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 第139話 北側、完成

 壁が立つと、中の空気が変わる。


 守られている、という感触が生まれる。


 ――外が見えなくなるのではない。外から見えにくくなる。それが、壁の意味だ。

 凍氷月、七日。光曜星。


 朝、月次給与を支払った。


 バルドが仕切った。


 全員分の袋が並んだ。


 ガッツが受け取って、現場に戻った。


 ゾルドが受け取って、縦穴に向かった。


 マルティナが受け取って、台所に戻った。


 ガデルが受け取った。


「成果報酬はまだ先だな」


「魔導銀の累計が二百五十匁(約一キログラム)に達したら計上します」


「急かしていない」


 ガデルが工房に戻った。


──────────────────────────────────────


 午前、北側石壁の完成確認に行った。


 マユミが隣にいた。


 石壁が立っていた。


 高さ二間(約九メートル)。


 東側と同じ高さだった。


 外面の石が少し斜めになっていた。


 風を受け流す形だった。


 ガッツの現場判断だった。


 アーヴィンが壁の上に立っていた。


 北の方角を見ていた。


 少し経ってから降りてきた。


「問題ない」


 それだけだった。


 騎士団の五人が壁を確認した。


 リクが石を一度叩いた。


 音を聞いた。


 ドランが接合部を見た。


 アーヴィンが壁の上から北を確認した。


 誰も、何も言わなかった。


 それが答えだった。


──────────────────────────────────────


 昼、ガッツに話しかけた。


「完成しましたね」


「ああ」


「金貨三十枚の範囲に収まりましたか」


「二十九枚だ。一枚余った」


「石の質が良かったですか」


「ゾルドが選んだ。無駄がなかった」


 ガッツが壁を見上げた。


「東側より風対策が一段上だ。来年の冬は違いが出る」


「次は西側ですか」


「西側は少し先だ。倉庫の方が先かもしれない。バルドに確認しろ」


「分かりました」


 ガッツが現場に戻った。


──────────────────────────────────────


 午後、マユミと二人で壁の上に上がった。


 北の方角が見えた。


 森が見えた。


 その先は見えなかった。


 風があった。


 マユミが少し目を細めた。


「高い」


「東側と同じ高さです」


「東側に上がったことがなかった」


「そうでしたか」


 マユミが北の方角を見た。


「向こうから見たら、この壁はどう見えるんだろうな」


「高く見えると思います」


「そうだな」


 マユミが短く言った。


「悪くない」


 しばらく、二人で黙っていた。


 風が続いていた。


 フォルテス領が、下に広がっていた。


 農地が見えた。


 工房の煙が見えた。


 下水網の出口が見えた。


 施設が見えた。


 全部が、壁の内側にあった。


「守れていますね」


 俺が言った。


 マユミが少し間を置いた。


「まだ途中だ」


「そうですね」


「ただし」


 マユミが壁の縁に手を置いた。


「悪くない途中だ」


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 凍氷月七日。光曜星。月次給与支払い完了。


 北側石壁完成。高さ二間・金貨二十九枚(予算内)。外面斜め積み・風対策あり。


 アーヴィン確認:「問題ない」。


 次の課題:本格倉庫建設(西側石壁より先の可能性・バルドと確認要)。


 ペンを置いた。


 東側が完成したとき、何か変わった気がした。


 北側が完成した今日も、同じ感触があった。


 壁の内側で、人が普通に動ける感触だった。


 外が見えなくなるわけではなかった。


 ただし、外から見えにくくなる。


 それが、壁の意味だった。


 壁は、攻めるためにあるのではなかった。


 ただし、守るためだけにあるのでもなかった。


 ――壁の内側で、安心して動けるようにするためにある。


 窓の外に月があった。


 凍氷月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。



──────────────────────────────────────


エピローグ


 ガッツは、日が暮れてから現場を一人で歩いた。


 完成した後に歩く習慣があった。


 仕事が終わってから確認する。


 それが、ガッツのやり方だった。


 北側石壁の基部を歩いた。


 石を一つ一つ、手で触れた。


 均一だった。


 隙間がなかった。


 外面の斜め積みは、我ながらうまくいった。


 ゾルドが石を選んだ。


 弟子たちが積んだ。


 自分が指揮した。


 全部が合わさって、この壁になった。


 東側を仕上げたとき、同じことを思った。


 一人では作れなかった、と思った。


 今回も同じだった。


 ガッツは壁の角で立ち止まった。


 空を見た。


 月があった。


 長くこの仕事をしてきた。


 壁を作った場所は、いくつもあった。


 どこでも、完成した後に歩いた。


 ただし、こんなに何度も同じ場所に壁を作ったのは、初めてだった。


 東側を作り、北側を作った。


 次は倉庫か、西側か。


 まだ終わっていなかった。


 それが、悪くなかった。


 次の仕事が残っている。


 それが、少し嬉しかった。


 ガッツはそう思っていた。


 声には出さなかった。


 仕事が終わってから言うことではなかった。


 次の仕事が始まる前に、思えばいい。


 それで、十分だった。



 第139話 北側、完成 了

【次回・第140話 予告】


 ベルン商会の動きが、変わった。

 ミルヴァが「質が違う」と言った。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨260枚前後

 (北側石壁完成費:金貨29枚支出)

 (凍氷月給与:収入金貨42枚・支出金貨33枚相当・差引+9枚)


【発展進捗・第139話時点】


・防衛  :100%(北側石壁完成・東西南の三方固まる)

・食料  :98%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(次の課題:本格倉庫建設)

・インフラ:96%(変化なし)


 今日の進捗:凍氷月第一光曜星・月次給与支払い完了。北側石壁完成(金貨二十九枚・予算内)。アーヴィン確認「問題ない」。ヒコとマユミが壁の上に立つ(「悪くない途中だ」)。次の課題:本格倉庫建設を優先検討。エピローグ:ガッツ視点収録。定期討伐:なし(光曜星・給与支払い日)。

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