表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

187/193

 第44話 見えているものが、正しいとは限らない

 スキルが上がった翌朝、俺は一つのことを決めた。


 見えたものを、すぐに信じない。


 それが、今の段階でできる最大の慎重さだった。


 ――道具は使い方を間違えると、現場を壊す。

 民兵の訓練場に、初めて《可視化》を持ち込んだ。


 アーヴィンが十名の民兵を並べていた。


 全員、昨日より姿勢が整っていた。


 三週間の訓練の蓄積が、体に出ていた。


「今日から少し変わる」


 アーヴィンが民兵に言った。


「動きを見る目が増える。気にするな。いつも通りやれ」


 民兵が短くうなずいた。


 俺は訓練場の端に立った。


 《可視化》を、薄く使った。


──────────────────────────────────────


 十名の色が、見えた。


 疲労の分布が、一人ずつ違った。


 右肩に蓄積している者が三人。

 腰に負荷がかかっている者が二人。

 全体的に均一に疲れている者が五人。


 これは鮮明に見えた。


 次に、もう少し深く見た。


 潜在能力の層を、探った。


 色が、歪んでいた。


 全員、昨日より気合が入っていた。


 「領主が見ている」という意識が、色を押し上げていた。


 ――これは、今日だけの色だ。


 いつもの訓練の色ではない。


 俺は一度、《可視化》を絞った。


 疲労と動線だけに戻した。


 潜在能力の判断は、今日はしない。


 もう少し、普段の状態を見てからだ。


──────────────────────────────────────


 訓練が始まった。


 アーヴィンが動きの型を指示した。


 民兵が動いた。


 俺は動線を見た。


 リクの動きが、他と違った。


 動線が短かった。


 無駄がなかった。


 ただし、それだけではなかった。


 周囲の動きを見ながら、自分の位置を微調整していた。


 指示された動きをしながら、周りの穴を埋めていた。


 意識してやっているのか、無意識なのか。


 俺には判断できなかった。


 ただし、無意識でやっているなら、厄介だ。


 リクの色は、今日は「そこそこ」だった。


 気合が入っているが、突出してはいない。


 ――これが本来の色なのか、今日だけの色なのか。


 まだ分からない。


──────────────────────────────────────


 訓練の途中で、一人が転んだ。


 ドランの部下の若い民兵だった。


 足元の石を踏んで、バランスを崩した。


 大きな怪我ではなかった。


 ただし、膝を打っていた。


 アーヴィンが訓練を一時止めた。


 俺はその民兵に近づいた。


 《可視化》で膝の状態を確認した。


「打撲だけです。骨には問題ありません。

 今日の訓練はここまでにした方がいいと思います」


 民兵が顔を上げた。


「まだやれます」


「やれる、とやるべき、は違います。

 明日動けない方が、現場としては損です。

 今日休んで、明日動ける状態にする方が現場の判断として正しいです」


 民兵は少し間を置いた。


「……分かりました」


 アーヴィンが俺を見た。


 何も言わなかった。


 ただし、短くうなずいた。


──────────────────────────────────────


 転んだ原因を確認した。


 足元の石が問題だった。


 訓練場の地面に、小さな石が混ざっていた。


 《可視化》で地面を確認した。


 他にも三か所、足場が不安定な場所があった。


「アーヴィンさん、訓練を再開する前に地面を整えた方がいいと思います。

 足場が不安定な箇所が三か所あります」


 アーヴィンが確認した。


「……どこだ」


 俺が三か所を指定した。


 アーヴィンが民兵に指示を出した。


 石を取り除き、土を踏み固めた。


 十分もかからなかった。


「続ける」


 訓練が再開した。


──────────────────────────────────────


 訓練の後半、俺はもう一度だけ潜在能力の層を見た。


 今度は、気合が少し落ち着いていた。


 一時間動いた後の色だった。


 より本来に近い状態だと思った。


 十名の色を、一人ずつ確認した。


 やる気がある者が三名、色が明るかった。


 動きも良かった。


 ただし、明るさと深さは別だった。


 明るい色の中に、層が薄い者がいた。


 今は良く見えるが、伸び幅が小さい可能性があった。


 逆に、色が地味な者の中に、層が厚い者がいた。


 目立たないが、時間をかければ伸びる可能性があった。


 ――これが、歪みだ。


 やる気が色を押し上げている。


 本来の層を、感情が覆っている。


 どちらが正しいか、今の俺には断言できない。


 記録だけしておく。


 判断は、もう少し後でする。


──────────────────────────────────────


 訓練が終わった。


 民兵が引き上げる中、ルナが訓練場の端にいた。


 いつからいたのか分からなかった。


 柵の外から、訓練を見ていた。


 俺はルナの近くを通った。


 何気なく、《可視化》を使った。


 止まった。


 ルナの色が、他と違った。


 表層は薄かった。


 子供らしい、落ち着いた色だった。


 ただし、その奥が違った。


 層が、深かった。


 底が見えなかった。


 ――見てはいけないものを、見ている感覚があった。


 他の民兵と比べると、表層と奥行きの落差が異常だった。


 ――何だ、これは。


 俺は《可視化》を絞った。


 もう一度、確認した。


 変わらなかった。


 表層は薄い。


 奥は、底が見えない。


 魔力の素養だと思った。


 ただし、どの方向に向いているかは分からなかった。


 言語化できなかった。


 確信だけがあった。


──────────────────────────────────────


 ルナが俺に気づいた。


「領主様、訓練見てたんですか」


「はい。ルナさんも見ていましたか」


「うん。リクさんが格好よかった」


 俺は少し考えた。


 今は、何も言わない。


 この確信を、どう使うか。


 まだ判断できる段階ではない。


「リクさんは、動きが上手くなっていますね」


「ねー。最初と全然違う」


 ルナは笑った。


 子供らしい笑いだった。


 表層の色と、まったく同じ色の笑いだった。


 奥にあるものを、本人はまだ知らない。


 それでいい、と思った。


 今は、それでいい。


──────────────────────────────────────


 夕方、カインが来た。


「バルドさんから話を聞きました。

 書記の件、引き受けます」


「ありがとうございます。

 訓練後に、俺が確認した状態を口頭で伝えます。

 それを書き留めてもらえれば十分です」


「分かりました。どういう形式で書けばいいですか」


「名前・部位・状態・一言コメントの四つで十分です。

 難しく考えなくていいです」


 カインは少し考えた。


「……ヒコさん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「スキルで、俺の色はどう見えますか」


 俺は《可視化》でカインを確認した。


 落ち着いた色だった。


 三週間前より、揺れが少なかった。


 向いている方向が、定まってきていた。


 潜在能力の層は、中程度だった。


 ただし、現在の状態が安定していた。


 色が歪んでいなかった。


「落ち着いた色です。向いている方向が定まってきています」


「それだけですか」


「今見えているのは、それだけです」


 カインは少し間を置いた。


「……それで十分です」


 短く言った。


 用件を済ませて、去った。


──────────────────────────────────────


 夜、俺は今日の記録を整理した。


 民兵十名の疲労分布。

 足場の修正箇所。

 リクの動線の特徴。

 ルナの色の異常。

 カインの状態の安定。


 全部、記録した。


 ただし、判断は保留した。


 潜在能力の判断は、最低でも一週間見る必要がある。


 一度の訓練で見えたものを信じない。


 感情が色を歪ませる。


 やる気が色を押し上げる。


 本来の層を見るには、普段の状態を積み重ねる必要がある。


 ――これは、現場の人間の評価と同じだ。


 一日見ただけで判断するな。


 現場を見続けろ。


 数字じゃなく、流れを見ろ。


 スキルが上がっても、やることは変わらない。


 見えるものほど疑え。それが現場のやり方だ。



 第44話 見えているものが、正しいとは限らない 了

【次回予告】


 石壁化の正門側、基礎石が全て入った。

 ベルン商会から、新たな動きがあった。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨234枚(変化なし)

・収入  :なし

・支出  :なし


【発展進捗】


・防衛  :99%(民兵訓練に《可視化》第四段階を初投入・足場整備完了)

・食料  :68%(変化なし・収穫目前)

・水   :83%(変化なし)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:40%(変化なし)


 今日の進捗:民兵訓練に《可視化》第四段階を初投入。疲労分布・動線・足場の不安定箇所を確認・修正。潜在能力の感知を試みるが、感情による色の歪みを確認し判断を保留。リクの動線の特徴を記録。ルナの色に異常な奥行きを感知・確信を持つが本人には伝えず。カインが訓練後の民兵状態の書記を引き受け。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ