↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
262/493

 第119話 火を入れる

 炉に火が入るとき、現場が変わる。


 建てていた場所が、動く場所になる。


 ――そこから、始まる。

 聖夜月、第二日。


 長影月が終わっていた。


 月次給与を支払った。


 バルドが仕切った。


 全員分の袋が並んだ。


 ガデルの分も、今月から加わった。


 ガデルが受け取った。


 袋を見た。


 何も言わなかった。


 そのまま作業に戻った。


──────────────────────────────────────


 工房が完成したのは、長影月の末だった。


 十二日かかった。


 工期の見立て通りだった。


 炉が中央にあった。


 耐魔石が積み上がっていた。


 高さは、俺の胸ほどだった。


 黒みがかっていた。


 圧迫感があった。


 作業台が三台、並んでいた。


 道具置き場が奥にあった。


 材料置き場が入り口近くにあった。


 ガデルが設計した通りだった。


 ガッツが建てた通りだった。


 《可視化》を入れた。


 工房全体の色を見た。


 耐魔石の色が、深かった。


 積み重なった分だけ、蓄積していた。


 炉としての形が、整っていた。


 解いた。


「完成しましたね」


 ガッツに言った。


「ああ」


 それだけだった。


 説明はなかった。


──────────────────────────────────────


 火入れは、朝に行うことにした。


 ガデルが決めた。


 炉に火を入れる前に、ガデルは一人で工房に入った。


 誰も呼ばなかった。


 しばらくして、出てきた。


「入っていい」


 ガデルが言った。


 俺とガッツとゾルドが入った。


 リアとルーカスも入った。


 マユミも来ていた。


 コリンも来ていた。


 工房の中は、全員が入るとやや狭かった。


 ただし、入れた。


 ガデルが炉の前に立った。


 道具を持っていた。


 点火具だった。


「始める」


 誰も何も言わなかった。


──────────────────────────────────────


 ガデルが炉に火を入れた。


 最初は、小さかった。


 細い火だった。


 ガデルが火口に近づけた。


 耐魔石が、わずかに色を変えた。


 《可視化》で見えた。


 温かみが増した。


 黒みが、少し赤みを帯びた。


 火が、大きくなった。


 ゆっくりと。


 焦らずに。


 ガデルは急がなかった。


 炉の色が、変わっていった。


 外側から内側へ、熱が伝わっていった。


 《可視化》の中で、耐魔石が生きているように見えた。


 蓄積していた魔力が、熱と反応し始めていた。


 火が、安定した。


 ガデルが少し離れた。


 炉を見た。


 黙っていた。


 長かった。


「問題ない」


 ガデルが言った。


 誰も、すぐには声を出さなかった。


 工房の中に、少し静寂があった。


 それから、ガッツが言った。


「悪くない」


 それだけだった。


 それで十分だった。


──────────────────────────────────────


 火入れの後、ガデルが最初の素材を取り出した。


 縦穴から採掘した魔鉱石の一部だった。


 小さな塊だった。


 炉に入れた。


 しばらく待った。


 取り出した。


 色が変わっていた。


 赤みがかっていた。


 ガデルが確認した。


「まだだ」


 炉に戻した。


 また待った。


 取り出した。


「まだだ」


 また戻した。


 その繰り返しだった。


 俺たちは黙って見ていた。


 口を出すな、という条件だった。


 出さなかった。


 何度目かのとき、ガデルが取り出した素材を見た。


 少し間を置いた。


「これだ」


 素材が、変わっていた。


 金属としての形が、出始めていた。


 まだ粗かった。


 形も整っていなかった。


 ただし、光り方が違った。


 《可視化》で見た。


 色が、深かった。


 魔力を含んでいた。


 密度が高かった。


「魔導銀ですか」


「原石だ。精製はこれからだ」


「どのくらいかかりますか」


「この量なら、三日」


「三日で」


「急かすな」


 ガデルが短く言った。


──────────────────────────────────────


 夕方、人が散っていく中で、マユミが残っていた。


 ガデルの近くにいた。


 ガデルが気づいた。


 マユミを見た。


 少し間があった。


「久しぶりだな」


 ガデルが言った。


「そうだな」


 マユミが言った。


 それが、再会の挨拶だった。


「双剣は」


「ある」


「見せろ」


 マユミが双剣を抜いた。


 カグラとヒナギが、工房の中で光った。


 炉の火が揺れていた。


 その光の中で、双剣が輝いた。


 赤みがかった光だった。


 ガデルが近づいた。


 双剣を見た。


 手は触れなかった。


 職人が、自分の仕事を見る目だった。


 長かった。


 俺は《可視化》を入れた。


 双剣の色を確認した。


 精霊の色があった。


 カグラとヒナギが、そこにいた。


 炉の火に反応するように、色が少し揺れていた。


 解いた。


「よく使いこんでいるな」


 ガデルが言った。


「手に馴染んできた」


「刃こぼれはないか」


「ない」


「手入れは」


「してる」


 ガデルが少し頷いた。


「帰ってきたら見せに来ると言っていたな」


「覚えてたのか」


「職人は、自分の作ったものを忘れない」


 マユミが少し黙った。


「ちゃんと使ってる」


「見れば分かる」


 それだけだった。


 ガデルが炉に向き直った。


 マユミが双剣を収めた。


 それで、再会は終わりだった。


 短かった。


 それでよかった。


──────────────────────────────────────


 夜、記録をつけた。


 聖夜月入り。月次給与支払い。ガデル分を追加。


 工房完成。炉に初火入れ。問題なし。


 魔鉱石の試作精製開始。原石の形が出始めた。


 精製完了まで三日の見込み。


 マユミとガデルの再会。緋閃の双刃を確認。カグラ・ヒナギ健在。


 ペンを置いた。


 今日、炉に火が入った。


 工房が動く場所になった。


 マユミとガデルが、短い言葉を交わした。


 それだけのことだった。


 ただ、その「それだけ」に、時間が詰まっていた。


 双剣が作られたのは、ずっと前だった。


 それが、今日の炉の火の前で光った。


 全部が、繋がっていた。


 ――現場では、全部が繋がっている。


 知らないうちに、繋がっている。


 窓の外に月があった。


 聖夜月の月だった。


 フォルテス領の夜は、静かだった。


 工房の炉は、今夜も静かに燃えていた。


 始まりの火だった。



エピローグ


 ガッツは、工房の外に出てから、もう一度振り返った。


 炉の火が、窓から見えた。


 赤かった。


 温かかった。


 工房を建てるのに、十二日かかった。


 ガッツにとっては、短くはなかった。


 ガデルという職人は、細かかった。


 爪の先ほどのずれを指摘した。


 内壁の組み方に口を出した。


 炉の位置を変えさせた。


 それでも、ガッツは腹を立てなかった。


 正しかったからだ。


 ガデルの指摘は、全部正しかった。


 正しいことを言う人間には、従う。


 それがガッツの流儀だった。


 火が入った炉を見たとき、ガッツは思った。


 この炉は、長く使われる。


 細かく作ったから。


 丁寧に積んだから。


 最初の爪の先ほどのずれを、直したから。


 建物は、作った人間の仕事の質を、ずっと覚えている。


 それが、ガッツが現場で学んだことだった。


 ――悪くない仕事だった。


 ガッツはそう思った。


 声には出さなかった。


 それで、十分だった。



 第119話 火を入れる 了

【次回・第120話 予告】


 三日後、ガデルが工房から出てきた。

 手に、何かを持っていた。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨320枚(-金貨7枚)

・収入 :冒険者固定給 金貨30枚

      勲爵士給与 金貨12枚

 合計         金貨42枚

・支出 :月次固定支出 金貨約33枚相当

      (建設班・農業班・騎士団・役職者・専門職・マルティナ・ガデル含む)

     工房建築費  金貨 16枚

      (石材・木材・副資材・炉用金属部材・作業台・収納・工具棚)

 合計         金貨約49枚相当


【発展進捗・第119話時点】


・防衛  :100%(変化なし)

・食料  :95%(変化なし)

・水   :90%(変化なし)

・住居  :75%(変化なし)

・インフラ:90%(工房完成・初火入れ・試作精製開始)


 今日の進捗:聖夜月入り・月次給与支払い(ガデル分追加)。工房完成・炉に初火入れ。魔鉱石の試作精製開始・原石の形が出始めた・精製完了まで三日。マユミとガデルの再会・緋閃の双刃を確認(カグラ・ヒナギ健在)。エピローグ:ガッツ視点収録。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。