第二十四話「Dランク試験」
水曜日の朝。
目が覚めた。
今日だ。
Dランク試験。
昨夜、段取りを組んだ。
セリウスから聞いた試験内容は三部構成だった。
状況判断。情報共有。対処行動。
俺がやることは一つだ。
スキルで状況を把握して、マユミに伝える。
マユミが動く。
ゴブリン討伐でやったことと同じだ。
同じことを、もう一度やる。
それだけだ。
食堂に降りた。
マユミがいた。
今日は少し早かった。
「おはよう」
「おはようございます。よく眠れましたか」
「眠れた。お前は」
「眠れました」
「嘘くさいな」
「……少し浅かったです」
マユミは少し笑った。
「正直でいい」
マルティナが朝食を出した。
今日はいつもより少し多かった。
「試験の日だろ。しっかり食え」
「ありがとうございます」
「緊張してるか」
「少し」
「それでいい」
マルティナはそれだけ言って、また厨房に戻った。
マユミが言った。
「マルティナさん、試験のことを知ってたのか」
「セリウスさんから聞いたんじゃないですか。この街の人間は顔が繋がっていますから」
「そうだな」
朝食を食べた。
マユミが途中で言った。
「今日、アーヴィンが試験に関わってくる可能性があると思うか」
「あります」
「なぜ」
「セリウスさんがアーヴィンを把握していて、アーヴィンが俺を見ていた。タイミングが良すぎます」
「意図的だと思うか」
「たぶん」
マユミは少し考えた。
「何のために」
「俺のスキルを、もう少し詳しく確認したいのかもしれません。ゴブリン討伐で一度見ている。今回は試験という形で、もう少し踏み込んで見たい」
「セリウスさんが、か」
「セリウスさんか、アーヴィンか、あるいは両方か。どちらにしても、今日は普通にやるだけです」
「普通に、か」
「段取り通りに動く。それだけです」
マユミは頷いた。
「わかった。お前を信じる」
「ありがとうございます」
試験会場はギルドの裏手にある訓練場だった。
広い砂の広場。周囲に木製の柵。観覧席が少しある。
着いたとき、すでに先客がいた。
セリウスが中央に立っていた。
その隣に。
背の高い男がいた。
革鎧。腰に長剣。無口で、静かで、ただ立っているだけなのに、存在感があった。
マユミが小声で言った。
「アーヴィンだ」
「やっぱり来ましたね」
「嘘だろ、試験に」
俺は深く息を吸った。
吐いた。
段取りは組んである。
やるだけだ。
セリウスが言った。
「来ましたね。今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「紹介します。今日の試験補助として、アーヴィン殿に協力をお願いしました」
アーヴィンは俺たちを見た。
無口だった。
頷いただけだった。
でも、目が動いた。
マユミを一瞬見た。
それから俺を見た。
少し長く、見た。
スキルで確認した。
男。職業の雰囲気……冒険者。でもそれだけじゃない。何か別のものが重なっている。
体の状態。
消耗していない。まったく。
余裕がある、というより、底が見えない感じだった。
数字はまだ見えない。でも、今まで感じたことのない種類の「余裕」だった。
……強い。
理屈ではなく、感覚でわかった。
セリウスが試験の説明を始めた。
「試験は三部構成です。第一部、状況判断。第二部、情報共有。第三部、対処行動。それぞれ五分間です」
「アーヴィン殿の役割は」
「模擬的な魔物役です。実際に攻撃はしません。ただし、動きは本物に近い形で動いてもらいます」
マユミが小声で言った。
「模擬魔物役がアーヴィンか。本物より怖いかもしれない」
「そうですね」
「お前は怖くないのか」
「怖いです。でも、怖いからこそちゃんと確認します。怖いのが正しい反応だと思っています」
マユミは少し笑った。
「それ、最初の頃も言ってたな」
「染みついているので」
第一部、状況判断。
セリウスが状況を説明した。
「草原で採取中、前方に魔物が一体現れました。距離は三十メートル。あなたたちの装備と体力は通常通りです。どう行動しますか。制限時間は三十秒です」
俺はすぐにスキルで確認した。
アーヴィンが草原役として少し離れた位置に立っていた。
体の状態を確認した。
余裕がある。消耗ゼロ。
「マユミさん」
「うん」
「元気です。消耗ゼロ。逃げます」
「理由は」
「消耗していない相手と、採取装備で戦う理由がありません。勝てる根拠がない」
マユミはセリウスを見た。
「撤退します。街道方向に後退して、ギルドに報告します」
セリウスがメモを取った。
「理由を聞かせてください」
「ヒコから情報をもらいました。相手が消耗していないことを確認した上で、戦闘を避けました」
「ヒコさん、どうやって確認しましたか」
「スキルです。体の状態がわかります」
「数字は見えますか」
「まだ見えません。元気か消耗しているか、という感覚レベルです」
セリウスは頷いた。
第二部、情報共有。
「採取中、草むらに複数の気配を感じました。数と位置を把握して、マユミさんに伝えてください」
アーヴィンが草むら役の場所に移動した。
それから、セリウスが補助役として別の位置に立った。
二体の模擬魔物だ。
俺はスキルで確認した。
アーヴィン。余裕がある。右前方、二十メートル。
セリウス。落ち着いている。左後方、三十五メートル。
「マユミさん、二体います。一体目、右前方二十メートル。余裕があります。二体目、左後方三十五メートル。落ち着いています。どちらも消耗していません」
「両方元気か」
「はい。正面突破は難しいです」
「逃げ道は」
「北側が開いています。二体の間を抜ける形になりますが、右前方の一体が距離を詰めてくる前に通過できれば逃げられます」
「タイミングは」
「今です。右前方の一体が動く前に」
マユミが動いた。
北側に走った。
アーヴィンが少し動いた。
でも、マユミの方が速かった。
通過した。
セリウスがメモを取った。
「情報の精度と伝達速度、判断の速さ。問題ありませんでした」
第三部、対処行動。
「一体の魔物と正面から対峙しています。戦闘を選択した場合、どう動きますか」
アーヴィンが正面に立った。
距離は十メートル。
マユミが短剣を抜いた。
俺はスキルで確認した。
アーヴィンの体の状態。
変わらない。余裕がある。底が見えない。
「マユミさん、消耗していません。慎重に」
「わかった」
「左側に動きの癖があります」
「どうわかる」
「重心が少し左に偏っています」
マユミは少し間を置いた。
それから、右側に動いた。
アーヴィンが左に動いた。
マユミの読み通りだった。
マユミが右から短剣を走らせた。
寸止めだった。
静かになった。
セリウスがメモを取った。
アーヴィンが初めて口を開いた。
「重心の偏りに気づいたのは、お前か」
俺を見ていた。
「はい」
「どうやって」
「スキルです。体の状態が見えます」
アーヴィンはしばらく俺を見た。
目が、少し動いた。
何かを確認するような目だった。
「……なるほど」
それだけだった。
でも、その二文字に重さがあった。
試験が終わった。
セリウスが俺たちの前に立った。
「二人とも、合格です」
マユミが小さく拳を握った。
「Dランクになれますか」
「手続きをすれば、今週中に発行できます」
「ありがとうございます」
俺はセリウスに聞いた。
「アーヴィンさんを試験に呼んだのは、なぜですか」
セリウスは少し間を置いた。
「経験豊富な補助役が必要でした」
「それだけですか」
「……それだけではありません」
セリウスは俺を見た。
「あなたのスキルが、実戦でどこまで機能するか。それを確認したかった。アーヴィン殿は、その確認に最も適した人物です」
「なぜアーヴィンさんが適しているんですか」
「それは、今日のところは答えられません」
セリウスは静かに言った。
壁だった。
でも、正直な壁だった。
「わかりました。いつか教えてもらえますか」
「準備ができたら、話します」
それだけだった。
アーヴィンが帰り際、俺の横を通った。
立ち止まった。
俺を見た。
「一つ聞いていいか」
「はい」
「そのスキル、いつから使えている」
俺は少し間を置いた。
セリウスの言葉が頭をよぎった。
知られたくない人間もいる。
でも、今日の試験でスキルの存在はすでに見えている。アーヴィンは使い方まで確認した。隠す意味はない。ただ、詳細を話す必要もない。
「この街に来た最初の日からです。ただ、最初はほとんど何もわかりませんでした」
「今は何がわかる」
「少しずつ増えています。それだけです」
アーヴィンは少し黙った。
「増えている、か」
「はい」
「……そうか」
また、それだけだった。
アーヴィンは歩き出した。
振り返らなかった。
でも、去り際の背中が、少し違う気がした。
何かを抱えている背中だった。
マルティナが言っていた。
疲れた人間だ。何かを背負っている。
今日、少しだけ、その意味がわかった気がした。
ギルドでDランクの手続きをした。
新しいカードが出てきた。
Eランクのときより、少し重かった。
マユミも受け取った。
二人で並んで、カードを見た。
「Dランクだ」
マユミが言った。
「そうですね」
「感想は」
「次のことを考えています」
「次?」
「Dランクになれば、危険区域の小規模討伐が受けられます。依頼の幅が広がります。どの依頼から始めるか、段取りを組まないといけません」
マユミはしばらく俺を見た。
それから、笑った。
「お前らしいな」
「そうですか」
「普通は達成感に浸るところだ」
「浸ってもいいですが、次の段取りが先です」
「……まあ、それがお前だな」
マユミは自分のカードを見た。
「でも、少しくらい喜んでいいぞ」
「そうですね」
俺はカードを手の平に乗せた。
Dランク。
少しだけ、嬉しかった。
正直に言えば。
宿に戻った。
マルティナに報告した。
「二人ともDランクになりました」
マルティナはカードを一枚ずつ確認した。
「よかったな」
「ありがとうございます」
「今夜は奮発する」
「また肉ですか」
「肉だ。文句あるか」
「ないです」
マルティナは少し笑った。
今夜の食堂は、また少し賑やかだった。
部屋に戻った。
窓の外を見た。
夜のアーゼルタウン。
今日、Dランクになった。
アーヴィンと初めて話した。
セリウスがまだ話せないことがある、と言った。
点が増えた。
でも、今夜はそれでいい。
今日は、Dランクになった日だ。
それだけでいい。
目を閉じた。
第二十四話「Dランク試験」 了




