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 第124話 査察の予兆

 警告をくれる人間がいる。


 その人間が、なぜ警告するのかを考える。


 ――理由が分かれば、動き方が分かる。

 聖夜月、第十五日。


 朝、バルドが執務室に来た。


「書状が届いています」


「誰からですか」


「カルヴィン・レイドという名前です」


 俺は一瞬、手を止めた。


 カルヴィン・レイド。


 前回の査察官だった。


「開けてください」


 バルドが封を切った。


 紙を広げた。


 一行だけだった。


 バルドが読んだ。


「近いうちに、正式な査察が入ります。備えてください」


 それだけだった。


 差出人の名前があった。


 日付があった。


 それ以上は、何もなかった。


──────────────────────────────────────


「個人的な警告ですね」


 俺が言った。


「そう見えます」


 バルドが書状を折った。


「公式の文書ではありません。印もない。個人として送ってきた」


「前回の査察で、『急速な発展は注目を集める』と言っていましたね」


「覚えていますか」


「覚えています」


 バルドが少し考えた。


「この人間は、ヴァルク男爵の査察官です。ただし、この書状はヴァルク男爵の意図ではない」


「どういう人間だと思いますか」


「制度の中にいる人間で、制度に疑問を持っている人間だと思います。だから、個人として警告を送ってきた」


 バルドが言った。


 それが、バルドの見立てだった。


 信頼できた。


──────────────────────────────────────


 ミルヴァを呼んだ。


 アーヴィンも呼んだ。


 書状を見せた。


 ミルヴァが読んだ。


「一ヶ月以内と言ったが、もっと早いかもしれない」


「この書状が届いたタイミングからすると」


「査察の準備が、最終段階に入ったということだ。来週か、再来週か」


 アーヴィンが書状を見た。


「カルヴィン・レイドという男は、信用できるか」


「前回の査察で、個人的に警告を残していきました。今回も同じです」


「敵ではない、ということか」


「中立だと思います。制度の仕事をしながら、不当なことには加担したくない人間です」


 アーヴィンが少し間を置いた。


「利用できるか」


「利用ではありません。ただし、正直に対応すれば、こちらに不利な書き方はしない人間だと思います」


「どういう意味だ」


「査察の記録は、カルヴィン・レイドが書きます。その記録が、中央への報告になります。こちらが見せていいものをきちんと見せて、正当な領地運営をしていると記録してもらう。それが目標です」


 ミルヴァが頷いた。


「合法の範囲で来る。合法の範囲で対応する。それだけだ」


──────────────────────────────────────


「準備の確認をします」


 俺が言った。


「工房。見せていい。煙突も増設済みです」


「農地。見せていい」


「下水網。見せていい」


「騎士団。見せていい」


「縦穴。見せたくない」


「施設。見せたくない」


「蓄積帯。見せたくない」


 全員で確認した。


「縦穴の対応は」


 アーヴィンが聞いた。


「査察が来る前日に採掘を停止します。縦穴の覆いは閉じておきます。聞かれたら、作業中の試掘坑と答えます」


「嘘はつかない、ということか」


「試掘坑として掘り始めたのは事実です。今は採掘中ですが、査察の日に合わせて作業を止めれば、試掘坑として見せられます」


「施設は」


「施設は、フォルテス領の管理施設として存在します。内部の詳細については、管理上の理由から立入制限をしていると答えます」


「それで通るか」


「通らなければ、その時点で対応します。まずは正当な理由で断ります」


 バルドが頷いた。


「村人への話は、もう済んでいます。聞かれたことだけ答える。余計なことは言わない。それだけです」


──────────────────────────────────────


 昼過ぎ、カルヴィン・レイドへの返書を書いた。


 短くした。


「書状を受け取りました。備えます。ご配慮に感謝します」


 それだけだった。


 差し出し人は、フォルテス領主の名前だった。


 バルドに渡した。


「次の商人便に乗せてください」


「分かりました」


 バルドが書状を受け取った。


「ヒコさん」


「はい」


「この返書、正しいと思います」


 バルドが短く言った。


 それだけだった。


 力があった。


──────────────────────────────────────


 午後、ガデルに状況を伝えた。


「査察が近いうちに来ます。工房は見せることになります」


「構わない」


「採掘を、査察の前日に一時停止します」


「分かった。仕事の段取りを変える」


「ご迷惑をかけます」


「迷惑ではない。現場の都合だ」


 ガデルが短く言った。


「査察官が工房を見たとき、何か聞かれる可能性があります」


「何を聞かれる」


「炉で何を精製しているか、です」


「鉄だ、と答える」


「鉄ですか」


「炉では鉄も精製できる。嘘ではない。ただし、全部は言わない」


 ガデルが短く言った。


 そういう人間だった。


 嘘はつかない。


 ただし、全部は言わない。


 それが、ガデルのやり方だった。


──────────────────────────────────────


 夕方、蓄積帯の状態をリアに確認してもらった。


「変化はありますか」


「変化はありません。安定しています」


「採掘を一時停止しても、問題ないですか」


「問題はないと思います。今の状態なら、数日の停止は影響しないはずです」


「分かりました」


 リアが縦穴の方角を見た。


「査察が終わったら、また再開します」


「はい。できれば早めに」


「向こうも、待っているかもしれません」


 リアが静かに言った。


 蓄積帯が、待っている。


 その言葉が、何度も出てきた。


 何を待っているのか。


 まだ、分からなかった。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 カルヴィン・レイドから書状。


 内容:近いうちに査察が入る。備えてください。


 性質:個人的な警告。公式文書ではない。


 査察時期:来週か再来週か。


 対応方針。


 工房・農地・下水網・騎士団:見せる。


 縦穴:前日に採掘停止・試掘坑として対応。


 施設:立入制限として対応。


 カルヴィン・レイドへの返書:送付済み。


 ガデルへの説明完了。炉では鉄を精製している、という対応で合意。


 蓄積帯:安定・採掘停止に問題なし。


 ペンを置いた。


 警告が来た。


 動ける準備ができた。


 見せていいものは、見せる。


 見せたくないものは、正当な理由で守る。


 それだけのことだった。


 後ろめたさはなかった。


 守るべきものを、守っているだけだった。


 カルヴィン・レイドが、なぜ警告を送ってきたのか。


 制度の中にいながら、不当に使われる制度に加担したくない。


 バルドの見立てが、正しいと思った。


 そういう人間が、制度の中にいる。


 それは、悪くなかった。


 ――正直に動けば、正直に見てくれる人間がいる。


 それを、信じることにした。


 窓の外に月があった。


 聖夜月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。


 来週か、再来週か。


 査察が来る。


 準備は、できていた。



 第124話 査察の予兆 了

【次回・第125話 予告】


 縦穴の採掘が、また動き始めた。

 リアが「脈動が変わっています」と言った。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨320枚(変動なし)


【発展進捗・第124話時点】


・防衛  :100%(査察対応準備完了)

・食料  :95%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:92%(変化なし)


 今日の進捗:カルヴィン・レイドから個人的な警告書状(査察が近い)。四者協議ミルヴァ・アーヴィン・バルド・ヒコで対応方針決定。返書送付。ガデルに状況説明・炉では鉄を精製している対応で合意。蓄積帯の状態確認(安定・採掘停止に問題なし)。

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