第46話 商人の色
交渉は、始まる前に半分決まっている。
相手が何を見せるかではない。
何を隠すかだ。
それが分かれば、席に着く前に勝負はついている。
――問題は、俺の《可視化》が、まだそこまで届いていないことだ。
使者が来たのは、翌々日の昼だった。
正門で名前を告げた。
ドランから報告が来た。
「セルヴァン・ロウと名乗っています。
供が二名、馬車一台です」
俺はミルヴァを見た。
ミルヴァの表情が、わずかに変わった。
「……知っている名前ですか」
「知っている」
短く言った。
「誰ですか」
「タナール系の研究者だった男の名前が、記録にある。
ロウという姓だ」
俺は少し止まった。
「ヴェラさんを消した組織と、繋がりがある可能性がありますか」
「ある。ただし、同一人物かどうかは分からない。
名前だけでは断言できない」
「リアさんには」
「まだ言わない。確認してからだ」
俺はうなずいた。
「通します。ただし、供は正門の外で待たせてください」
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広場の端に、簡単な席を設けた。
テーブルと椅子だけだった。
余計なものは置かなかった。
アーヴィンは建物の陰に立っていた。
マユミは広場の反対側にいた。
ミルヴァは俺の斜め後ろに座った。
セルヴァン・ロウが来た。
五十代だった。
細身で、背が高かった。
商人の格好をしていたが、動きが商人ではなかった。
無駄がなかった。
視線が、一度も泳がなかった。
俺は《可視化》を使った。
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色が、見えた。
落ち着いた色だった。
ただし、層が複雑だった。
表層と奥で、色が違った。
表層は穏やかだった。
奥は、別の色が混ざっていた。
何かを抑えている色だった。
感情ではない。
――目的だ。
この男は、目的を持って来ている。
それを、表層の穏やかさで覆っている。
俺はその色を記録した。
断言はしない。
ただし、見続ける。
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セルヴァンが席に着いた。
「お時間をいただき、ありがとうございます。
フォルテス領主様にお目にかかれて光栄です」
「こちらこそ。
ただし、時間がないので用件から聞かせてください」
セルヴァンは少し微笑んだ。
「現場主義でいらっしゃる。聞いていた通りです」
「誰から聞きましたか」
「ランデルでは、フォルテス領の評判が広がっています。
石材を大量に調達し、防衛を固めている。
優秀な領主だと」
「ありがとうございます。用件をどうぞ」
セルヴァンは少し間を置いた。
「施設のことを、お聞きしたいのです」
俺は表情を変えなかった。
「施設、というのは何のことですか」
「この領地の北東に、古い施設があると聞いています。
地下に、何か特別なものがあると」
「古い地下構造物は確認しています。
危険がないかを調査中です」
「調査中、ということは、まだ内部を把握していないと」
「はい」
嘘ではなかった。
全部は把握していない。
ただし、必要な部分だけ答えた。
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セルヴァンの色が、わずかに動いた。
表層の穏やかさが、少し薄くなった。
奥の色が、少し近づいた。
――探っている。
俺の返答の中から、何かを探している。
「調査には、専門の知識が必要かと思います。
私どもは、そういった施設の研究に携わっております。
もし、お力になれることがあれば」
「どういった研究ですか」
「古代の構造物に関する研究です。
特に、地脈に関連した施設については、長年の知見があります」
地脈、という言葉を使った。
――確定だ。
俺は少し考えた。
向こうは、施設が地脈に関連していることを知っている。
それは、外からでは分からない情報だ。
「どこから、その情報を得ましたか」
「長年の研究の積み重ねです」
「具体的には」
セルヴァンは少し間を置いた。
「……一族の記録、と申し上げれば、お分かりになりますか」
俺は内側で止まった。
表情には出さなかった。
一族の記録。
ゼドの一族の記録を、この男が知っている。
あるいは、別の一族の記録がある。
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俺は《可視化》を絞った。
セルヴァンの色に、集中した。
「一族の記録」という言葉を出した後、色が変わっていた。
奥の色が、前に出てきていた。
試している色だった。
俺がどう反応するかを、見ている。
――こちらも、試されている。
俺は少し間を置いた。
「一族の記録、というのは興味深い表現ですね。
どの一族の記録ですか」
「施設を作った者たちの記録です」
「その記録を、あなたが持っているということですか」
「一部を、研究資料として持っています」
俺は少し考えた。
ゼドの一族の記録は、ゼドが持っている。
別の記録が存在する可能性がある。
あるいは、一族から盗み出した記録がある。
「その記録を、見せていただくことは可能ですか」
セルヴァンが少し微笑んだ。
「お互い様、ということであれば」
「お互い様、とは」
「施設の内部を、我々にも見せていただければ」
そこだった。
これが、目的だった。
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俺は少し間を置いた。
《可視化》でセルヴァンの色を確認した。
今、奥の色が最も前に出ていた。
目的に近づいた、という色だった。
ただし、焦りの色ではなかった。
慣れている色だった。
この交渉を、何度もやってきた男の色だった。
「施設の内部は、現在も調査中です。
安全が確認されていない区画があります。
外部の方を案内できる状態ではありません」
「安全が確認できた区画だけで構いません」
「それも、今の段階では難しいです。
ただし、調査が進めば、改めてご連絡することは可能です」
セルヴァンは少し考えた。
「いつ頃になりそうですか」
「分かりません。急かせる性質のものではありませんので」
「……そうですか」
奥の色が、少し引いた。
今日は、ここまでだと判断した色だった。
――引いたのは、向こうだ。
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セルヴァンが立ち上がった。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
改めて、ご連絡をお待ちしております」
「はい。ランデルに拠点がありますか」
「ベルン商会を通じていただければ、連絡が届きます」
やはり、ベルン商会と繋がっていた。
隠す様子もなかった。
「分かりました。何かあれば、そちらに連絡します」
セルヴァンが去った。
馬車が正門を出た。
商人の色だった。
表は、そう見えた。
――だが、中身は違う。
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ミルヴァが俺の隣に来た。
「色は」
「複雑でした。表層と奥で違う色でした。
目的を抑えている色です。
ただし、慣れている色でした。
交渉を何度も経験している人間の色です」
「タナール系だと思うか」
「断言できません。ただし、地脈という言葉を自然に使いました。
一族の記録という表現も出ました。
施設について、相当な知識があります」
「施設の内部を見たがっていた」
「はい。それが今日の目的でした」
アーヴィンが来た。
「どう見る」
「敵かどうかは、まだ判断できません。
ただし、向こうが施設を欲しがっていることは確かです」
「次の手は」
「ゼドさんに話を聞きます。
ロウという姓に、心当たりがあるかもしれません」
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夜、ゼドに話した。
「セルヴァン・ロウ、という名前に心当たりがありますか」
ゼドは少し間を置いた。
「……ロウという姓は、記録にあります」
「どういう記録ですか」
「タナールから研究を引き継いだ者の名前に、ロウという者がいます。
七十年前の記録です」
「その子孫が、今も活動している可能性がありますか」
「あります。一族の記録という表現を使ったということは、
タナールの研究記録を持っている可能性が高いです」
「タナールの研究記録は、ゼドさんの一族から盗まれたものですか」
ゼドは少し考えた。
「盗まれた、とは断言できません。
ただし、タナールに共有した記録の一部が、写されている可能性があります。
七十年前、当時の一族長は一部の記録を共有しました。
それが引き継がれてきた可能性があります」
「本物の記録ですか」
「一部は本物だと思います。
ただし、解釈が間違っている可能性があります。
施設の言語は、専門の知識がなければ正しく読めません」
俺は少し考えた。
「向こうが施設の内部を見たがっている理由が、その解釈の補完にあるかもしれませんね」
「……そうかもしれません。
記録だけでは分からないことを、現物で確認しようとしている」
なるほど、と思った。
向こうも、情報に穴がある。
――完全には分かっていない。
だから、来た。
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ゼドが少し間を置いた。
「ヒコさん、一つ確認させてください」
「どうぞ」
「その男は、施設の管理者について言及しましたか」
「しませんでした」
「……知らないか、知っていて言わなかったかです」
「どちらだと思いますか」
ゼドは少し考えた。
「記録に管理者の重要性は書いてあります。
ただし、現在の管理者が誰かまでは分からないはずです。
知らない可能性の方が高いと思います」
「それなら、まだ時間があります」
「ただし、施設の感知範囲が広がれば、外部から何かが変わったと気づく可能性があります」
「急ぐ必要があるということですね」
「急ぎすぎるのも危険ですが、放置もできません」
俺は少し考えた。
急かせる性質のものではない。
ただし、段取りだけは整えておく。
それが、現場の判断だ。
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その夜遅く、リアが来た。
静かな顔だった。
「セルヴァン・ロウという名前を、ミルヴァさんから聞きました」
俺は少し止まった。
ミルヴァが話したか。
必要と判断したのだろう。
「……聞いていましたか」
「はい。ロウという姓は、師匠の記録にあります。
師匠が追っていた名前です」
「今日、ここに来た男が、その人物だと思いますか」
リアは少し間を置いた。
「断言できません。
ただし、確認したいことがあります」
「どうぞ」
「次に来たとき、同席させてください」
俺は少し考えた。
リアを同席させるリスクがある。
感情が判断に影響する可能性がある。
ただし、リアには施設の言語の知識がある。
向こうが何かを見せてきたとき、リアが必要になる可能性がある。
「分かりました。ただし、一つだけ条件があります」
「何ですか」
「判断は俺がします。
リアさんには、情報の確認だけをお願いします」
リアは少し間を置いた。
「……合理的です」
短く答えた。
それで十分だった。
商人の色は、穏やかだった。
だが、その奥は違った。
――あれは、交渉の色ではない。
目的の色だ。
第46話 商人の色 了
【次回予告】
秋の収穫が始まった。
エルナが北区画に立っていた。
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【領地収支】
・所持金 :金貨224枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :99%(変化なし)
・食料 :70%(収穫開始目前・北区画準備完了)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:43%(変化なし)
今日の進捗:ベルン商会経由の使者セルヴァン・ロウと会談。施設の内部見学を要求される・保留で返す。ミルヴァがロウという姓をタナール系の記録と照合。ゼドが一族の記録でロウ姓を確認・タナールから研究を引き継いだ者の子孫の可能性。施設の管理者については相手は把握していない可能性が高い。リアが次回の同席を要請・条件付きで了承。




