第119話 火を入れる
炉に火が入るとき、現場が変わる。
建てていた場所が、動く場所になる。
――そこから、始まる。
聖夜月、第二日。
長影月が終わっていた。
月次給与を支払った。
バルドが仕切った。
全員分の袋が並んだ。
ガデルの分も、今月から加わった。
ガデルが受け取った。
袋を見た。
何も言わなかった。
そのまま作業に戻った。
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工房が完成したのは、長影月の末だった。
十二日かかった。
工期の見立て通りだった。
炉が中央にあった。
耐魔石が積み上がっていた。
高さは、俺の胸ほどだった。
黒みがかっていた。
圧迫感があった。
作業台が三台、並んでいた。
道具置き場が奥にあった。
材料置き場が入り口近くにあった。
ガデルが設計した通りだった。
ガッツが建てた通りだった。
《可視化》を入れた。
工房全体の色を見た。
耐魔石の色が、深かった。
積み重なった分だけ、蓄積していた。
炉としての形が、整っていた。
解いた。
「完成しましたね」
ガッツに言った。
「ああ」
それだけだった。
説明はなかった。
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火入れは、朝に行うことにした。
ガデルが決めた。
炉に火を入れる前に、ガデルは一人で工房に入った。
誰も呼ばなかった。
しばらくして、出てきた。
「入っていい」
ガデルが言った。
俺とガッツとゾルドが入った。
リアとルーカスも入った。
マユミも来ていた。
コリンも来ていた。
工房の中は、全員が入るとやや狭かった。
ただし、入れた。
ガデルが炉の前に立った。
道具を持っていた。
点火具だった。
「始める」
誰も何も言わなかった。
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ガデルが炉に火を入れた。
最初は、小さかった。
細い火だった。
ガデルが火口に近づけた。
耐魔石が、わずかに色を変えた。
《可視化》で見えた。
温かみが増した。
黒みが、少し赤みを帯びた。
火が、大きくなった。
ゆっくりと。
焦らずに。
ガデルは急がなかった。
炉の色が、変わっていった。
外側から内側へ、熱が伝わっていった。
《可視化》の中で、耐魔石が生きているように見えた。
蓄積していた魔力が、熱と反応し始めていた。
火が、安定した。
ガデルが少し離れた。
炉を見た。
黙っていた。
長かった。
「問題ない」
ガデルが言った。
誰も、すぐには声を出さなかった。
工房の中に、少し静寂があった。
それから、ガッツが言った。
「悪くない」
それだけだった。
それで十分だった。
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火入れの後、ガデルが最初の素材を取り出した。
縦穴から採掘した魔鉱石の一部だった。
小さな塊だった。
炉に入れた。
しばらく待った。
取り出した。
色が変わっていた。
赤みがかっていた。
ガデルが確認した。
「まだだ」
炉に戻した。
また待った。
取り出した。
「まだだ」
また戻した。
その繰り返しだった。
俺たちは黙って見ていた。
口を出すな、という条件だった。
出さなかった。
何度目かのとき、ガデルが取り出した素材を見た。
少し間を置いた。
「これだ」
素材が、変わっていた。
金属としての形が、出始めていた。
まだ粗かった。
形も整っていなかった。
ただし、光り方が違った。
《可視化》で見た。
色が、深かった。
魔力を含んでいた。
密度が高かった。
「魔導銀ですか」
「原石だ。精製はこれからだ」
「どのくらいかかりますか」
「この量なら、三日」
「三日で」
「急かすな」
ガデルが短く言った。
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夕方、人が散っていく中で、マユミが残っていた。
ガデルの近くにいた。
ガデルが気づいた。
マユミを見た。
少し間があった。
「久しぶりだな」
ガデルが言った。
「そうだな」
マユミが言った。
それが、再会の挨拶だった。
「双剣は」
「ある」
「見せろ」
マユミが双剣を抜いた。
カグラとヒナギが、工房の中で光った。
炉の火が揺れていた。
その光の中で、双剣が輝いた。
赤みがかった光だった。
ガデルが近づいた。
双剣を見た。
手は触れなかった。
職人が、自分の仕事を見る目だった。
長かった。
俺は《可視化》を入れた。
双剣の色を確認した。
精霊の色があった。
カグラとヒナギが、そこにいた。
炉の火に反応するように、色が少し揺れていた。
解いた。
「よく使いこんでいるな」
ガデルが言った。
「手に馴染んできた」
「刃こぼれはないか」
「ない」
「手入れは」
「してる」
ガデルが少し頷いた。
「帰ってきたら見せに来ると言っていたな」
「覚えてたのか」
「職人は、自分の作ったものを忘れない」
マユミが少し黙った。
「ちゃんと使ってる」
「見れば分かる」
それだけだった。
ガデルが炉に向き直った。
マユミが双剣を収めた。
それで、再会は終わりだった。
短かった。
それでよかった。
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夜、記録をつけた。
聖夜月入り。月次給与支払い。ガデル分を追加。
工房完成。炉に初火入れ。問題なし。
魔鉱石の試作精製開始。原石の形が出始めた。
精製完了まで三日の見込み。
マユミとガデルの再会。緋閃の双刃を確認。カグラ・ヒナギ健在。
ペンを置いた。
今日、炉に火が入った。
工房が動く場所になった。
マユミとガデルが、短い言葉を交わした。
それだけのことだった。
ただ、その「それだけ」に、時間が詰まっていた。
双剣が作られたのは、ずっと前だった。
それが、今日の炉の火の前で光った。
全部が、繋がっていた。
――現場では、全部が繋がっている。
知らないうちに、繋がっている。
窓の外に月があった。
聖夜月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
工房の炉は、今夜も静かに燃えていた。
始まりの火だった。
エピローグ
ガッツは、工房の外に出てから、もう一度振り返った。
炉の火が、窓から見えた。
赤かった。
温かかった。
工房を建てるのに、十二日かかった。
ガッツにとっては、短くはなかった。
ガデルという職人は、細かかった。
爪の先ほどのずれを指摘した。
内壁の組み方に口を出した。
炉の位置を変えさせた。
それでも、ガッツは腹を立てなかった。
正しかったからだ。
ガデルの指摘は、全部正しかった。
正しいことを言う人間には、従う。
それがガッツの流儀だった。
火が入った炉を見たとき、ガッツは思った。
この炉は、長く使われる。
細かく作ったから。
丁寧に積んだから。
最初の爪の先ほどのずれを、直したから。
建物は、作った人間の仕事の質を、ずっと覚えている。
それが、ガッツが現場で学んだことだった。
――悪くない仕事だった。
ガッツはそう思った。
声には出さなかった。
それで、十分だった。
第119話 火を入れる 了
【次回・第120話 予告】
三日後、ガデルが工房から出てきた。
手に、何かを持っていた。
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【領地収支】
・所持金 :金貨320枚(-金貨7枚)
・収入 :冒険者固定給 金貨30枚
勲爵士給与 金貨12枚
合計 金貨42枚
・支出 :月次固定支出 金貨約33枚相当
(建設班・農業班・騎士団・役職者・専門職・マルティナ・ガデル含む)
工房建築費 金貨 16枚
(石材・木材・副資材・炉用金属部材・作業台・収納・工具棚)
合計 金貨約49枚相当
【発展進捗・第119話時点】
・防衛 :100%(変化なし)
・食料 :95%(変化なし)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:90%(工房完成・初火入れ・試作精製開始)
今日の進捗:聖夜月入り・月次給与支払い(ガデル分追加)。工房完成・炉に初火入れ。魔鉱石の試作精製開始・原石の形が出始めた・精製完了まで三日。マユミとガデルの再会・緋閃の双刃を確認(カグラ・ヒナギ健在)。エピローグ:ガッツ視点収録。




