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 第166話 西側の課題

 守りの穴は、一番手薄な場所にある。


 手薄な場所は、たいてい後回しにされてきた場所だ。


 ――後回しにしていい理由は、ない。

 若樹月、一日。


 光曜星の朝、月次給与の支払い日だった。


 バルドが台帳を持ってきた。


「今月分です。新人二十名分を追加している」


「確認します」


 ヒコが台帳を受け取った。


 今月から騎士団給与が増えた。


 新人二十名分の追加。


 銀貨四枚×二十名分が上乗せされた。


「月次固定支出が増えましたね」


「ああ。今月から金貨四十枚相当になる」


 ヒコが台帳に署名した。


「バルドさん、支払いをお願いします」


「分かった」


 バルドが台帳を受け取った。


「西側の整備が始まるのか」


「今日、ガッツさんと話します」


「村人が気にしている」


 バルドが短く言った。


「西側だけ、手薄だと」


「その通りです」


──────────────────────────────────────


 午前、ガッツが来た。


 自分から来たのは、珍しかった。


「西側の話をしたい」


「ちょうど聞こうと思っていました」


 二人で西側に歩いた。


 東側と北側には石壁があった。


 西側には、初期の土塁しかなかった。


 高さは膝から腰ほどだった。


 これでは、守りにならない。


「現状はどう見ますか」


「穴だ」


 ガッツが短く言った。


「東と北が固まったから、余計に目立つ。ここから入れる」


「何から始めますか」


「まず排水堀だ。石壁より先に堀を掘る」


「石壁より先に、ですか」


「堀があれば、相手は近づけない。石壁は後から立てればいい。ただし、堀があれば時間が稼げる」


 ガッツが地面を見た。


「この辺りの地盤は悪くない。掘れる。ただし、排水の向きを考えないと、雨季に氾濫する」


「排水の向きを決めるのに、少し調べますか」


「ゾルドに掘らせて、感触を確認する。一週間あれば分かる」


「費用の見込みは」


「排水堀だけなら金貨十枚前後。将来的に石壁まで組むなら、その倍は見てほしい。今月は堀に絞る」


「来月着工で動けますか」


「問題ない」


──────────────────────────────────────


 午後、ヒコは一人で西側に立った。


 《可視化》を使った。


 短く、絞って使った。


 地盤の色が見えた。


 安定していた。


 東側・北側の石壁と同じ地盤だった。


 掘れる。


 ガッツの見立て通りだった。


 次に、地下の流れを確認した。


 地下水の筋が、複数走っていた。


 蓄積帯からの流れとは別の、浅い水脈だった。


 排水堀の方向次第で、この水脈を活かせるかもしれなかった。


 ヒコは少し考えた。


 東側、北側、西側。


 三方を固めた先に、外堀を作る。


 そこへ水を引く。


 頭の中に、星形の輪郭が浮かんだ。


 五つの角。


 死角のない防衛線。


 ――防壁だけでは足りない。


 堀と、水が要る。


 《可視化》を閉じた。


 まだ先の話だった。


 ただし、方向性は見えた。


──────────────────────────────────────


 夕方、工房裏の乾燥場にマルティナがいた。


 珍しい場所にいた。


「何かありましたか」


「生ハムが上がった」


 マルティナが短く言った。


「仕上がった、ということですか」


「そう。試しに切ってみた。悪くない」


 工房の裏の乾燥場に、吊るされた肉があった。


 仕込んでから、二ヶ月が経っていた。


「ゴルフさんに渡せますか」


「試しに流してみていい。ただし、値段は下げちゃいけないよ」


「マルティナさんが値段を決めるんですか」


「いいものは、安くしないものさ」


 マルティナが短く言った。


「安くすると、それなりのものだと思われる」


 ゴルフを呼んだ。


 ゴルフが生ハムを見た。


 少し切って、食べた。


 間があった。


「……これは」


「悪くないだろ」


「悪くないどころじゃないです」


 ゴルフが静かに言った。


「フォルテス領産の保存食として、試験的に流せます。値段は高めで出します」


「いくらで出しますか」


「銀貨六枚から始めます。反応を見て上げます」


 マルティナが頷いた。


「それでいい」


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 若樹月一日。月次給与支払い完了。新人二十名分追加。騎士団給与が月次銀貨八十枚に増加。


 ガッツとの協議:西側排水堀着工を来月に確定。金貨十枚前後。地盤確認はゾルドが一週間で行う。


 《可視化》:西側地盤安定を確認。地下浅層に複数の水脈あり。外堀構想と連動できる可能性。星形要塞の輪郭を初めて意識。


 マルティナのボア生ハム完成。ゴルフが試験流通を確認。銀貨六枚スタートで市場投入予定。フォルテス領産保存食ブランドの始動。


 ペンを置いた。


 西側には、まだ石壁がない。


 吹き抜ける風だけが、防衛線の途切れを教えていた。


 来月、ここに堀を掘る。


 フォルテスは、また一段、形を変えようとしていた。



 第166話 西側の課題 了

【次回予告】

 倉庫が完成した。村人が自分たちで動いていた。


──────────────────────────────────────


【領地収支・若樹月一日時点】


・所持金:金貨247枚(-40)

 支 出:月次固定(新人追加分込み) 金貨33枚相当+騎士団追加分=金貨40枚相当


 収入見込み:外部取引(ゴルフ月末精算)

 支出見込み:西側排水堀 金貨10枚前後(来月着工)

       工房拡張  金貨10枚前後(今月半ば着工)

       訓練場拡張 銀貨30枚(完成間近)


【発展進捗・第166話時点】


・防衛:100%(西側排水堀来月着工確定・外堀構想を初めて意識)

・食料:98%(継続)

・水 :90%(継続・西側地下水脈の活用可能性を確認)

・住居:72%(継続)

・インフラ:98%(保存食ブランド始動・工房拡張今月半ば着工)


 今日の進捗:若樹月一日・月次給与支払い(新人二十名分追加)。ガッツと西側排水堀の方針確定(来月着工・金貨十枚前後)。《可視化》で西側地盤と地下水脈を確認・星形要塞の外堀構想を初めて意識。マルティナのボア生ハム完成・ゴルフが試験流通開始(銀貨六枚スタート)。

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