第59話 ルーカス
人は、出会い方で印象が決まることがある。
ただし、印象は最初だけだ。
現場で何をするかが、その人間の本質だ。
――だから、最初の印象を信じすぎない。
昼前、領地の入口に向かった。
アーヴィンとミルヴァが同行した。
リアも来た。
止めなかった。
師匠の別の弟子と会う場に、リアがいるのは自然だった。
入口の手前で、一人の人物が待っていた。
三十代だった。
中肉中背。
旅装だった。
荷物が、多かった。
本と記録の束が、背嚢から覗いていた。
旅人というより、記録を運ぶ学者のようだった。
俺は《可視化》を使った。
──────────────────────────────────────
色が、見えた。
落ち着いた色だった。
ただし、奥に別の色があった。
疲労の色だった。
長い旅の色だった。
それと、もう一つ。
緊張の色だった。
ただし、敵意ではなかった。
初めての場所に来た者の、緊張の色だった。
俺が近づいた。
「フォルテス領主、ヒコ・フォルティスです。
遠いところからありがとうございます」
「ルーカス・ヴェインです。
手紙をいただいていました」
静かな声だった。
その瞬間、リアが止まった。
──────────────────────────────────────
俺はリアを見た。
《可視化》でリアの色を確認した。
揺れていた。
ただし、崩れていなかった。
整えようとしている色だった。
ルーカスがリアを見た。
ルーカスの色が、変わった。
驚きの色だった。
「……もしかして、ヴェラ先生の」
リアが少し間を置いた。
「リアです。師匠に教わっていました」
ルーカスが少し目を細めた。
「そうですか。
先生から、話を聞いていました」
「師匠から」
「はい。優秀な弟子がいると。
いつか会うかもしれないと」
その場の空気が、少し静かになった。
俺は少し待った。
二人の時間だった。
──────────────────────────────────────
席を設けた。
ルーカスが荷物を下ろした。
背嚢から、革装丁の本を取り出した。
「師匠の記録です。
全部ではありません。ただし、重要な部分は持ってきました」
リアが本を見た。
手を伸ばしかけて、止めた。
「触れても、いいですか」
「はい。リアさんなら」
リアが本を受け取った。
ページを開いた。
文字を見た。
俺には、リアの表情しか分からなかった。
ただし、その表情で十分だった。
師匠の筆跡だと、分かったはずだ。
──────────────────────────────────────
「南東の装置を壊したのは、ルーカスさんですか」
俺が聞いた。
ルーカスが少し間を置いた。
「はい。私が壊しました」
「どこから来ましたか」
「南方から来ています。
装置を追って、北に上がってきました」
「南方から、ずっと装置を追っていたのですか」
「はい。三年前から」
三年前。
エルドが言っていた数字と、重なった。
「南方の地脈乱れが、表面化し始めた時期ですね」
ルーカスが少し止まった。
「……よく知っていますね」
「南方から来た方々に、話を聞きました」
「エルドたちですか」
俺は少し止まった。
「知っていますか」
「南方で、一度会いました。
ここにいると思っていませんでしたが」
ミルヴァが俺を見た。
俺は少しうなずいた。
続けていい、という意味だった。
──────────────────────────────────────
「手紙に書いてあった文字の件ですが」
「はい。師匠の本に、似た文字の記録があります」
ルーカスが本の別のページを開いた。
「タナールの言語系統の文字です。
師匠は、この文字を研究していました」
リアが別のページを見た。
「……師匠が、ここまで調べていたとは」
「先生は、装置の無力化方法を探していました。
そのために、タナールの言語を学んだ」
「どこまで分かりましたか」
「無力化の基本構造は、記録にあります。
ただし、最新の装置設計には対応していません。
設計が進化しているからです」
コリンが聞いていた。
「最新の装置というのは、南方経由で改良されたものですか」
「そうです。
タナール系の研究者が、南方の地脈を使って設計を改良した。
師匠の記録は、改良前の設計に対応しています」
「改良後の設計に、対応できますか」
「リアさんとタウルス翁の知識があれば、
組み合わせで対応できる可能性があります」
──────────────────────────────────────
タウルスを呼んだ。
タウルスとルーカスが顔を合わせた。
タウルスの色が変わった。
認識の色だった。
「……タナールの研究を追っていた若者がいると、聞いていました」
「タウルス翁の話は、師匠から聞いていました。
生きておられたとは」
「お互い、しぶとい」
タウルスが短く言った。
ルーカスが少し笑った。
俺はその場を見た。
タウルス・ルーカス・リア。
三人が、それぞれ別の場所でタナールの研究を追っていた。
それが、ここで交わった。
現場では、こういうことが起きる。
段取りではなく、流れが人を運ぶ。
──────────────────────────────────────
午後、四人で話し合った。
タウルス・ルーカス・リア・コリンだった。
俺は端に座って、聞いていた。
ゼドも同席した。
師匠の記録と、タウルスの記録と、ゼドの一族の記録が、一か所に集まった。
「三つの記録を照合すれば、
最新の装置設計への対応が見えてくる可能性があります」
ルーカスが言った。
「どのくらい時間がかかりますか」
「一週間から十日だと思います」
「急ぎますか」
「急いだ方がいい理由があります」
「どういうことですか」
ルーカスは少し間を置いた。
「セルヴァンが、王都に向かっています。
王都で何かをしようとしている。
私には、その目的が分かっていません。
ただし、急いでいることは確かです」
「セルヴァンが王都で何かをする前に、
装置への対応を固めたいということですか」
「はい。対応が固まれば、
次に装置が来ても、すぐに動けます」
──────────────────────────────────────
夕方、ルーカスに一つだけ聞いた。
「ルーカスさんは、これからどうしますか」
「師匠の研究を、完成させたいと思っています。
装置への完全な対応手段を、作りたい」
「ここで、研究を続けることはできますか」
「お願いできれば、ありがたいです。
ただし、負担をかけたくありません」
「負担ではありません。
ルーカスさんの知識は、この領地に必要です」
ルーカスは少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
静かな言葉だった。
長い旅をしてきた者の、ようやく辿り着いた色だった。
──────────────────────────────────────
夜、リアが俺のところに来た。
「師匠の記録を、読みました」
「どうでしたか」
「師匠が、何を考えていたか。
やっと全部、分かりました」
「何が分かりましたか」
リアは少し間を置いた。
「師匠は、装置への対応だけを考えていたわけではありませんでした。
その先を考えていました」
「その先、とは」
「地脈を安定させる仕組みを、広めること。
一か所だけではなく、各地に」
俺は少し止まった。
「施設のような機能を、広げるということですか」
「師匠は、そう考えていたと思います。
ただし、一人では無理だった。
だから、記録を残した」
コリンが隣に来た。
何も言わなかった。
ただし、リアの隣に立った。
リアは少し間を置いた。
「……師匠の仕事を、続けます」
短く言った。
それだけだった。
それで十分だった。
──────────────────────────────────────
眠る前に、俺は今日を整理した。
ルーカスが来た。
師匠の記録が揃った。
三つの記録が一か所に集まった。
最新の装置への対応が見えてきた。
セルヴァンが王都で何かをしようとしている。
リアが師匠の意図を完全に理解した。
人が集まると、現場が変わる。
一人では見えなかったものが、見えるようになる。
三つの記録が揃った今、次の段取りが見えてきた。
――段取りが見えれば、現場は動ける。
第59話 ルーカス 了
【次回予告】
三つの記録の照合が始まった。
アーヴィンが、騎士団候補の名前を持ってきた。
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨386枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :100%(変化なし)
・食料 :88%(変化なし)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :45%(基礎工事継続中)
・インフラ:57%(変化なし)
今日の進捗:ルーカス・ヴェインが来訪。師匠ヴェラの記録を持参。リアと初対面。タウルスとも旧知と判明。師匠の記録・タウルスの記録・ゼドの記録の三つが揃い、最新装置への対応の照合作業を開始。セルヴァンが王都で何かをしようとしていることが判明。ルーカスが領地に留まることを了承。リアが師匠の真の意図(地脈安定化の仕組みを広める)を理解。




