第157話 空白の死因
答えが出ないことと、答えがないことは、違う。
答えが出ないのは、まだ途中だということだ。
――途中であることを、受け入れることが、続けるための力になる。
芽吹月、二十日。
朝、コリンが執務室に来た。
設計図を持っていなかった。
それが珍しかった。
「話があります」
「どうぞ」
「師匠の死因について、分かったことがあります」
俺は少し手を止めた。
シグレ師匠の死因。
記録には、今も死因欄が空白のままだった。
「聞かせてください」
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「ルーカスさんに協力してもらいました」
コリンが静かに言った。
「師匠ヴェラの記録と、師匠シグレの経歴を突き合わせました。直接の繋がりではありません。ただし、重なる部分がありました」
「どういう部分ですか」
「師匠シグレが、ある組織の依頼を受けていた時期があります。十年ほど前です」
「その組織は」
「ベルン商会の前身組織と見られています。確証はありません。ただし、活動地域と時期が一致します」
俺は少し考えた。
「師匠がその組織と関係を持っていた、ということですか」
「依頼を受けていた、というだけです。内容は分かっていません。ただし、その依頼の後しばらくして、師匠が体調を崩しました」
「体調を崩した、というのは」
「表向きは病死です。死因欄に記載された病名は、不明です。ただし、師匠の年齢と体力を考えると、不自然でした」
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「証拠はありますか」
「ありません」
コリンが短く言った。
「あるのは、状況証拠だけです。ベルン商会の前身組織と接触があった。その後に体調を崩した。記録上の死因は不明だった」
「断言はできませんね」
「断言できません」
コリンが少し間を置いた。
「ただし、私には十分です」
「十分、というのは」
「調べる理由として、十分です。断言するためではなく、調べ続けるための根拠として」
コリンの言葉が、静かだった。
怒りではなかった。
調べ続ける覚悟だった。
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「今は動けません」
俺が言った。
「証拠が揃っていない段階で動くと、向こうが警戒します。ベルン商会との関係が今以上に複雑になります」
「分かっています」
「ただし、必ず向き合います。この話は、忘れません」
コリンが少し頷いた。
「それで十分です」
「コリンさん」
「はい」
「ルーカスさんと、引き続き調べてもらえますか。ただし、急がなくていいです。安全を優先してください」
「分かりました」
コリンが立ち上がった。
「一つだけ、確認させてください」
「どうぞ」
「ベルン商会との関係が、いつか清算されますか」
俺は少し間を置いた。
「清算します。ただし、時期と方法を選びます」
コリンが静かに言った。
「分かりました。待ちます」
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夕方、ルーカスに礼を言いに行った。
「コリンさんの調査を手伝ってくれていたんですね」
「師匠ヴェラの記録が、役に立てたならよかったです」
「直接的な証拠には至りませんでしたが」
「そうですね。ただし」
ルーカスが少し間を置いた。
「師匠ヴェラが残した記録は、こういう場面で使うためにあったのかもしれません」
「どういう意味ですか」
「師匠は、記録を残し続けました。何かに使うためではなく、残すこと自体が目的だったと思います。ただし、残された記録が、今日役に立った」
「師匠が見ていたら、どう思いますか」
ルーカスが少し考えた。
「当然のことだ、と言うと思います」
「当然のこと、というのは」
「記録は、使われるためにある。師匠はそう考えていた人間でした」
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夜、記録をつけた。
芽吹月二十日。コリンから報告。
師匠シグレの死因について。
ベルン商会前身組織との接触の可能性(十年前・活動地域と時期が一致)。
接触後に体調を崩し、病死。死因欄は不明。ただし、リアの師匠と同様、不自然。
証拠:状況証拠のみ。断言できない。
方針:今は動かない。証拠が揃ったときに向き合う。コリンとルーカスが調査継続。
ペンを置いた。
答えは、まだ出なかった。
ただし、終わりでもなかった
調べ続ける理由が、できた。
コリンが「それで十分です」と言った。
その言葉が、静かだった。
怒りでも諦めでもなかった。
続けるための言葉だった。
――空白は、埋まるまで空白だ。埋まらないまま終わることもある。ただし、埋めようとすることは、できる。
窓の外に月があった。
芽吹月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
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エピローグ
コリンは、引き出しを開けた。
師匠への報告書が、何枚か入っていた。
送れなかったものだった。
その中の一枚を取り出した。
一番最初に書いたものだった。
フォルテス領に来た日に書いた。
「フォルテス領に来ました。ここで仕事があります。師匠に習ったことを、使える場所がありました」。
そう書いてあった。
今日、新しい紙を取り出した。
書いた。
「師匠の死因について、手がかりがあります。まだ証拠はありません。ただし、調べ続けます」。
書き終えた。
折った。
引き出しの奥にしまった。
いつか届ける。
そう思い続けていた。
届け方は、まだ決めていない。
ただし、書き続けることだけは、やめなかった。
師匠が教えてくれたことは、たくさんあった。
記録することも、その一つだった。
記録は、残る。
残ったものが、いつか誰かに届く。
コリンは引き出しを閉じた。
明日も、仕事がある。
それで、十分だった。
第157話 空白の死因 了
【次回・第158話 予告】
物流が、形になってきた。
ゴルフが月間の取引ルートを図にまとめてきた。
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【領地収支】
・所持金 :金貨257枚前後(変動なし)
【発展進捗・第157話時点】
・防衛 :100%(変化なし)
・食料 :98%(変化なし)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :72%(変化なし)
・インフラ:98%(変化なし)
今日の進捗:コリンが師匠シグレの死因について報告(ベルン商会前身組織との接触の可能性・証拠は状況証拠のみ)。方針:今は動かない・証拠が揃ったときに向き合う。コリンとルーカスが調査継続。ルーカスに礼。定期討伐:なし(光曜星・休養日)。




