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 第126話 作る領地

 作る、というのは、積み上げることだ。


 守る、というのも、積み上げることだ。


 ――積み上げた先に、領地がある。

 聖夜月、第二十八日。


 月が終わりに近づいていた。


 朝、少し早めの月次給与を支払った。


 バルドが仕切った。


 全員分の袋が並んだ。


 ガデルの成果報酬条件には、まだ届いていなかった。


 魔導銀の累計精製量は、広域回復補助に必要な二十五匁(約百グラム)を超えていた。


 ただし、成果報酬の基準は、二百五十匁(約一キログラム)からだった。


 ガデルが受け取った。


 袋を確認した。


 何も言わなかった。


 そのまま工房に戻った。


──────────────────────────────────────


 午前、《可視化》で領地全体を見渡した。


 毎朝の習慣になっていた。


 順番に確認した。


 東側石壁。完成していた。色が均一だった。


 北側。工事が始まっていた。基礎の段階だった。


 農地。二期作の収穫が近づいていた。色が豊かだった。


 下水網。クリアが動いていた。スラッジが底にいた。


 工房。炉が燃えていた。ガデルがいた。


 施設。地脈が安定していた。


 縦穴。ゾルドが採掘していた。


 蓄積帯。呼吸していた。色が少し青みがかっていた。


 全部が、動いていた。


 全部が、繋がっていた。


 止まっている場所が、もうほとんどなかった。


 解いた。


 頭に圧力は来なかった。


──────────────────────────────────────


 昼、マルティナが俺を呼んだ。


 厨房に来い、ということだった。


 行ってみると、大きな鍋が二つあった。


「何ですか」


「今日は特別だよ」


 マルティナが言った。


「何が特別ですか」


「聖夜月だからね」


 それだけだった。


 説明は、それで終わりだった。


 全員で食べた。


 肉の煮込みだった。


 定期討伐のボア肉だった。


 パンが柔らかかった。


 果実酒が出た。


 周りから話し声が聞こえる。


 楽しく食べた。


 温かかった。


 笑い声が、続いていた。


──────────────────────────────────────


 午後、アーヴィンに確認した。


「北側石壁の進捗はどうですか」


「基礎が固まりつつある。来月中に外壁の一段目まで行きたい」


「ガッツさんのペースは」


「問題ない。ゾルドが採掘と兼任しているが、石壁の方はガッツが仕切っている」


「工房の採掘との競合は」


「今のところない。ガデルとゾルドで折り合いをつけている」


「二人で調整しているんですね」


「言葉は少ない。ただし、上手くいっている」


 アーヴィンが短く言った。


 それがアーヴィンの見立てだった。


 信頼できた。


──────────────────────────────────────


 夕方、サヤに会いに行った。


「この一年で、施設の状態は変わりましたか」


 サヤが少し間を置いた。


「変わりました」


「どう変わりましたか」


「地脈の流れが、整いました。最初に来たときより、乱れが少なくなっています」


「地上のことが、影響しているんですか」


「影響しています。地上の人たちの色が、複雑になりました」


「複雑になった」


「豊かになった、という方が正確かもしれません。色が増えた。迷いの色も、疲れの色も混ざっています。ただし、暗い色ではありません」


 サヤが少し首を傾けた。


「管理者の色も、変わりました」


「俺のことですか」


「はい。最初に来たときと、今では、別の人間のようです」


「良い変わり方ですか」


「良い変わり方です。深くなりました」


 サヤが静かに言った。


「蓄積帯も、変わりました」


「どう変わりましたか」


「繋がりました。地上と地下が、この領地の中で繋がっています」


「それは、良いことですか」


「良いことです。施設が、ようやくこの土地に根を張ったとき、同じことが起きました」


 サヤが少し微笑んだように見えた。


「フォルテス領は、根を張っています」


──────────────────────────────────────


 夜、マユミが来た。


 窓の外を見ていた。


「最近、音が変わった」


「何の音ですか」


「働いている音だ」


 マユミが窓から離れた。


「最初に来たとき、この領地は静かだった」


「静かでしたね」


「今は違う。音がある。朝から夜まで、誰かが何かをしている音がある」


「それは、良いことだと思いますか」


 マユミが少し間を置いた。


「良いことだ」


「怖くはないですか」


「最初は怖かった」


「今は」


「今は違う」


 マユミが短く言った。


 それで、十分だった。


──────────────────────────────────────


 夜、一人になった。


 執務室の窓から、領地を見た。


 暗かった。


 月明かりだけがあった。


 《可視化》を入れた。


 工房の炉が、まだ燃えていた。


 ガデルがいた。


 下水網では、クリアが動いていた。


 農地では、誰かがまだ作業をしていた。


 エルナだった。


 施設では、サヤがいた。


 全員が、それぞれの現場で動いていた。


 俺がいなくても、動いていた。


 俺が見ていない場所でも、誰かが次の仕事をしていた。


 ――それが、答えだ。


 《可視化》を解いた。


 窓の外に月があった。


 聖夜月の月だった。


──────────────────────────────────────


 記録をつけた。


 聖夜月二十八日。


 月次給与支払い。ガデルの成果報酬、金貨二枚を計上。


 北側石壁、基礎工事進行中。来月中に外壁一段目の予定。


 二期作、収穫が近い。


 蓄積帯、安定継続。地上との繋がりが深まっている。


 サヤとの対話。フォルテス領、根を張っている。


 マユミとの夜の会話。「最近、音が変わった」「働いている音だ」。


 ペンを置いた。


 工房が稼働していた。


 石壁が育っていた。


 下水網が回っていた。


 農地が実っていた。


 フォルテス領は、まだ作り続けていた。


 作る力が、ここにある。


 それが、この章で分かったことだった。


 ――作り続ける限り、この領地は生きている。


 窓の外に月があった。


 聖夜月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。


 静かな中に、音があった。


 働いている音だった。


 マユミが言った通りだった。



エピローグ


 マルティナは、厨房の火を落としながら、今日の食事のことを考えた。


 全員で食べた。


 久しぶりに、全員だった。


 ガデルも来ていた。


 タウルスも来ていた。


 ルーカスも来ていた。


 ゾルドも来ていた。


 ガッツも来ていた。


 いつの間に、こんなに人が増えたのか。


 最初にフォルテス領に来たとき、領民は感情がなかった。


 寂しい場所だと思った。


 来た理由は、ある人の顔だった。


 ヒコという男の顔だった。


 元々の面識はない。


 ただし、見たことのある目をしていた。


 現場を知っている目だった。


 何かを作ろうとしている目だった。


 壊れたものを、もう一度立たせようとしている目だった。


 その目が、あの人に似ていた。


 だから、来た。


 今日、全員で食べた。


 果実酒を飲んだ。


 ルナは飲めなかった。


 「不公平だ」と言った。


 「今年我慢すれば、来年飲める」と言っておいた。


 ルナが黙った。


 それでよかった。


 厨房の火が、消えた。


 暗くなった。


 明日の朝、また火を入れる。


 それが、マルティナの仕事だった。


 ――ここの火は、消えない。


 マルティナはそう思った。


 声には出さなかった。


 それで、十分だった。



第6章 生産始動 了

 第126話 作る領地 了

【次章・第7章 予告】


 年が明けた。

 ゴルフが、フォルテス領の門の前に立っていた。

「店をたたんで来ました。損はさせません。雇ってほしいです」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金:金貨329枚(+金貨9枚)

・収入 :冒険者固定給 金貨30枚

      勲爵士給与 金貨12枚

 合計         金貨42枚

・支出 :月次固定支出 金貨33枚相当

 (建設班・農業班・騎士団・役職者・専門職・石材調達費含む)

 合計         金貨33枚相当


【発展進捗・第6章完了時点】


・防衛  :100%(東側石壁完成・北側着工)

・食料  :95%(二期作収穫目前・定期討伐継続)

・水   :90%(下水網・両井戸安定継続)

・住居  :75%(変化なし・本格倉庫が次の課題)

・インフラ:93%(工房稼働・魔導銀精製・採掘継続・蓄積帯安定)


 今日の進捗:聖夜月二十八日・月次給与支払い。《可視化》で領地全体確認。マルティナが聖夜月の特別食(肉煮込み・果実酒)。北側石壁基礎進行中。サヤとの対話(フォルテス領、根を張っている)。マユミとの夜の会話(「最近、音が変わった」「働いている音だ」)。エピローグ:マルティナ視点収録。第6章「生産始動」完結。

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