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 第121話 燻製の匂いの先

 外から見えるものが増えると、内側が狙われる。


 豊かさは、旗だ。


 ――見える場所に立てれば、遠くからでも見える。

 聖夜月、第八日。


 朝、ミルヴァが執務室に来た。


「報告がある。少し長くなる」


「どうぞ」


 ミルヴァが椅子に座った。


 珍しかった。


 ミルヴァが座って報告するのは、内容が重いときだった。


──────────────────────────────────────


「ベルン商会の動きから話す」


 ミルヴァが言った。


「ハンスを切ってから、向こうは別ルートで情報収集を続けていた。それは前から把握していた」


「はい」


「最近、そのルートが変わった」


「どう変わりましたか」


「今まで、商人経由で情報を流していた。それが、直接の観察者に変わった」


「観察者」


「フォルテス領の近辺に、定期的に人が来ている。村人に紛れているわけじゃない。遠くから見ている」


 俺は少し考えた。


「何を見ているんですか」


「工房の煙だ」


 ミルヴァが続けた。


「工房に火が入ってから、煙が出るようになった。それが外から見える。ベルン商会は、その煙の質と量を観察している」


「煙の質と量で、何が分かりますか」


「炉の種類が分かる。精製しているものの大まかな種類が分かる。魔鉱石を扱う炉の煙は、普通の炉と違う」


 俺は少し間を置いた。


「つまり、工房で何をやっているかが、煙から読まれている」


「そういうことだ」


──────────────────────────────────────


「もう一つある」


 ミルヴァが続けた。


「ヴァルク男爵の動きだ」


「どんな動きですか」


「次の査察の準備を始めている。ただし、今回は前回と違う」


「どう違いますか」


「前回の査察は、形式的なものだった。規則通りに来て、規則通りに帰った。今回は、違う目的がある」


「何を調べに来ますか」


「工房だ。工房で何を作っているか。採掘で何が出ているか。それを公式に確認しに来る」


「公式に、ということは」


「記録に残る。記録に残れば、中央への報告に使える」


 俺は少し考えた。


「フォルテス領の生産力を、中央に知らせる、ということですか」


「知らせて、干渉の口実を作る。それがヴァルク男爵のやり方だ」


「時期は分かりますか」


「一ヶ月以内だと思う。準備の動きから見て」


──────────────────────────────────────


「ベルン商会とヴァルク男爵は、繋がっていますか」


「繋がっている。ただし、表向きは別々に動いている。ベルン商会が情報を集め、ヴァルク男爵が制度として動く。役割分担だ」


「その後ろに、セルヴァン・ロウがいますか」


 ミルヴァが少し間を置いた。


「可能性は高い。ただし、直接の証拠はない」


「何を狙っていると思いますか」


「施設だ。工房は入口だ」


 ミルヴァが静かに言った。


「工房で魔鉱石を扱っていると分かれば、地下に何かあると察する。地下に何かあると分かれば、施設との関係を疑う。施設を調べに来る口実になる」


「全部が繋がっている」


「繋がっている。ただし、今すぐ動いてくるわけじゃない。査察は合法だ。合法の範囲で来る」


──────────────────────────────────────


「対策はありますか」


 ミルヴァに聞いた。


「二つある」


「聞かせてください」


「一つ目。工房の煙対策だ。煙突の高さを上げるか、煙の質を変える素材を混ぜる。外から読みにくくする」


「ガデルさんに相談します」


「二つ目。査察への準備だ。来ても、見せられるものしかない状態にする。見せていいものと、見せたくないものを整理する」


「見せたくないものは何ですか」


「縦穴だ。蓄積帯だ。施設との関係だ」


「縦穴は、採掘中です」


「採掘を一時停止することも選択肢に入れておけ。査察が来たとき、縦穴に人が入っていない状態が作れるなら、その方がいい」


「分かりました」


「バルドと話しておくことも必要だ。村人への口裏合わせじゃない。情報の管理だ。何を外に出して、何を出さないか」


「バルドさんに伝えます」


──────────────────────────────────────


 ミルヴァが立ち上がった。


「監視は続ける。動きが変わったら、すぐ知らせる」


「お願いします」


 ミルヴァが出ていこうとした。


「ミルヴァさん」


 俺が言った。


 ミルヴァが振り返った。


「いつから気づいていましたか」


「燻製の匂いが漏れた頃からだ」


 扉が閉まった。


──────────────────────────────────────


 アーヴィンを呼んだ。


 バルドも呼んだ。


 四人で話した。


 ミルヴァが報告を繰り返した。


 アーヴィンが聞いていた。


 黙って聞いていた。


 バルドが聞いていた。


 メモを取っていた。


 報告が終わった。


 少し沈黙があった。


 アーヴィンが言った。


「来ても、見せられるものしかない」


「はい」


「それだけでいいのか」


「今は、それだけです」


「攻めないのか」


「合法の範囲で来るなら、合法の範囲で対応します」


 アーヴィンが少し間を置いた。


「分かった」


 バルドが口を開いた。


「村人への話は、俺がする」


「お願いします」


「口裏を合わせる必要はない。ただし、聞かれたことだけ答える。余計なことは言わない。それだけだ」


「それで十分です」


 バルドが頷いた。


「フォルテス領の人間は、賢い。心配するな」


 短かった。


 力があった。


──────────────────────────────────────


 夕方、ガデルに相談した。


「工房の煙について、お願いがあります」


「何だ」


「煙の質と量を、外から読みにくくしたい。煙突の高さを上げるか、煙の質を変える素材を混ぜることはできますか」


 ガデルが少し考えた。


「煙突は上げられる。ただし、炉の効率が少し落ちる」


「許容できる範囲ですか」


「精製には影響しない。建設に一日かかる」


「お願いします」


「素材を混ぜる方は、やらない方がいい」


「なぜですか」


「混ぜ物をすると、炉の状態が読みにくくなる。俺が困る」


「では、煙突だけで」


「それで頼む」


 ガデルが短く言った。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 ミルヴァの報告。


 ベルン商会:観察者を配置・工房の煙を監視中。


 ヴァルク男爵:査察の準備中・一ヶ月以内に来る可能性。


 目的:工房・採掘・施設との関係を公式に記録し、中央への報告に使う。


 対策。


 煙突を高くする(ガデル・明日着工)。


 査察への準備(バルドが村人への情報管理を担当)。


 縦穴の一時停止を選択肢として保持。


 ペンを置いた。


 来ても、見せられるものしかない。


 アーヴィンへの返答で、そう言った。


 本当にそうか。


 確認した。


 工房は、見せていい。


 採掘は、見せたくない。


 縦穴は、見せたくない。


 施設は、見せたくない。


 蓄積帯は、見せたくない。


 整理すると、見せていいものより、見せたくないものの方が多かった。


 ただし、見せたくないものを隠す理由がある。


 守るためだ。


 それは、後ろめたいことではなかった。


 ――守るべきものがある人間は、守る。


 それだけのことだった。


 窓の外に月があった。


 聖夜月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。


 一ヶ月以内に、査察が来るかもしれなかった。


 来ても、動じない。


 準備をする。


 それだけだった。



 第121話 燻製の匂いの先 了

【次回・第122話 予告】


 東側石壁が完成してから、初めてアーヴィンが壁の上に立った。

 「次は北側だ」


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨320枚(変動なし)


【発展進捗・第121話時点】


・防衛  :100%(煙突増設予定・査察対応準備開始)

・食料  :95%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:92%(変化なし)


 今日の進捗:ミルヴァの報告(ベルン商会が工房の煙を監視・ヴァルク男爵が査察準備中・一ヶ月以内に来る可能性)。四者協議ミルヴァ・アーヴィン・バルド・ヒコ。対策決定:煙突増設・情報管理・縦穴一時停止を選択肢として保持。ガデルに煙突増設を依頼(明日着工)。

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