第122話 東側、完成
壁が立つと、景色が変わる。
内側から見ると、守られている。
外側から見ると、近づきにくい。
――同じ壁が、二つの意味を持つ。
聖夜月、第十日。
土曜星だった。
朝から、騎士団が出ていた。
アーヴィンが先頭だった。
定期討伐の日だった。
長影月から続いていた。
今日で、五回目だった。
見送った。
いつも通りだった。
──────────────────────────────────────
午前、煙突の増設工事が終わった。
ガデルが一日で仕上げた。
煙突が、三尺(約一メートル)ほど高くなっていた。
《可視化》で煙の流れを確認した。
風に乗って、南へ流れていた。
高くなった分、拡散が早かった。
外から観察しても、以前より読みにくくなったはずだった。
「問題ありますか」
ガデルに聞いた。
「炉の調子は変わらない」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
ガデルが工房に戻った。
──────────────────────────────────────
昼過ぎ、騎士団が戻ってきた。
アーヴィンが先頭だった。
全員の顔を確認した。
無傷だった。
「どうでしたか」
「アイアンボア二頭、ブレードボア三頭。全員無傷」
「先週より一頭多いですね」
「リクの判断が早くなった。ドランも安定している」
アーヴィンが短く言った。
「肉は」
「解体場に回してある」
マルティナがすでに動いていた。
声をかける前に、段取りを組んでいた。
それでよかった。
──────────────────────────────────────
夕方、アーヴィンから声がかかった。
「壁の上に上がる。来るか」
「行きます」
二人で、東側石壁の上に立った。
完成してから、初めて上がった。
高かった。
二間(約九メートル)だった。
フォルテス領が、全部見えた。
農地が見えた。
下水網の覆いが見えた。
工房が見えた。
煙突から、薄い煙が流れていた。
施設が見えた。
領主館が見えた。
兵舎が見えた。
縦穴の覆いが見えた。
全部が、一つの場所にあった。
《可視化》を入れた。
領地全体の色を見た。
人の色が、あちこちにあった。
動いていた。
働いていた。
農地ではエルナがいた。
下水網ではクリアが動いていた。
工房ではガデルがいた。
施設ではサヤがいた。
全部が、それぞれの場所で動いていた。
解いた。
アーヴィンが領地を見ていた。
黙っていた。
風が吹いた。
聖夜月の風は、冷たかった。
──────────────────────────────────────
「次は北側だ」
アーヴィンが言った。
「工房建設が落ち着いてからですね」
「ガッツに確認した。来月から着工できる」
「魔導銀の精製が軌道に乗れば、建設費の一部を賄える可能性があります」
「どのくらいかかる」
「北側の石材費と工賃で、金貨三十枚前後だと思います。ガッツさんに正確な数字を出してもらいます」
「急がない。ただし、春前には着工したい」
「分かりました」
アーヴィンがもう一度、領地を見た。
その目が、少し違った。
仕事の目ではなかった。
別の目だった。
何かを思っているような目だった。
「アーヴィンさん」
「何だ」
「この領地、最初と比べると、だいぶ変わりましたね」
アーヴィンが少し間を置いた。
「変わった」
「良い変わり方だと思いますか」
また間を置いた。
「良い変わり方だ」
短かった。
それで十分だった。
──────────────────────────────────────
壁の上から降りた。
外側を確認した。
《可視化》を入れた。
外壁の色を見た。
均一だった。
隙間がなかった。
傾斜がついていた。
射撃孔の位置が、均等だった。
ゾルドの石組みだった。
ガッツの設計だった。
解いた。
外から見ると、近づきにくかった。
そう感じた。
それが、正しかった。
──────────────────────────────────────
夜、記録をつけた。
土曜星定期討伐、五回目。
ボア系五頭・全員無傷。
先週より一頭増。
騎士団の練度、着実に上がっている。
煙突増設完了。炉の調子変化なし。
アーヴィンと東側石壁の上に立つ。
北側石壁:来月着工予定。金貨三十枚前後の見込み。
ペンを置いた。
今日、壁の上に立った。
領地が、全部見えた。
《可視化》を入れなくても、見えた。
目で見えた。
全部が、一つの場所にあった。
それが当たり前に見えた。
ただし、当たり前ではなかった。
一つ一つ、積み上げてきた。
人が来た。
仕組みができた。
建物が立った。
全部が、今日の景色になっていた。
――積み上げたものは、景色になる。
それが、現場の答えだった。
窓の外に月があった。
聖夜月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
東側には、石壁が立っていた。
明日も、領地は動く。
エピローグ
アーヴィンは、壁の上から降りた後、一人で外周を歩いた。
夜だった。
月明かりがあった。
外壁に手をついた。
石の感触があった。
冷たかった。
固かった。
外套の内側に手を入れた。
青白い石があった。
レインの石だった。
ずっと持っていた。
フォルテス領に来てから、何度か取り出した。
取り出すたびに、思った。
お前が見たかった景色は、これか。
今日、壁の上から見た景色を、レインに見せたかった。
見せられなかった。
石を外套の内側に戻した。
外壁から手を離した。
歩き始めた。
次は、北側だ。
まだ、土塁のままだった。
石壁に変える。
それが、次の仕事だった。
――お前が見たかった領地を、作る。
声には出さなかった。
心の中で、そう言った。
それで、十分だった。
第122話 東側、完成 了
【次回・第123話 予告】
コリンが、もう一度図面を持ってきた。
「少し変えました」
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨320枚(変動なし)
【発展進捗・第122話時点】
・防衛 :100%(東側石壁完成・北側着工来月予定・煙突増設完了)
・食料 :95%(定期討伐五回目・ボア系五頭確保)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:92%(変化なし)
今日の進捗:土曜星定期討伐五回目(ボア系五頭・全員無傷・先週より一頭増)。煙突増設完了・炉の調子変化なし。アーヴィンと東側石壁の上に立つ(領地全体を確認)。北側石壁:来月着工・金貨三十枚前後の見込み。エピローグ:アーヴィン視点・レインへの思い収録。
【長さ単位・参考】
・1歩=約75センチ
・1間=6歩=約4.5メートル
・1町=60間=約270メートル
・1寸=約3センチ
・1尺=10寸=約30センチ




