第130話 北側を固める
壁は、作っている間は壁ではない。
立った瞬間から、壁になる。
――完成するまで、それはまだ「壁」ではない。
白雪月、十日。
朝、ガッツが現場の確認に来た。
北側石壁の着工について、段取りの最終確認だった。
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北側石壁の着工を確認した。
ガッツが既に基礎の割り出しを終えていた。
「金貨三十枚の見込みで合っていますか」
「二十八枚から三十二枚の間だ。石の質によって変わる」
「了解です。三十五枚まで見ておきます」
「その方がいい」
ガッツが地面に線を引いた。
「東側と同じ高さで仕上げる。高さ二間(約九メートル)。ただし北側は風の当たりが違う。積み方を変える」
「どう変えますか」
「外面の石を少し斜めに入れる。風を受け流す形だ」
俺は少し考えた。
「それは東側にはなかった工夫ですね」
「現場で決めた。問題があれば言え」
「問題ありません。お願いします」
ガッツが頷いた。
それだけだった。
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ゾルドを呼んだ。
「石壁と採掘の両方をお願いすることになります。無理がありますか」
「ない」
「どう段取りをつけますか」
「午前に採掘。午後に石壁。それで回る」
ゾルドが短く言った。
「縦穴は今の深さで安定している。一日四時間あれば十分だ」
「体に負担が出たら、すぐ言ってください」
「出たら言う」
ゾルドが現場に向かった。
信頼できる人間というのは、こういう人間だった。
できないことを「できない」と言う。
できることを、余計な言葉なしに「できる」と言う。
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昼、マルティナが食事を出した。
具だくさんのスープだった。
厚切りのパンと、卵が添えてあった。
少し良い日の食事だった。
工事が始まった日だからかもしれなかった。
「今日は少し肉を増やした」
マルティナが短く言った。
「石壁工事が忙しい日だから」
「珍しいですね」
「珍しくない。理由があれば増やす」
アーヴィンがスープを見た。
「切り方も違う」
マルティナが少し間を置いた。
「……うるさい」
ルナが首を傾げた。
「顔、赤いよ?」
「火の前にいたから」
ミルヴァが何も言わなかった。
ただ、椀を持ち上げた。
俺はスープを一口飲んだ。
「美味いな」
「……そう」
マルティナが台所に戻った。
マユミが小さく笑った。
俺だけ、理由が分かっていなかった。
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昼過ぎ、ゴルフが来た。
「一つ、確認したいことがあります」
「聞かせてください」
「北方産の果実酒の相場ですが、今年は上がっています」
「どれくらい上がっていますか」
「去年比で二割ほどです。寒波で収穫量が落ちた地域があったようです」
ゴルフが続けた。
「フォルテス領は温暖な気候で、果樹に向いた土地のはずです。試しに植えてみる価値があります」
マルティナが台所から出てきた。
「余った果実は腐る。だったら残せる形に変える」
聞こえていたようだった。
「保存食にもなるし、加工すれば持ち運べる。冬の栄養不足対策にもなる」
「ゴルフさんの見立ては」
「売れます」
ゴルフが短く言った。
「保存できる。軽い。価値が落ちにくい。商売向きです」
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夕方、《可視化》で南斜面付近を確認した。
施設の南側。地脈の流れが安定している区域があった。
色が落ち着いていた。
冷え方が安定していた。
果樹の根が張るのに向いた土地に見えた。
解いた。
「ここにします」
地面に線を引いた。
「りんごを先行します。ぶどうは南側石壁の近辺で少量だけ試します」
「石壁の保温を使うわけですか」
「はい。壁際は温度が安定します」
ゴルフが手帳に何か書いた。
「収穫まで何年ですか」
「りんごは早くて三年。ぶどうは五年前後です」
「急ぎません」
ゴルフが言った。
また同じ言葉だった。
「待てる投資が、一番いい投資です」
俺も同じことを思っていた。
果樹は、今日植えて今日実るものではなかった。
数年後を信じて植えるものだった。
――今植えるのは、今のためではない。三年後の誰かのためだ。
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夜、記録をつけた。
白雪月十日。月次給与支払い完了。
北側石壁着工。高さ二間(約九メートル)・金貨二十八〜三十二枚見込み(上限三十五枚で押さえる)。外面の石を斜めに積む風対策あり。ガッツ指揮・ゾルドが採掘と兼任(午前採掘・午後石壁)。
果樹試験栽培の方針決定。南斜面の地脈安定区域にりんご先行。ぶどうは南側石壁近辺で少量試験。収穫まで数年。急がない。
ペンを置いた。
今日は二つのことが始まった。
北側石壁と、果樹の計画だった。
どちらも、終わるまでに時間がかかる。
石壁は数ヶ月。果樹は数年。
時間のかかるものほど、残る。
窓の外に月があった。
白雪月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
第130話 北側を固める 了
【次回・第131話 予告】
ゴルフが「最初の取引相手を決めました」と言いに来た。
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【領地収支】
・所持金 :金貨290枚前後(北側石壁着工費・金貨三十枚概算を支出)
・白雪月給与:聖夜月末に前倒し支払い済みのため今月描写なし
【発展進捗・第130話時点】
・防衛 :100%(北側石壁着工・東側完成維持)
・食料 :95%(変化なし)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:95%(果樹試験栽培方針決定・区画確定)
今日の進捗:月次給与支払い完了。北側石壁着工(ガッツ指揮・ゾルド兼任)。果樹試験栽培方針決定(りんご先行・ぶどう少量試験)。《可視化》で南斜面地脈安定を確認。定期討伐:なし(光曜星・休養日)。




