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 第134話 最初の摩擦

 外に出れば、摩擦がある。


 摩擦がなければ、動いていないのと同じだ。


 ――摩擦の種類で、相手が分かる。

 白雪月、二十五日。


 ゴルフがランデルから帰ってきた。


 顔が少し険しかった。


 執務室に入るなり、椅子に座った。


「報告があります」


「聞かせてください」


「ヴァン商会との最初の交渉が、うまくいきませんでした」


 俺は少し間を置いた。


「どういう状況でしたか」


「価格を叩かれました。農産物は相場の七割。魔導銀は相場の六割を提示してきました」


「想定より低いですか」


「想定内です」


 ゴルフが手帳を開いた。


「最初の交渉で価格を叩くのは、よくあることです。ただし」


 ゴルフが少し間を置いた。


「叩き方が、値踏みではなかった」


「どういう意味ですか」


「値踏みなら、こちらの反応を見ながら調整してくる。今回は違いました。最初から決まった数字を出してきた」


「決まった数字、というのは」


「誰かに言われた数字です。自分で考えた数字ではない」


──────────────────────────────────────


「ベルン商会が関係していますか」


 ゴルフが少し頷いた。


「断言はできません。ただし、可能性はあります。ヴァン商会は信頼できる相手です。ただし、外から圧力がかかれば、動かざるを得ない場合がある」


「ヴァン商会側の態度はどうでしたか」


「申し訳なさそうでした」


 ゴルフが静かに言った。


「それが、全部を教えてくれました」


「申し訳なさそう、というのが」


「自分で決めた数字なら、申し訳なさそうにはしない。誰かに言われた数字だから、そうなる」


 俺は少し考えた。


「ヴァン商会は、使われている側ですか」


「そう見ています。敵ではない」


──────────────────────────────────────


「対応策を聞かせてください」


「三つあります」


 ゴルフが指を折った。


「一つ。品質で押す。魔導銀の純度をランデルの標準品と比べさせる。数字ではなく、実物で判断させる」


「ガデルさんに頼めます」


「二つ。量で押す。今は少量ですが、安定供給の見通しを示す。希少品ではなく、信頼できる仕入れ先として認識させる」


「時間がかかりますね」


「かかります。ただし、効果は長持ちします」


「三つ目は」


「別のルートを探す。ヴァン商会以外の取引先を当たる。ヴァン商会への圧力が外部からのものなら、圧力のかかっていない相手を見つける方が早い」


 ゴルフが手帳を閉じた。


「ただし、三つ同時にやる必要はありません。順番があります」


──────────────────────────────────────


「どの順番ですか」


「まず品質で押します。これは今すぐできる。次に安定供給の見通しを示します。これは時間がかかるが、並行してできる。別ルートは、その結果を見てから判断します」


「急ぎませんか」


「急ぎません」


 ゴルフが言った。


「向こうが焦らせようとしているなら、こちらが焦るのが一番まずい。落ち着いて品質を出す。それが最初の答えです」


 俺は少し頷いた。


 現場でも同じだった。


 工期を無理に詰めようとする相手に、慌てて対応すると品質が落ちた。


 落ち着いて、できることをできる順でやる。


 それが、長くもつ仕事だった。


──────────────────────────────────────


 夕方、《可視化》をゴルフに向けた。


 短時間。絞って。


 色を確認した。


 険しかった顔の下に、落ち着いた色があった。


 焦りがなかった。


 うまくいかなかったことへの怒りもなかった。


 ただ、次の手を考えている色だった。


 解いた。


 問題ない。


 この人間は、摩擦に慣れていた。


 摩擦を、仕事の一部として受け取っていた。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 白雪月二十五日。ゴルフ帰還。最初の交渉報告。


 ヴァン商会:農産物七割・魔導銀六割を提示。外部からの圧力の可能性あり。


 ヴァン商会は敵ではない。使われている側と見る。


 対応方針:品質で押す(即時)→安定供給の見通しを示す(並行)→別ルート検討(状況次第)。


 急がない。焦らない。品質を出す。


 ペンを置いた。


 最初の交渉は、うまくいかなかった。


 しかしゴルフは「想定内」と言った。


 想定内だった。


 つまり、準備していたということだった。


 準備がある人間は、うまくいかなくても崩れなかった。


 ――摩擦は、準備した人間には情報になる。準備していない人間には、障害になる。


 窓の外に月があった。


 白雪月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。



 第134話 最初の摩擦 了

【次回・第135話 予告】


 ガデルが「霊銅が取れ始めた」と言った。

 工房から出てくることは、滅多にない。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨290枚前後(変動なし)

・初回取引:交渉難航中・成立前のため収入計上なし


【発展進捗・第134話時点】


・防衛  :100%(変化なし)

・食料  :98%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:95%(変化なし)


 今日の進捗:ゴルフがランデルから帰還。ヴァン商会との最初の交渉で価格を叩かれた(農産物七割・魔導銀六割提示)。外部圧力の可能性あり・ヴァン商会は敵ではないと判断。対応方針:品質で押す→安定供給の見通し→別ルート検討の順。《可視化》でゴルフの状態確認・問題なし。定期討伐:なし(闇曜星・解体整備日)。

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