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 第129話 広域回復補助、始動

 設計は、現実になるまで設計だ。


 現実になった瞬間から、違う名前になる。


 ――形になったものは、もう机の上には戻らない。それでいい。

 白雪月、五日。


 朝、コリンが執務室に来た。


 設計図を持っていた。


 何度も折り目のついた紙だった。


「魔導銀の累計が、目標を超えました」


「確認しました。三十五匁(約百四十グラム)です」


「基本設置に入れます。よろしいですか」


「お願いします」


 コリンが深く頭を下げた。


 それだけだった。


──────────────────────────────────────


 設置作業は五日間の予定だった。


 施設の地脈連動ポイントを使う。


 コリンが以前から準備していた場所だった。


 一日目。


 コリンが施設の南側から始めた。


 地脈の流れを確認しながら、術式石を一つずつ置いていった。


 置く前に、必ず一度止まった。


 流れを確認してから置いた。


 リアが傍で感知を続けた。


「蓄積帯の状態は」


「安定しています。干渉はありません」


「このまま続けて問題ありませんか」


「問題はありません」


 コリンが次の石に移った。


──────────────────────────────────────


 二日目。


 ガデルが工房から出てきた。


 珍しかった。


 コリンの作業を少し見た。


「魔導銀の純度が足りないなら言え」


「今のところ問題ありません」


「微調整が必要になったら声をかけろ」


 ガデルが工房に戻った。


 コリンが短く「ありがとうございます」と言った。


 ガデルは聞こえていたかもしれなかった。


 振り返らなかった。


──────────────────────────────────────


 三日目。


 コリンが夜まで作業した。


 俺が見に行くと、地面に膝をついて術式の確認をしていた。


「無理をしていませんか」


「していません。九割以上は、予定通りです」


「残り一割は」


「調整中です。地脈の流れが設計より少し速い箇所があります」


「問題になりますか」


「なりません。ただし、丁寧に合わせる必要があります」


 コリンが顔を上げた。


「師匠に言われたことがあります。術式は、土地と話し合うものだ、と」


「シグレさんが」


「はい」


 コリンが設計図を見た。


「この土地は、ちゃんと返してくれます」


──────────────────────────────────────


 五日目。


 基本設置が完了した。


 コリンが最後の術式石を置いた。


 静かだった。


 音はなかった。


 ただ、空気が少し変わった。


 リアが目を閉じた。


「領地全体に、薄く広がっています」


「感知できますか」


「できます。優しい流れです」


 俺は《可視化》を入れた。


 絞って。施設から農地、下水網、北側石壁の基礎まで。


 色が変わっていた。


 全体に薄い金色が混じっていた。


 以前より均一だった。


 ムラが減っていた。


 解いた。


「コリンさん」


「はい」


「設計通りですか」


 コリンが少し間を置いた。


「設計より、少し広いです」


「広いのは問題ですか」


「問題ではありません」


 コリンが静かに言った。


「受け入れられたんだと思います」


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 白雪月五日。広域回復補助・基本設置完了。


 工期:予定通り五日。


 使用魔導銀:二十五匁(約百グラム)。


 範囲:施設地脈連動・領地全体をほぼカバー。


 《可視化》確認:全体に薄い金色。均一性が向上。


 蓄積帯への干渉:なし(リア確認)。


 次段階:霊銅五十匁(約二百グラム)で調整用結界石追加。


 ペンを置いた。


 コリンが最初に設計図を見せてきたのは、ずいぶん前だった。


 紙の上の話だった。


 それが今日、形になった。


 「設計より少し広い」とコリンが言った。


 それが、この土地だった。


 ――設計は現実になった。もう設計とは呼ばない。


 窓の外に月があった。


 白雪月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。


エピローグ


 コリンは、報告書を書こうとして、やめた。


 師匠に宛てて書こうとしていた。


 癖だった。


 何か形になるたびに、シグレ師匠に報告する文章を頭の中で作っていた。


 今日も同じだった。


 設置が完了しました。


 設計より少し広く届きました。


 土地が受け取ってくれたのだと思います。


 そう書くつもりで、紙を取り出した。


 宛先を書こうとして、手が止まった。


 師匠の死因は、まだ分からない。


 師匠の死因だけが、まだ埋まっていなかった。


 いつか、埋める。


 そう決めていた。


 紙を折った。


 引き出しの奥にしまった。


 引き出しの中には、同じ折り方の紙が、何枚かあった。


 全部、師匠への報告書だった。


 全部、送れなかったものだった。


 いつか届ける。


 そう思っていた。


 届け方は、まだ決めていない。



 第129話 広域回復補助、始動 了

【次回・第130話 予告】


 北側石壁の基礎工事が本格的に動き始めた。

 マルティナが、今日は少し肉を増やした。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨320枚(変動なし)

・魔導銀使用:25匁(約百グラム)・広域回復補助基本設置に充当

・魔導銀残:約10匁(約四十グラム)


【発展進捗・第129話時点】


・防衛  :100%(変化なし)

・食料  :95%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:95%(広域回復補助・基本設置完了)


 今日の進捗:コリンの広域回復補助・基本設置完了(工期五日・魔導銀二十五匁使用)。《可視化》で領地全体に薄い金色を確認・均一性向上。蓄積帯への干渉なし。次段階は霊銅五十匁達成後。定期討伐:なし(闇曜星・装備整備日)。

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