第44話 見えているものが、正しいとは限らない
スキルが上がった翌朝、俺は一つのことを決めた。
見えたものを、すぐに信じない。
それが、今の段階でできる最大の慎重さだった。
――道具は使い方を間違えると、現場を壊す。
民兵の訓練場に、初めて《可視化》を持ち込んだ。
アーヴィンが十名の民兵を並べていた。
全員、昨日より姿勢が整っていた。
三週間の訓練の蓄積が、体に出ていた。
「今日から少し変わる」
アーヴィンが民兵に言った。
「動きを見る目が増える。気にするな。いつも通りやれ」
民兵が短くうなずいた。
俺は訓練場の端に立った。
《可視化》を、薄く使った。
──────────────────────────────────────
十名の色が、見えた。
疲労の分布が、一人ずつ違った。
右肩に蓄積している者が三人。
腰に負荷がかかっている者が二人。
全体的に均一に疲れている者が五人。
これは鮮明に見えた。
次に、もう少し深く見た。
潜在能力の層を、探った。
色が、歪んでいた。
全員、昨日より気合が入っていた。
「領主が見ている」という意識が、色を押し上げていた。
――これは、今日だけの色だ。
いつもの訓練の色ではない。
俺は一度、《可視化》を絞った。
疲労と動線だけに戻した。
潜在能力の判断は、今日はしない。
もう少し、普段の状態を見てからだ。
──────────────────────────────────────
訓練が始まった。
アーヴィンが動きの型を指示した。
民兵が動いた。
俺は動線を見た。
リクの動きが、他と違った。
動線が短かった。
無駄がなかった。
ただし、それだけではなかった。
周囲の動きを見ながら、自分の位置を微調整していた。
指示された動きをしながら、周りの穴を埋めていた。
意識してやっているのか、無意識なのか。
俺には判断できなかった。
ただし、無意識でやっているなら、厄介だ。
リクの色は、今日は「そこそこ」だった。
気合が入っているが、突出してはいない。
――これが本来の色なのか、今日だけの色なのか。
まだ分からない。
──────────────────────────────────────
訓練の途中で、一人が転んだ。
ドランの部下の若い民兵だった。
足元の石を踏んで、バランスを崩した。
大きな怪我ではなかった。
ただし、膝を打っていた。
アーヴィンが訓練を一時止めた。
俺はその民兵に近づいた。
《可視化》で膝の状態を確認した。
「打撲だけです。骨には問題ありません。
今日の訓練はここまでにした方がいいと思います」
民兵が顔を上げた。
「まだやれます」
「やれる、とやるべき、は違います。
明日動けない方が、現場としては損です。
今日休んで、明日動ける状態にする方が現場の判断として正しいです」
民兵は少し間を置いた。
「……分かりました」
アーヴィンが俺を見た。
何も言わなかった。
ただし、短くうなずいた。
──────────────────────────────────────
転んだ原因を確認した。
足元の石が問題だった。
訓練場の地面に、小さな石が混ざっていた。
《可視化》で地面を確認した。
他にも三か所、足場が不安定な場所があった。
「アーヴィンさん、訓練を再開する前に地面を整えた方がいいと思います。
足場が不安定な箇所が三か所あります」
アーヴィンが確認した。
「……どこだ」
俺が三か所を指定した。
アーヴィンが民兵に指示を出した。
石を取り除き、土を踏み固めた。
十分もかからなかった。
「続ける」
訓練が再開した。
──────────────────────────────────────
訓練の後半、俺はもう一度だけ潜在能力の層を見た。
今度は、気合が少し落ち着いていた。
一時間動いた後の色だった。
より本来に近い状態だと思った。
十名の色を、一人ずつ確認した。
やる気がある者が三名、色が明るかった。
動きも良かった。
ただし、明るさと深さは別だった。
明るい色の中に、層が薄い者がいた。
今は良く見えるが、伸び幅が小さい可能性があった。
逆に、色が地味な者の中に、層が厚い者がいた。
目立たないが、時間をかければ伸びる可能性があった。
――これが、歪みだ。
やる気が色を押し上げている。
本来の層を、感情が覆っている。
どちらが正しいか、今の俺には断言できない。
記録だけしておく。
判断は、もう少し後でする。
──────────────────────────────────────
訓練が終わった。
民兵が引き上げる中、ルナが訓練場の端にいた。
いつからいたのか分からなかった。
柵の外から、訓練を見ていた。
俺はルナの近くを通った。
何気なく、《可視化》を使った。
止まった。
ルナの色が、他と違った。
表層は薄かった。
子供らしい、落ち着いた色だった。
ただし、その奥が違った。
層が、深かった。
底が見えなかった。
――見てはいけないものを、見ている感覚があった。
他の民兵と比べると、表層と奥行きの落差が異常だった。
――何だ、これは。
俺は《可視化》を絞った。
もう一度、確認した。
変わらなかった。
表層は薄い。
奥は、底が見えない。
魔力の素養だと思った。
ただし、どの方向に向いているかは分からなかった。
言語化できなかった。
確信だけがあった。
──────────────────────────────────────
ルナが俺に気づいた。
「領主様、訓練見てたんですか」
「はい。ルナさんも見ていましたか」
「うん。リクさんが格好よかった」
俺は少し考えた。
今は、何も言わない。
この確信を、どう使うか。
まだ判断できる段階ではない。
「リクさんは、動きが上手くなっていますね」
「ねー。最初と全然違う」
ルナは笑った。
子供らしい笑いだった。
表層の色と、まったく同じ色の笑いだった。
奥にあるものを、本人はまだ知らない。
それでいい、と思った。
今は、それでいい。
──────────────────────────────────────
夕方、カインが来た。
「バルドさんから話を聞きました。
書記の件、引き受けます」
「ありがとうございます。
訓練後に、俺が確認した状態を口頭で伝えます。
それを書き留めてもらえれば十分です」
「分かりました。どういう形式で書けばいいですか」
「名前・部位・状態・一言コメントの四つで十分です。
難しく考えなくていいです」
カインは少し考えた。
「……ヒコさん、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「スキルで、俺の色はどう見えますか」
俺は《可視化》でカインを確認した。
落ち着いた色だった。
三週間前より、揺れが少なかった。
向いている方向が、定まってきていた。
潜在能力の層は、中程度だった。
ただし、現在の状態が安定していた。
色が歪んでいなかった。
「落ち着いた色です。向いている方向が定まってきています」
「それだけですか」
「今見えているのは、それだけです」
カインは少し間を置いた。
「……それで十分です」
短く言った。
用件を済ませて、去った。
──────────────────────────────────────
夜、俺は今日の記録を整理した。
民兵十名の疲労分布。
足場の修正箇所。
リクの動線の特徴。
ルナの色の異常。
カインの状態の安定。
全部、記録した。
ただし、判断は保留した。
潜在能力の判断は、最低でも一週間見る必要がある。
一度の訓練で見えたものを信じない。
感情が色を歪ませる。
やる気が色を押し上げる。
本来の層を見るには、普段の状態を積み重ねる必要がある。
――これは、現場の人間の評価と同じだ。
一日見ただけで判断するな。
現場を見続けろ。
数字じゃなく、流れを見ろ。
スキルが上がっても、やることは変わらない。
見えるものほど疑え。それが現場のやり方だ。
第44話 見えているものが、正しいとは限らない 了
【次回予告】
石壁化の正門側、基礎石が全て入った。
ベルン商会から、新たな動きがあった。
──────────────────────────────────────
【領地収支】
・所持金 :金貨234枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :99%(民兵訓練に《可視化》第四段階を初投入・足場整備完了)
・食料 :68%(変化なし・収穫目前)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:40%(変化なし)
今日の進捗:民兵訓練に《可視化》第四段階を初投入。疲労分布・動線・足場の不安定箇所を確認・修正。潜在能力の感知を試みるが、感情による色の歪みを確認し判断を保留。リクの動線の特徴を記録。ルナの色に異常な奥行きを感知・確信を持つが本人には伝えず。カインが訓練後の民兵状態の書記を引き受け。




