第115話 職人の目
職人同士が出会うとき、言葉より先に目が動く。
相手の手を見る。
現場を見る。
――それで、大抵のことは分かる。
長影月、第十六日。
朝、ガデルとガッツが向き合った。
執務室ではなかった。
縦穴の覆いの前だった。
ガデルが指定した。
話は、現場でする。
それがガデルのやり方だった。
ガッツは何も言わなかった。
黙って覆いの前に立った。
二人が向き合った。
俺は少し離れて見ていた。
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ガデルがガッツを見た。
頭から足まで、一度だけ見た。
ガッツもガデルを見た。
同じだった。
どちらも、何も言わなかった。
ガデルが覆いを見た。
「これを作ったか」
「ああ」
「縦穴の内壁は」
「ゾルドが組んだ」
「ゾルドというのは」
「石工だ。俺の現場にいる」
ガデルが少し頷いた。
「内壁の石組みを見た。見事だ」
「そうだな」
ガッツが短く言った。
自分の仕事ではなかった。
ゾルドの仕事だった。
それでも、否定しなかった。
正しいことは、正しいと言う。
それがガッツだった。
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「工房の設計を話したい」
ガデルが言った。
「ああ」
「炉が必要だ。魔鉱石を扱う炉は、普通の炉とは違う」
「どう違う」
「温度が高い。魔力が必要だ。炉の材料も選ぶ」
「材料は何を使う」
「耐魔石だ。普通の石材では溶ける」
「耐魔石の調達は」
「俺が指定する。お前が手配しろ」
ガッツが少し考えた。
「タウルスのルートで調達できるか」
「できる。ただし、時間がかかる」
「どのくらいだ」
「十日から二十日。量による」
「量は俺が決める」
「決めたら教えろ。発注する」
ガッツが短く頷いた。
二人のやりとりは、速かった。
余計なことは言わなかった。
必要なことだけを、順番に確認した。
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「工房の場所はどこにする」
ガッツが聞いた。
「縦穴から近い方がいい。素材を運ぶ距離を短くしたい」
「南側か」
「施設から遠すぎるか」
「遠くはない。ただし、農地に近くなる」
「煙が出る。農地への影響は」
「風向きを見て決める。ヒコに確認する」
ガッツが俺を見た。
「南側の農地への煙の影響、どう思う」
俺は少し考えた。
「《可視化》で風向きを確認しました。この時期は北寄りの風が多いです。南側に工房を置けば、煙は南へ流れます。農地への影響は少ない」
「なら南側で問題ない」
ガデルが言った。
「施設との位置関係は」
「施設から二十メートルほど離れれば十分です。熱と煙が施設に影響しない距離です」
「分かった」
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「工房の大きさはどのくらいが必要ですか」
俺が聞いた。
「炉一基。作業台三台。材料置き場。道具置き場。それだけあれば動ける」
「広さで言うと」
「十五坪あれば十分だ」
「将来、拡張する可能性は」
ガデルが少し考えた。
「ある。拡張しやすい設計にしておけ」
ガッツが図面を取り出した。
昨日の夜に、ざっくりと下書きしていた。
「これを見ろ」
ガデルが図面を見た。
黙って見た。
長かった。
ガデルが指で一か所を示した。
「ここの導線が死んでいる」
「どういう意味だ」
「炉から作業台への動線だ。ここを通ると、熱を背中で受ける。作業効率が落ちる」
ガッツが図面を見た。
少し黙った。
「確かに」
否定しなかった。
正しいと判断したら、認める。
それもガッツだった。
「どう変える」
「炉をここに移す。作業台との関係が、こうなる」
ガデルが図面に線を引いた。
ガッツが見た。
「悪くない」
それだけだった。
それが、ガッツの最高評価だった。
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昼前に、大枠が固まった。
炉の位置。
作業台の配置。
材料置き場の場所。
拡張用の余白。
二人で決めた。
俺はほとんど何も言わなかった。
言う必要がなかった。
二人が、全部決めた。
「着工はいつだ」
ガデルが俺に聞いた。
「耐魔石の調達を確認してから、改めて確認します。ガッツさん、タウルスさんへの発注は今日できますか」
「できる」
「お願いします」
「分かった」
ガッツが図面を畳んだ。
ガデルが縦穴の方を見た。
「あの縦穴、もう少し広げられるか」
「直径ですか」
「採掘道具を入れる。一・五メートルあった方がいい」
「ゾルドに確認します」
「頼む」
ガデルが覆いを出た。
ガッツも出た。
二人は並んで歩いていた。
低い声で、何かを話していた。
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昼、ゾルドに確認した。
「縦穴の直径を一・五メートルに広げられますか」
「広げられる。内壁を一部やり直す必要がある」
「どのくらいかかりますか」
「三日から五日」
「お願いできますか」
「明日から始める」
ゾルドが短く言った。
それで終わりだった。
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夕方、ガデルが一人で縦穴の覆いの前に立っていた。
覆いに手をついていた。
俺は少し離れたところから、《可視化》で確認した。
ガデルの色が、縦穴の方向に向いていた。
静かな色だった。
昼間に見たときとは、少し違った。
仕事の色ではなかった。
別の色だった。
何かを思っているような色だった。
近づかなかった。
邪魔をしなかった。
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夜、記録をつけた。
工房設計の概要決定。
場所:施設南側・縦穴から近い場所。
規模:十五坪・拡張余白あり。
耐魔石:タウルス経由で発注。十日から二十日で到着予定。
縦穴拡張:直径一・五メートルへ。ゾルド担当・三日から五日。
ペンを置いた。
今日、二人の職人が出会った。
ガデルとガッツ。
どちらも、余計なことを言わなかった。
必要なことだけを言った。
それで、全部が決まった。
現場で大事なのは、言葉の量ではない。
質だ。
必要なことを、必要なだけ言える人間が、現場を動かす。
――今日の二人は、そういう人間だった。
窓の外に月があった。
長影月の月だった。
フォルテス領の夜は、静かだった。
工房は、まだなかった。
耐魔石も、まだ来ていなかった。
それでも、今日から、始まっていた。
エピローグ
ガデルは、その夜、昔のことを考えた。
緋閃の双刃を作ったのは、数ヶ月前だったか。
あの素材は、特別だった。
普通の鍛冶では扱えない素材だった。
それでも、作った。
作れた。
今日、縦穴の底で触れたものは、あのときの素材とは違った。
しかし、同じ感触があった。
生きている、という感触だった。
鉱石が生きているというのは、普通ではない。
長年やってきて、二度目だった。
一度目は、緋閃の双刃の素材、緋晶鋼だった。
あのとき、ガデルは迷った。
作るべきか、どうか。
生きている素材に手を入れることへの、迷いがあった。
結局、作った。
後悔はしていない。
あの双剣は、良いものになった。
今度も、同じかもしれなかった。
生きているものを、壊さずに使う。
それが、今回の仕事だった。
できるかどうか、まだ分からなかった。
ただ、試みる価値はあった。
それで、来た。
それだけだった。
――見たことがないものには、近づきたくなる。
それが、ガデルという職人だった。
炉に火が入るのは、まだ先だった。
今夜は、それでいい。
第115話 職人の目 了
【次回・第116話 予告】
耐魔石を待つ間、縦穴の拡張が進んだ。
東側石壁が、完成した。
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【領地収支】
・所持金 :金貨354枚(変動なし)
【発展進捗・第115話時点】
・防衛 :100%(東側石壁化・完成まであと三日)
・食料 :95%(変化なし)
・水 :90%(変化なし)
・住居 :75%(変化なし)
・インフラ:85%(工房設計確定・耐魔石発注・縦穴拡張着手)
今日の進捗:ガデルとガッツが工房設計を協議・大枠決定(南側十五坪・拡張余白あり)。耐魔石をタウルス経由で発注(到着まで十〜二十日)。縦穴を直径一・五メートルに拡張決定・ゾルドが明日から着手。エピローグ:ガデル視点(緋閃の双刃の記憶・生きている素材との二度目の出会い)。




