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第8章 完全要塞化  第162話 花灯月

 季節が変わると、問題の顔も変わる。


 同じ場所にいるのに、見えるものが違う。


 ――それが、領地を持つということだった。

 花灯月、一日。


 朝から光曜星だった。


 月次給与の支払い日だった。


 バルドが支払い台帳を持ってきた。


「今月分だ」


「確認します」


 ヒコが台帳を受け取った。


 月次固定支出。


 ガッツ月給:金貨三枚。

 弟子月給:金貨一枚×二名。

 ゾルド月給:銀貨五枚。

 村人月給:銀貨三枚×該当者分。

 役職者手当:金貨五枚。

 専門職手当:銀貨四十枚。

 騎士団給与:銀貨四十枚。

 マルティナ月給:金貨一枚。

 ガデル月給:金貨三枚。


「花灯月だ。建設が増える季節になる」


 ガッツが前に言っていた。


「そうなりそうです」


 ヒコが台帳に署名した。


「バルドさん、支払いをお願いします」


「わかった」


──────────────────────────────────────


 午前、ゴルフが来た。


「王都ルートの件、動き始めます」


「具体的には」


「まず、ランデルで王都に顔のある商人を探します。直接ではなく、商会を通します」


「時間はかかりますか」


「一ヶ月から二ヶ月は見てください。急ぎません。ただし、準備を止めません」


 ゴルフが手帳を開いた。


「ヴォルト商会の件も、そろそろ再交渉の時期が近づいています。王都ルートと並行して動きます」


「同時に動けますか」


「動けます。両方とも、今すぐ結果が出る話ではないので」


 ゴルフが静かに言った。


「情報が命です。急いで失敗するより、見えてから動きます」


「分かりました。任せます」


「ただし、途中経過は必ず報告します」


「それで十分です」


 ゴルフは、見えないまま動く人間ではない。


 だから任せられる。


──────────────────────────────────────


 昼前、アーヴィンが来た。


 珍しく、正式な話があるという顔をしていた。


「騎士団の件で、提案がある」


「聞かせてください」


「増員だ」


 アーヴィンが短く言った。


「今の五名では、回せない状況が増えてきた。定期討伐、領地内警備、輸送路警戒、全部を同時にこなすのは限界に近い」


「護衛の問題は、芽吹月から続いていましたね」


「あの時は役割分担で対応した。ただし、それも限界だ」


「何名必要ですか」


「二十名を加えたい。合計二十五名体制にする」


 ヒコは少し考えた。


 二十五名。


 給与・住居・装備・訓練。コストは増える。


 アーヴィンは、感情で人数を欲しがる男ではない。


 「必要だ」と言うときは、本当に必要なときだった。


「分かりました。進めてください。新人の出自はどう考えていますか」


「新規移住者と、外部から冒険者を募る。混成にする」


「冒険者ギルドがないと、募集が難しくないですか」


「セリウスさんが来るまでは、ゴルフさんのルートで集める」


 ゴルフが横から頷いた。


「声をかけられる人間に心当たりがあります」


「では、並行して動きましょう」


 ヒコがアーヴィンを見た。


「五個分隊制、ですか」


「そのつもりだ」


 アーヴィンが短く言った。


「カイン、リク、ドラン、トマ、ミーナ。五人に各四名を預ける。前に出る側から、後ろを守る側に回す」


「五人は、それを受け入れますか」


「もう準備はできている」


 断言だった。


──────────────────────────────────────


 昼食後、ヒコは一人で施設の前に立った。


 花灯月の空は明るかった。


 芽吹月より日が長くなっていた。


 《可視化》を短く使った。


 領地の色を確認した。


 農地は安定した緑だった。


 石壁は固い灰色だった。


 蓄積帯は青と金が混ざっていた。


 白色の層は、前より少し外側に広がっていた。


 人の動きの色が、芽吹月より複雑になっていた。


 外から来る色が、内側に混ざり始めていた。


 ただ、混ざる色の中に、まだ見慣れない濁りもあった。


 サヤが言った通りだった。


 外に繋がると、外から来るものが増える。


 良いものも、悪いものも。


 内側を固める必要があった。


 守りを再設計する。


 それが、この章でやることだった。


──────────────────────────────────────


 夕方、全員を集めた。


 大きな会議ではなかった。


 ただ、今月の方針を共有する場だった。


「花灯月から、いくつか動きます」


 ヒコが順番に確認した。


「騎士団の増員。アーヴィンさんが進めます」


 アーヴィンが頷いた。


「王都ルートの開拓準備。ゴルフさんが進めます」


 ゴルフが頷いた。


「西側の整備。来月以降になりますが、ガッツさんと方針を確認します」


 ガッツが短く言った。


「いつでも」


「広域回復補助の状態確認。コリンさんとリアさんにお願いします」


「承知しました」


 コリンが答えた。


「蓄積帯の観察は継続です」


 リアが静かに頷いた。


「ミルヴァさんは引き続き、外部の監視をお願いします」


「もう手は打ってある」


 ミルヴァが短く言った。


 ヒコが全員を見た。


「急ぎません。ただし、止めません」


 それだけだった。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 花灯月一日。月次給与支払い完了。


 ゴルフ:王都ルート開拓準備開始。一〜二ヶ月で土台を作る。ヴォルト商会再交渉も並行。


 アーヴィン:騎士団増員の正式提案。五個分隊制・二十五名体制へ。新人募集はゴルフルートで先行。


 《可視化》確認:白色層が前月より外側へ広がっている。人の動きの色が複雑化。外からの色が内側に混ざり始めた。


 今章の方針:守りを再設計する。外に向くほど、内側が重要になる。


 ペンを置いた。


 花灯月が始まった。


 問題の顔が、また変わった。


 ただし、変わるのは問題だけではなかった。


 こちらも変わる。


 こちらも変わる。


 守れる形に、変わっていく。



 第162話 花灯月 了

【次回予告】

 増員の候補が、思わぬ方から来た。


──────────────────────────────────────


【領地収支・花灯月一日時点】


・所持金:金貨259枚(月次給与支払い後)

 支出:月次固定 金貨33枚相当


【発展進捗・第162話時点】


・防衛:100%(騎士団増員計画開始)

・食料:98%(二期作完了・果樹試験栽培継続)

・水 :90%(下水網・スラッジ・クリア安定)

・住居:72%(新規流入対応中)

・インフラ:98%(広域回復補助稼働・刻印体制継続)


 今日の進捗:花灯月一日・月次給与支払い完了。ゴルフが王都ルート開拓準備開始。アーヴィンが騎士団増員・五個分隊制を正式提案。《可視化》で白色層の拡大と人の動きの複雑化を確認。今章の方針「守りを再設計する」確認。

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