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 第161話 売る力

 売る力がつくと、守る理由が増える。


 守る理由が増えると、作る力がさらに必要になる。


 ――それが、領地が育つということだ。

 芽吹月、最終日。


 朝、月次の収支をまとめた。


 芽吹月の月間。


 収入:

 冒険者固定給 金貨三十枚

 勲爵士給与  金貨十二枚

 外部取引収入 金貨二十七枚(ゴルフの報酬差引後)


 支出:

 月次固定支出 金貨三十三枚相当

 旅費     銀貨十枚程度


 月間収支:プラス三十五枚前後。


 外部収入が月次固定支出に近づいていた。


──────────────────────────────────────


 昼、マルティナが食事を出した。


 春の食材だった。


 香草を使った焼き肉だった。


 柔らかいパンがついていた。


 温かい野菜があった。


 白パンが添えられていた。


 特別日の食事だった。


「今日は特別ですか」


「芽吹月の最終日だから」


 マルティナが短く言った。


「春が終わる前に、春のものを食べておく」


 それだけだった。


 全員で食べた。


 ゴルフも食べた。


「これは……」


 ゴルフが少し間を置いた。


「ここに来て、正解でした」


 マルティナが台所に戻った。


 聞こえていたかもしれなかった。


 振り返らなかった。


──────────────────────────────────────


 午後、サヤに会いに行った。


「芽吹月が終わります。この三ヶ月で、フォルテス領はどう変わりましたか」


 サヤが少し間を置いた。


「外に繋がりました」


「繋がった、というのは」


「以前は、この領地は内側を向いていました。今は、外側にも向いています」


「それは良いことですか」


「良いことです。ただし」


 サヤが静かに言った。


「外に向くほど、内側が重要になります」


「どういう意味ですか」


「外に繋がると、外から来るものが増えます。良いものも、悪いものも。内側が安定していなければ、外から来るものに揺れます」


「内側を固める必要があるということですか」


「必要があります。ただし、固めながら外に向くことができれば、この領地はさらに変わります」


「管理者の色は変わりましたか」


 サヤが少し頷いた。


「変わりました。前のヒコさんと、今のヒコさんは違います」


「どう違いますか」


「以前は、領地を守ることを考えていた。今は、領地を動かすことを考えています」


「それが変わったということですか」


「それが、この三ヶ月の変化です」


──────────────────────────────────────


 夕方、ゴルフが来た。


「次の一手の提案があります」


「聞かせてください」


「王都ルートの開拓です」


「早くないですか」


「今がちょうど良い時期です」


 ゴルフが手帳を開いた。


「ランデルでの信用が積み上がりました。刻印の認知が広がっています。ヴォルト商会からの問い合わせも保留中です。今動けば、準備が整った状態で王都に入れます」


「急ぎますか」


「急ぎません。ただし、準備を始めます。セリウスさんとドガンさんが来るなら、その前に土台を作っておく方がいい」


「具体的には」


「まず、王都に顔のある商人を探します。紹介ルートを作ります。いきなり飛び込まない」


「ゴルフさんらしい順番ですね」


「順番が大事です」


 ゴルフが静かに言った。


「急いで失敗するより、準備して成功する方がいいです」


──────────────────────────────────────


 夜、全員で夕食を食べた。


 マルティナの春の食事が続いていた。


 果実酒も並んでいた。


 賑やかだった。


 アーヴィンが黙って飲んでいた。


 マユミが隣に座った。


 コリンが少し遅れて来た。


 リアが静かに食べていた。


 ミルヴァが少し離れた場所にいた。


 ゴルフがマルティナに礼を言った。


「ありがとうございます」


「礼はいらないよ」


 マルティナが短く言った。


 ガデルが工房から出てきた。


 珍しかった。


 席に座った。


 誰も何も言わなかった。


 それが当たり前のようだった。


 ルナが果実酒を見ていた。


「また飲めない」


「来年になったら」


「来年もそう言う」


「来年は一年、年を取ります」


 ルナが黙った。


 それが、いつもの流れだった。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 芽吹月最終日。月間収支まとめ。


 外部収入:金貨二十七枚前後(先月比増加)。月間収支プラス三十五枚前後。


 特別食:マルティナが春の食材で。ゴルフ「ここに来て、正解でした」(食事を見て)。


 サヤとの対話:外に繋がった。管理者の色が変わった(守ることから動かすことへ)。


 ゴルフ:王都ルートの開拓準備を開始。急がない。準備して成功させる。


 ペンを置いた。


 白雪月に始まった。


 ゴルフが来た。


 刻印ができた。


 北側石壁が完成した。


 広域回復補助が完成した。


 果樹を植えた。


 商隊が来た。


 ランデルに行った。


 全部が、この三ヶ月に起きた。


 売る力がついた。


 それが、ゴルフが来てできたことだった。


 ただし、次がある。


 外に繋がった領地を、守り切る力が必要だった。


 内側をさらに固める必要があった。


 サヤが言った通りだった。


 外に向くほど、内側が重要になる。


 窓の外に月があった。


 芽吹月最後の月だった。


 明日から、花灯月になる。


 季節が変わる前の夜は、静かだった。



──────────────────────────────────────


エピローグ


 マユミは、夕食の後、外に出た。


 石壁の上には行かなかった。


 ただ、中庭に立った。


 工房の火が見えた。


 ガデルが戻っていた。


 施設の方に目を向けた。


 静かだった。


 農地の方に目を向けた。


 暗かった。


 果樹の棚が、かすかに見えた。


 春の芽が出ていた。


 マユミはランデルを思い出した。


 石壁が遠くから見えた。


 でかかった。


 内側にいると、まだ足りないと思う。


 外から見ると、もうここまで来た、と思う。


 どちらも本当だった。


 ヒコは、まだ足りないと思いながら、外にまで届かせていた。


 それが、ヒコだった。


 マユミは中庭を離れた。


 明日も、仕事がある。


 ここに居場所がある。


 それだけで、十分だった。



第7章 物流支配 了

 第161話 売る力 了

【次章・第8章 予告】


 花灯月、一日。

 フォルテス領に、新しい季節が来た。

 外から人が来る。守る問題が本格化する。

 そして、要塞化が始まる。


──────────────────────────────────────


【領地収支・芽吹月月間確定】


・所持金:金貨292枚(+35)

 収 入:冒険者固定給 金貨 30枚

     勲爵士給与  金貨 12枚

     外部取引   金貨 27枚

     合計     約  69枚

 支 出:月次固定   金貨 33枚

     旅費     銀貨 10枚程度

     合計     約  34枚


【発展進捗・第7章完了時点】


・防衛:100%(東側・北側石壁完成・騎士団定着)

・食料:98%(二期作完了・果樹試験栽培開始)

・水 :90%(下水網・クリア・スラッジ安定)

・住居:72%(新規流入・倉庫拡張来月着工)

・インフラ:98%(広域回復補助完成・刻印体制確立・外部取引軌道)


 今日の進捗:芽吹月最終日。月間収支まとめ(プラス三十五枚前後)。マルティナが特別食(春の食材)。ゴルフ「ここに来て正解でした」。サヤとの対話(外に繋がった・管理者の色が変わった)。ゴルフが王都ルート開拓準備を開始。エピローグ:マユミ視点収録。第7章「物流支配」完結。

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