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 第43話 音が、消えた

 朝、現場に入った瞬間に分かった。


 音が、消えていた。


 いや、違う。


 石を叩く音も、土を踏む音も、指示の声も――

 全部、耳には入っていた。


 だが、それが「音」として認識できなかった。


 距離が分からない。

 方向が分からない。

 どれが誰の声かも分からない。


 現場の音が、意味を失っていた。


 ――代わりに、別のものが見えていた。

 ガッツに言われた通り、朝から石積みの現場に入った。


 ガッツが最初の石を指定した。


「ここを見ろ。角の処理だ」


 石と石の接合部を、ガッツが指でなぞった。


「隙間が均一じゃないと、上に積んだとき歪む。

 歪みが蓄積すると、崩れる」


「どこで判断しますか」


「目と手だ。測るより、触った方が早い」


 俺はガッツの手の動きを見た。


 《可視化》を使った。


 その瞬間だった。


──────────────────────────────────────


 音が、消えた。


 代わりに、線が見えた。


 石と石の接合部に、細い線が走った。


 赤い線だった。


 隙間が均一でない部分だけ、赤くなっていた。


 それだけではなかった。


 石の内部に、負荷の流れが見えた。


 上から押さえる力が、どこに集中するか。


 どこが弱いか。


 どこが崩れるか。


 全部、色で見えた。


 俺は少し止まった。


 ガッツが俺を見た。


「どうした」


「……少し、待ってください」


──────────────────────────────────────


 視界が、広がっていた。


 石積みだけではなかった。


 土塁全体が見えた。


 負荷のかかっている部分が、濃い色で浮き上がっていた。


 人の動きが見えた。


 弟子の一人が石を運ぶ動線が、線として見えた。


 その線の中に、無駄があった。


 三歩遠回りしている。


 なぜその動線になっているか、理由も見えた。


 足元の石材の置き方が、動線を狭めていた。


 石材の置き場所を二メートル右にずらせば、動線が最短になる。


 ゾルドの動きが見えた。


 石の持ち方に、左肩への偏りがあった。


 このまま続ければ、夕方までに左肩に疲労が蓄積する。


 全部が見えた。


 ――いや、違う。


 一つに意識を向けた瞬間、

 それ以外がぼやける。


 焦点を当てた場所だけが、鮮明になる。


 全部を同時には扱えない。


 さらにもう一つ。


 見えている“色”が、何を意味するのか。


 それは、まだ分からない。


 読み違えれば、逆に壊す。


──────────────────────────────────────


 全部が、同時に入ってきた。


 石の歪み。

 人の動き。

 足場の沈み。

 地面の下の流れ。


 区別がつかない。


 どれが先で、どれが後か分からない。


 情報が、順番を持たずに流れ込んでくる。


 ――処理が追いつかない。


 俺は《可視化》を絞った。


 石積みの現場だけに、絞った。


 頭の重さが、少し引いた。


 ――全部見ようとするな。


 必要なものだけ見る。


 それが、使い方だ。


──────────────────────────────────────


 ガッツがまだ俺を見ていた。


「何が見えた」


 俺は正直に答えた。


「石の負荷が、色で見えました。

 どこが弱いか、どこが崩れやすいか」


 ガッツは少し間を置いた。


「……今の石積みで、問題はあるか」


 俺は《可視化》で接合部を確認した。


「正門から左に三枚目の石、右端の隙間が少し広いです。

 今すぐ崩れるわけではありませんが、上に積み重ねると歪みが出ます」


 ガッツが三枚目の石を確認した。


 手のひらで触った。


 しばらく確認した。


「……合ってる」


 短いが、迷いがなかった。


「他には」


「ゾルドさんの石の持ち方に、左肩への偏りがあります。

 今日の夕方までには疲労が蓄積します」


 ガッツがゾルドを見た。


 何も言わずに、ゾルドの元に歩いて行った。


「持ち方を変えろ。右に重心を移せ」


 ゾルドが持ち方を変えた。


 俺の《可視化》の中で、偏りの色が薄くなった。


──────────────────────────────────────


 ガッツが戻ってきた。


「スキルか」


「はい。段階が上がったようです」


「いつから」


「今朝、現場に入った瞬間です」


 ガッツは少し考えた。


「使えるな」


「ただし、全部を同時に見ると頭に負荷がかかります。

 絞って使う必要があります」


「何でも使いすぎると壊れる。道具と同じだ」


 ガッツはそれだけ言って、現場に戻った。


 職人の評価は、短い。


 それで十分だった。


──────────────────────────────────────


 午前中、俺は《可視化》を絞りながら現場を歩いた。


 石積みの進捗を確認した。


 危険な箇所を三か所見つけた。


 もう一つ、気になる箇所があった。


 石積みの中央付近。

 負荷の色が、わずかに歪んでいた。


 崩れるほどではない。

 今すぐ手を入れる必要もない。


 ――触るべきか、触らないべきか。


 俺は一瞬迷った。


 判断材料はある。

 だが、その“意味”をまだ完全に理解していない。


 読み違えれば、余計に崩す可能性がある。


 俺は、その箇所には手を入れなかった。


 そのまま作業を進めた。


 全部、作業前に修正した。


 動線の無駄を二か所見つけた。


 石材の置き場所を変えた。


 弟子の一人が、動線が変わったことに気づいた。


「なんで動きやすくなったんだ」


 別の弟子が首を傾けた。


「石材の置き場が変わったからじゃないか」


「誰が変えた」


 二人が俺を見た。


「俺です。邪魔でしたか」


「……いや、動きやすい」


 ガッツが遠くから見ていた。


 何も言わなかった。


──────────────────────────────────────


 昼、アーヴィンに話した。


「スキルが、段階が上がりました」


「どう変わった」


「負荷と動線が見えるようになりました。

 人の疲労も、色で分かります」


 アーヴィンは少し間を置いた。


「民兵の訓練に使えるか」


「はい。ただし、全員を同時に見ると精度が落ちます。

 少人数から試した方がいいと思います」


「分かった。明日の訓練から入れる」


 マユミが俺を見た。


「今、俺の色は見えるか」


 俺は《可視化》でマユミの色を確認した。


 オレンジに近い赤だった。


 いつもと変わらない色だったが、輪郭が鮮明だった。


 それから、もう一つ見えた。


 マユミの右手首に、わずかな疲労の色があった。


「右手首、昨日から痛くないですか」


 マユミが少し止まった。


「……少し。なんで分かる」


「疲労の色が見えます。訓練の持ち方を確認した方がいいかもしれません」


 マユミはしばらく右手首を見た。


「……気にしてなかった」


「アーヴィンさん、マユミさんの訓練の持ち方を確認してもらえますか」


「分かった」


──────────────────────────────────────


 夕方、サヤが来た。


「感知しました」


「スキルのことですか」


「施設が、反応しています。

 地を見通す者が、次の段階に入ったことを認識しています」


「施設が認識する、というのは」


「施設の感知範囲が、今日から広がります。

 ゆっくりですが、確実に」


 ゼドが隣に来た。


「記録通りです。管理者の同期が深まると、施設が応答する」


「応答、というのは」


「施設があなたを、より深く管理者として認識します。

 それが、施設の機能の回復に繋がります」


 俺は少し考えた。


「今日、スキルを使って気づいたことがあります」


「何ですか」


「全部を同時に見ようとすると、頭に負荷がかかります。

 絞って使う必要があります。

 施設の感知範囲が広がると、その負荷も大きくなりますか」


 ゼドが少し考えた。


「……なる可能性があります。

 記録には、管理者が情報量に圧倒されたという記述があります」


「対処法は」


「二人の管理者で、情報を分担することです。

 サヤさんが地上を担当し、あなたが地下と人を担当する。

 役割を分けることで、負荷が分散されます」


 サヤが静かに言った。


「それが、設計者の意図だと思います」


──────────────────────────────────────


 夜、俺は一人で《可視化》を試した。


 領地の中を、ゆっくり歩いた。


 民兵の宿舎を外から見た。


 中にいる民兵の疲労の色が、壁越しに薄く見えた。


 今日の訓練でどこに負荷がかかったか、分かった。


 明日の訓練で調整が必要な部分が、三か所あった。


 記録しておく必要があった。


 俺はバルドを探した。


「バルドさん、一つお願いがあります」


「なんだ」


「明日から、訓練後の民兵の状態を記録する仕組みを作りたいです。

 誰がどこに疲労を抱えているか、俺が確認したものを書き留める」


「書記が必要だな」


「カインさんに頼めますか」


「聞いてみる」


「急ぎません。明後日までに決まれば十分です」


 バルドは短くうなずいた。


 用件が終わった。


 それだけでよかった。


──────────────────────────────────────


 宿に戻る前に、俺は空を見た。


 星が出ていた。


 星見の地の夜空だった。


 《可視化》を、薄く使った。


 地面の下で、施設が動いていた。


 昨日より、流れが鮮明だった。


 その流れが、俺の足元まで届いていた。


 視るだけじゃ足りない。


 拾って、並べて、積み上げる。


 現場と同じだ。


 石を積むように、情報を積む。


 必要なものを選んで、順番に置く。


 崩れない形に、組み上げる。


 ――それが、現場統合という意味だと思った。



 第43話 音が、消えた 了

【次回予告】


 民兵の訓練に、《可視化》第四段階を初めて投入する。

 成果が出た。そして、一つミスが起きた。


──────────────────────────────────────


【領地収支】


・所持金 :金貨234枚(変化なし)

・収入  :なし

・支出  :なし


【発展進捗】


・防衛  :99%(変化なし)

・食料  :68%(変化なし・収穫目前)

・水   :83%(変化なし)

・住居  :40%(変化なし)

・インフラ:40%(変化なし)


 今日の進捗:《可視化》第四段階「現場統合」開花。石積み現場で負荷・動線・疲労が色と線で可視化されるようになる。情報過多による頭部負荷を確認、絞って使う必要があると判断。サヤ・ゼドが施設の応答を確認。施設の感知範囲が拡大開始。情報分担の必要性をゼドが指摘。民兵の状態記録の仕組み作りをバルドに依頼。

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