第141話 根を張る
数年後を信じて、木を植える。
それは今日のためではない。
――植えた者が、必ず収穫するわけでもない。それでも植える。
凍氷月、十二日。
朝から、南斜面に人が集まっていた。
果樹の苗木を植える日だった。
エルナが区画を割り出していた。
ゾルドが土を掘った。
バルドが苗木の数を確認した。
りんごが十二本。
ぶどうが四本。
石壁沿いには、棚を組む予定だった。
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最初の苗木を植えた。
りんごだった。
根をほぐして、穴に入れた。
土を戻した。
それだけだった。
エルナが次の位置を示した。
順番に植えていった。
特に感慨はなかった。
仕事だった。
ただし、植えるたびに、少し違う気持ちがあった。
今日植えたものが、形になるのは数年後だった。
そのとき、ここにいる全員が、今と同じ場所にいるかどうかは分からなかった。
それでも、植えた。
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昼前、リアが南斜面に来た。
感知を続けていた。
「どうですか」
「流れが、優しいです」
「優しい、というのは」
「地下水の色が安定しています。温度の変化が緩やかです。根が伸びやすい土地です」
リアが少し目を細めた。
「ここを選んだのは、正しかったと思います」
「《可視化》で確認したときに、色が落ち着いていました」
「感知でも同じです。この土地は、根を張るものを嫌っていません」
サヤの言葉と同じだった。
後で確認しようと思った。
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石壁沿いに棚を組んだ。
ガッツの弟子が組んだ。
ぶどうの苗木を棚の根元に植えた。
壁際は温度が安定していた。
ぶどうに向いていた。
ガデルが工房から出てきた。
珍しかった。
棚を少し見た。
「樽がいるな」
「まだ先の話です」
「長く置くなら、木を選ぶ。今から考えておく方がいい」
「樽は作れますか」
「作れる。ただし、今は炉の仕事が先だ」
ガデルが工房に戻った。
それだけだった。
先のことを、事前に考える人間だった。
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夕方、全部の苗木を植え終わった。
南斜面に、小さな木が並んだ。
マユミが棚の前に立っていた。
風があった。
棚が少し音を立てた。
マユミが耳を傾けた。
「……悪くない音だな」
「何の音ですか」
「棚の音だ。風が通っている」
マユミが棚から離れた。
「育つか」
「育てます」
「急がないんだろう」
「急ぎません。果樹は、植えてからが長いので」
マユミが少し頷いた。
マルティナが来た。
「冬を越えるには、少し楽しみがいるからね」
「果樹が楽しみになりますか」
「なる。ならなくても、植えた、という事実が残る」
マルティナが苗木を一本見た。
「食べられるようになったら、その時のことを考えればいい」
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夜、サヤに会いに行った。
「今日、果樹を植えました」
「知っています」
「感知しましたか」
「しました。地脈が少し動きました」
「どう動きましたか」
「根を張るものが来た、という動きでした。驚きではありません。受け入れた、という感触です」
俺は少し考えた。
「この土地は、根を張るものを嫌いませんか」
「嫌いません」
サヤが静かに言った。
「管理者が根を張り始めてから、土地もそうなりました」
「俺が変えたということですか」
「どちらが先かは分かりません。ただし、今は同じ方向を向いています」
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夜、記録をつけた。
凍氷月十二日。果樹試験栽培・植樹完了。
りんご十二本・ぶどう四本。南斜面と石壁沿いに配置。
リア感知:地下水安定・温度変化緩やか・根が伸びやすい土地。
サヤとの対話:地脈が受け入れた感触。管理者と土地が同じ方向を向いている。
ガデル:樽用材木を今から検討すると言った。
《可視化》確認:果樹区画の地脈が安定した青。
ペンを置いた。
苗木を十六本植えた。
今日のことではなかった。
三年後か、五年後か。
そのときにここにいる人間が、受け取る。
今日植えた人間と、同じかもしれなかった。
違うかもしれなかった。
どちらでもよかった。
植えたという事実が、残る。
――今日の仕事が、今日終わるとは限らない。そういう仕事もある。
窓の外に月があった。
凍氷月の月だった。
南斜面に、今日から木があった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
第141話 根を張る 了
【領地収支】
・所持金 :金貨260枚前後(変動なし)
・果樹苗木:購入費・銀貨数枚程度(軽微)
【発展進捗・第141話時点】
・防衛 :100%(変化なし)
・食料 :98%(果樹試験栽培開始・収穫は数年後)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:96%(変化なし)
今日の進捗:果樹試験栽培・植樹完了(りんご十二本・ぶどう四本)。リア感知:地下水安定・根が伸びやすい土地。サヤとの対話:地脈が受け入れた・管理者と土地が同じ方向を向いている。ガデルが樽用材木を検討開始。マユミ「悪くない音だな」。定期討伐:なし(雷曜星)。




