「意志がありますか」
「ある」
ガデルが短く言った。
「昨晩、廃材を押した。意図的に動かそうとしていた」
「廃材を、ですか」
「工房の壁際に積んでいた端材だ。邪魔だったのか、それとも何か別の目的があったのか。分からない」
ヒコはもう一度、《可視化》で確認した。
塊の中心に、ほんのわずかだが、意志のような色があった。
クリアと同じだった。
ただし、クリアより、落ち着いていた。
焦っていなかった。
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ガデルが塊の前にしゃがんだ。
少し間を置いた。
「何ができる」
塊が動いた。
ゆっくりと、壁際の端材に近づいた。
端材に触れた。
数秒後、端材の表面が変わった。
ぱき、と乾いた音がした
固くなっていた。
ヒコが触れた。
硬度が上がっていた。
明らかに、触れる前と違った。
「固めているんですか」
「そうだ」
ガデルが端材を見た。
「これは、使える」
短い言葉だった。
ただし、ガデルが「使える」と言うときは、本当に使えるときだった。
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ヒコは塊に向かって言った。
「名前を、つけてもいいですか」
塊が少し動いた。
拒否ではなかった。
「グリット、はどうですか」
塊がもう一度動いた。
工房の床を、少しだけ固めた。
それが返事だった。
ガデルが見ていた。
「グリットか」
「固める、という意味で」
「悪くない」
ガデルが立ち上がった。
「礼はいい。仕事をしろ」
グリットが動いた。
工房の壁際に戻った。
端材に触れた。
また、固め始めた。
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夕方、ヒコはサヤに報告した。
「工房近くで、新しい個体が出ました。グリットと名付けました」
サヤが少し間を置いた。
「知っています」
「知っていましたか」
「あの個体は、ずっとそこにいました。ただし、今まで動かなかった」
「何が変わったんですか」
「工房が変わりました」
サヤが静かに言った。
「炉が増えた。素材が増えた。作るものが増えた。あの個体は、その変化を見ていた」
「見ていた、ということは」
「選んでいた、ということです。ここで役に立てるかどうか」
ヒコは少し考えた。
「グリットが、自分で決めたということですか」
「そうです」
サヤが短く言った。
「この領地のスライムは、呼ばれて来るのではなく、自分で来ます」
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夜、アーヴィンに伝えた。
「工房近くで、新しいネームドスライムが出ました。グリットといいます。固化能力があります」
「固化、か」
「石壁の補強や、建築廃材の資材化に使えます。ガデルさんが『使える』と言っていました」
「城壁に使えるか」
「使えると思います。ただし、まだ試していません」
アーヴィンが少し間を置いた。
「クリアとスラッジに続いて三体目か」
「はい」
「この領地は、スライムに好かれているな」
アーヴィンが短く言った。
冗談なのか、本気なのか、分からなかった。
ヒコは、否定しなかった。
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夜、記録をつけた。
陽炎月初旬。工房近辺の固化スライムが個体化。グリット命名。
能力:固化(端材・石材・土壌の硬度を上げる)。
ガデル評:「使える」。
《可視化》確認:岩質の重なりのような色・密度が高い・安定・揺れがない。
サヤ所見:工房の変化を見て、自分で来ることを決めた。呼ばれて来るのではなく、自分で来る。
活用想定:城壁補強・建築廃材の資材化・土壌改良。ガッツとの連携要検討。
ペンを置いた。
グリットが来た。
クリアが浄化する。スラッジが管理する。グリットが固める。
領地の仕組みが、また一つ厚くなった。
スライムたちは、ヒコが呼んだわけではなかった。
ただ、集まっていた。
ここはもう、魔物が住み着く場所ではなく、選んで集まる場所になっていた。
第170話 グリット 了
【次回予告】
新人の最初の実戦が、近づいていた。
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【領地収支・陽炎月初旬時点】
・所持金:金貨247枚(変動なし)
支出見込み:西側排水堀 金貨10枚前後(着工中)
工房拡張 金貨10枚前後(着工中)
【発展進捗・第170話時点】
・防衛:100%(グリットによる城壁補強検討開始)
・食料:98%(継続)
・水 :90%(継続)
・住居:75%(継続)
・インフラ:99%(グリット個体化・固化能力による資材化始動)
今日の進捗:陽炎月初旬。工房近辺の固化スライムが個体化。グリット命名(固める=固化能力)。ガデル「使える」。《可視化》で岩質・高密度・安定色を確認。サヤ「工房の変化を見て、自分で来ることを決めた」。城壁補強・廃材資材化・土壌改良への活用検討開始。




