第116話 石壁が立つ
待つ間にも、現場は積み上がる。
返事を待っている間、石が積まれていた。
――気づいたとき、景色が変わっている。
長影月、第二十日。
耐魔石は、まだ来ていなかった。
タウルスの見立てでは、早くてあと五日。
遅ければ十日以上かかる。
焦っても仕方がなかった。
その間も、領地は動いていた。
──────────────────────────────────────
朝、アーヴィンが来た。
「東側石壁、完成した」
短かった。
それだけだった。
「見に行きます」
「ああ」
二人で東側へ向かった。
石壁が、そこにあった。
高さ八メートルだった。
傾斜がついていた。
射撃孔が、一定間隔で並んでいた。
正門側からずっと続いていた。
見上げた。
空が、少し狭くなった感じがした。
守られている、という感覚だった。
《可視化》を入れた。
石壁の色を見た。
均一だった。
ゾルドが組んだ内壁と、同じ色の密度だった。
隙間がなかった。
強かった。
解いた。
「ガッツさんとゾルドさんに伝えておきます」
「ゾルドは縦穴の拡張中だ。後でいい」
「分かりました」
アーヴィンが壁の上を見た。
「次は北側だ」
「工期の見通しは」
「二ヶ月。東側と同じペースなら」
「耐魔石が来たら工房建設が始まります。建設班が分散します」
「優先順位は」
「工房を優先します。北側石壁はその後でいいです」
アーヴィンが少し間を置いた。
「工房が先か」
「生産拠点が整えば、石壁の材料も自前で調達できるようになります。長い目で見れば、その方が速い」
アーヴィンが頷いた。
「分かった」
それで終わりだった。
──────────────────────────────────────
昼、ガデルを縦穴の前で見かけた。
毎日、来ていた。
覆いの中に入って、縦穴を覗く。
そして、出てくる。
それだけだった。
触れることはしていなかった。
見るだけだった。
「今日も来ていたんですか」
「ああ」
「何か分かるんですか」
ガデルが少し考えた。
「変わっていない」
「それは良いことですか」
「安定している、ということだ。悪くない」
ガデルが縦穴の方を見た。
「耐魔石が来たら、すぐ動けるか」
「工房の設計はガッツさんと確定しています。材料が来れば、翌日から着工できます」
「分かった」
ガデルが覆いを出た。
その背中を見た。
毎日、来ている。
耐魔石を待っている間も。
職人だった。
──────────────────────────────────────
午後、縦穴の拡張状況を確認した。
ゾルドが縦穴の中にいた。
声をかけた。
「進捗はどうですか」
ゾルドが上を向いた。
「明日、終わる」
「直径は」
「一・五メートルになる。内壁も組み直す」
「お疲れ様です」
ゾルドが短く頷いた。
また下を向いた。
作業に戻った。
《可視化》で縦穴の内部を確認した。
壁面が、少し広くなっていた。
ゾルドの仕事は、丁寧だった。
一石ずつ、確かめながら積んでいた。
急いでいなかった。
──────────────────────────────────────
夕方、《可視化》の練習をした。
今日は、領地の全体を、順番に確認した。
東側石壁。完成していた。色が均一だった。
北側。土塁のままだった。石壁化はこれからだった。
農地。二期作の苗が育っていた。昨日より、少し大きかった。
下水網。クリアが巡回していた。スラッジが底にいた。
施設。地脈が安定していた。
縦穴。ゾルドが作業を続けていた。
蓄積帯。呼吸していた。変わらなかった。
全部を確認した。
時間は、五分ほどだった。
以前なら、こうはいかなかった。
第六段階になってから、確認の速さが変わった。
一箇所ずつ、絞って確認する。
それが、今のやり方だった。
解いた。
頭に圧力は来なかった。
──────────────────────────────────────
夜、ガッツが来た。
「タウルスから連絡が来た」
「耐魔石ですか」
「ああ。あと七日で届く」
「予定通りですね」
「品質も問題ない。ガデルが指定した石種だ」
「ガデルさんに伝えましたか」
「これから伝える」
ガッツが出ていった。
七日後に、耐魔石が届く。
それから、工房建設が始まる。
順番が、見えてきた。
──────────────────────────────────────
夜、記録をつけた。
東側石壁、完成。
次は北側。工房建設を優先するため、着工は後回し。
縦穴拡張、明日完成予定。直径一・五メートル。
耐魔石、七日後に到着予定。品質確認済み。
蓄積帯、変化なし・安定継続。
ペンを置いた。
今日、石壁が完成した。
見上げたとき、空が狭くなった感じがした。
それは、守られているということだった。
最初にフォルテス領に来たとき、何もなかった。
今は、石壁が立っている。
八メートルの石壁が、東側に続いていた。
変わった。
フォルテス領は、確かに前に進んでいた。
ただ、変わったことに、慣れていく。
慣れていくと、見えなくなる。
――だから、記録をつける。
変わったことを、忘れないために。
窓の外に月があった。
長影月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
東側には、石壁が立っていた。
七日後には、耐魔石が来る。
一つ一つ、積み上がっていた。
第116話 石壁が立つ 了
【次回・第117話 予告】
長影月、第二十七日。
耐魔石が届いた。
ガデルが荷を開けた。
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨354枚(変動なし)
【発展進捗・第116話時点】
・防衛 :100%(東側石壁化・完成)
・食料 :95%(二期作の苗、成長中)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:85%(縦穴拡張・明日完成予定/耐魔石・七日後到着予定)
今日の進捗:東側石壁完成(高さ八メートル)。次の北側石壁は工房建設後に着手方針。縦穴拡張、明日完成予定(直径一・五メートル)。耐魔石、七日後到着予定・品質確認済み。《可視化》で領地全体を五分で確認(第六段階の定着)。蓄積帯、安定継続。




