第45話 基礎が入った
基礎が入った日、現場は静かだった。
派手なことは何もなかった。
石が、定位置に収まっただけだ。
――ここが狂わなければ、上は崩れない。
正門側の基礎石が、全て入った。
ガッツが最後の石を確認した。
手のひらで表面を叩いた。
音を確かめた。
膝をついて、接合部を指でなぞった。
立ち上がった。
「よし」
それだけだった。
弟子の二人が顔を見合わせた。
ゾルドが石を手のひらに乗せたまま、ガッツを見た。
「終わりですか」
「基礎が終わっただけだ。
ここからが仕事だ」
ガッツは既に次の工程を見ていた。
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俺は《可視化》で基礎石全体を確認した。
負荷の分布が、均一だった。
一か所だけ、わずかに色が濃い部分があった。
「ガッツさん、正門から右に七枚目、少し負荷が集中しています」
ガッツが七枚目の石に手をかけた。
「……地盤だな。石の下が少し柔らかい」
「修正が必要ですか」
「今すぐではない。
ただし、三段積んだら確認する。
そのときに判断する」
「分かりました」
俺は記録した。
いま直す箇所じゃない。
だが、忘れる箇所でもない。
現場には、そういう箇所が必ずある。
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午前中、ミルヴァが俺を呼んだ。
建設現場から少し離れた場所に来た。
「ベルン商会から、ハンスへの指示が変わった」
「内容は」
「今までは情報を寄越せ、という要求だった。
今回は違う」
ミルヴァは少し間を置いた。
「『領主に会いたい人間がいる。場を作れ』という内容だ」
俺は少し考えた。
「会いたい人間、というのは誰ですか」
「名前は出ていない。
ただし、商人という名目で来る」
「ベルン商会の人間ですか」
「分からない。
ハンスも知らないと言っている。
ただし、普通の商人ではないと思う」
俺は整理した。
情報収集から、接触へ。
向こうが動き方を変えた。
「ミルヴァさんはどう見ますか」
「タナールの流れを汲む者か、ヴァルクの直接の使いか。
どちらかだと思う」
「両方の可能性がありますか」
「ある。ベルン商会はヴァルクの情報機関だが、
タナール系の者がヴァルクを利用している可能性もある」
俺は少し考えた。
向こうが場を指定してこない時点で、主導権はまだこちらにある。
「会います」
ミルヴァが少し止まった。
「理由は」
「断れば、向こうは別の手を使います。
会えば、向こうが何を求めているか分かります。
情報は、現場で取る方が早いです」
「リスクがある」
「あります。ただし、会わないリスクの方が大きいと思います」
ミルヴァは少し間を置いた。
「……分かった。場を設定する。
ただし、条件がある」
「どうぞ」
「アーヴィンを近くに置く。
俺も同席する。
相手の人数は三名以下に限定する」
「全部、了解です」
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昼、アーヴィンに話した。
「ベルン商会から接触の要求がありました。
会うことにしました」
アーヴィンは短く言った。
「罠の可能性がある」
「あります。ただし、会わない方が損だと判断しました」
「俺が近くにいる」
「はい。お願いします」
アーヴィンは少し間を置いた。
「相手の色は、お前が見る」
「はい。それが一番の情報になります」
「いつ来る」
「まだ決まっていません。ミルヴァさんが調整中です」
「分かった」
マユミが隣で聞いていた。
「俺も近くにいる」
「マユミさんは少し離れた場所でお願いします。
近くに戦力が集中していると、向こうが警戒します」
「……分かった。でも、何かあれば飛び込む」
「それで助かります」
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午後、民兵の訓練があった。
今日で四日目だった。
俺は訓練場の端に立って、《可視化》を使った。
四日間、同じ場所から見ていた。
色の変化が、少しずつ分かってきた。
リクの動線は、今日も短かった。
昨日より、周囲の動きへの対応が速かった。
潜在能力の色は、まだ「そこそこ」だった。
ただし、昨日と今日で、層の見え方が違った。
昨日より、奥行きが増していた。
――成長しているのか。
それとも、俺の見方が慣れてきただけなのか。
まだ判断できない。
もう少し見る。
一人、気になる民兵がいた。
名前はタムという、三十代の男だった。
やる気があった。
色が明るかった。
動きも悪くなかった。
ただし、層が薄かった。
四日見て、変わっていなかった。
今は良く見えるが、伸び幅に限界がある可能性があった。
――配置を考える必要があるかもしれない。
使えないわけじゃない。使い方が違うだけだ。
前線向きではなく、別の役割がある可能性があった。
ただし、まだ言わない。
もう少し見てから、アーヴィンに相談する。
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訓練が終わった後、リクが俺に近づいてきた。
「ヒコさん、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「俺、向いていますか」
俺は少し考えた。
正直に答えるべきか。
ただし、何をもって「向いている」と言うか。
「今見えているのは、動線が効率的だということです。
周囲の動きを見ながら自分の位置を調整できています」
「それって、向いているってことですか」
「素質の一つだと思います。
ただし、俺には断言できません。
実戦を経ないと分からない部分があります」
リクは少し間を置いた。
「正直に言ってくれてありがとうございます」
「急いで判断しません。リクさんが現場で見せてくれれば、それが答えになります」
リクはうなずいた。
満足した顔ではなかった。
ただし、納得した顔だった。
それで十分だと思った。
判断は、後からついてくる。
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夕方、ゼドが来た。
「施設の感知範囲が、また広がりました」
「どの程度ですか」
「昨日まで外堀の内側だったものが、外堀の外側まで広がっています」
「魔物の侵入を、早期に察知できるようになりますか」
「なります。ただし、まだ全周ではありません。
北側と東側が先に広がっています」
「南側と西側は」
「もう少し時間がかかります。
地脈の流れの方向に沿って広がるため、北と東が先になります」
俺は少し考えた。
「感知範囲が広がると、俺への情報量も増えますか」
「増えます。ただし、サヤさんが地上を担当しています。
今のところ、負荷は分散されています」
「今のところ、ということは」
「感知範囲が全周に広がったとき、負荷が増える可能性があります。
そのときに備えて、役割の分担をより明確にしておく必要があります」
「分かりました。サヤさんと確認します」
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夜、サヤと話した。
「ゼドさんから感知範囲の話を聞きました」
「はい。広がっています」
「全周に広がったとき、俺への負荷が増えますか」
サヤは少し間を置いた。
「増えます。ただし、私が地上の感知を担当します。
あなたは地下と、領地内の人の状態に集中してください」
「それで、分散できますか」
「完全にはできません。ただし、許容範囲に収まると思います」
「許容範囲を超えたら、どうなりますか」
「判断が鈍ります。前にも経験したことがあります」
俺は少し止まった。
「前というのは、いつですか」
「三百年前の記録にあります。
管理者が情報量に圧倒されて、誤った判断をした記録です」
「その結果は」
「地脈が一時的に乱れました。
周辺の農地に影響が出ました。
判断を急いだ結果です」
俺は記録した。
許容範囲を超えたら、農地に影響が出る。
それは、今の段階では許容できない。
「分かりました。負荷が増えてきたら、すぐに言います。
一人で抱えません」
サヤが静かに言った。
「それが、正しい判断です」
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眠る前に、俺は今日を整理した。
基礎石が全て入った。
ベルン商会から接触の要求が来た。
施設の感知範囲が広がった。
リクが自分の適性を聞きに来た。
タムの配置を検討し始めた。
一日で、複数の現場が動いていた。
それぞれが、繋がっていた。
石壁が進むほど、向こうは焦る。
施設が戻るほど、向こうは動く。
民兵が育つほど、向こうは別の手を使う。
全部、同じ流れの中にあった。
――現場は、一か所じゃない。
全部の現場が、同時に動いている。
それを見渡す目が、今の俺には必要だ。
見えるものほど疑え。
ただし、見続けろ。
それが、今の俺の仕事だ。
第45話 基礎が入った 了
【次回予告】
ベルン商会からの使者が来た。
名乗った名前を、ミルヴァが知っていた。
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【領地収支】
・所持金 :金貨224枚(−10)
・収入 :なし
・支出 :石材調達費 金貨10枚
【発展進捗】
・防衛 :99%(施設の感知範囲が外堀外側まで拡大・北側・東側)
・食料 :68%(変化なし・収穫目前)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:43%(正門側基礎石全投入完了・石積み本格化へ)
今日の進捗:正門側基礎石が全て入り石積み本格化へ。ベルン商会から接触要求。「商人」名目の使者と会うことを決定・アーヴィン・ミルヴァが同席予定。施設の感知範囲が外堀外側まで拡大(北・東側先行)。感知範囲全周化に備えサヤとの役割分担を確認。リクが適性を自ら問いに来る。民兵タムの配置検討を開始。




