第40話 一族の記録
記録は、時間を超える。
書いた者が死んでも、記録は残る。
残った記録が、現在と繋がるとき、
現場は、過去から力を受け取る。
――記録を読む者が、歴史を動かす。
ゼドが、一族の記録を広げた。
古い革表紙の本だった。
端が傷んでいた。
何代にも渡って、受け継がれてきた本だった。
広場に全員が集まっていた。
松明の明かりの下で、ゼドが本を開いた。
文字が、細かく書かれていた。
「この記録は、施設を作った者たちが最初に書きました。
以来、一族が引き継いで書き足してきました。
三百年分の記録が、ここにあります」
リアが、石の文字の写しを持って前に出た。
「この写しと、同じ文字がありますか」
ゼドが写しを見た。
「……あります。施設の言語と、もう一つの言語が混ざっています。
これは、干渉装置の文字です」
「誰が書いたか、分かりますか」
「一族の記録ではないです。
ただし、この文字の体系は、記録の中に出てきます」
ゼドがページを繰った。
止まった。
「……ここです」
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ゼドが読んだ。
「七十年前の記録です。
『施設の言語を学んだ者が現れた。一族の外から来た者で、研究者を名乗っていた。
施設の知識を求めて接触してきた。当時の一族長は、一部の記録を共有した。
後に悔やむことになる』」
「七十年前に、施設の知識が外に漏れた」
「そうなります。その研究者が、干渉装置の文字体系の原型を作った可能性があります」
「名前は」
ゼドがページを確認した。
「……タナール、と書いてあります」
七十年前に、原因が生まれた。
リアが、少し止まった。
「タナール」
「知っていますか」
リアは少し間を置いた。
「師匠が、その名前を一度だけ言いました。
『タナールの研究には近づくな』と」
広場が静かになった。
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「タナールは、今も活動していますか」
ミルヴァが聞いた。
「分かりません。七十年前の記録なので、本人は亡くなっていると思います。
ただし、研究を引き継いだ者がいる可能性があります」
「弟子、か」
「あるいは、研究記録を手に入れた者です」
リアが口を開いた。
「師匠を、知っていますか」
全員がリアを見た。
リアは静かに続けた。
「ヴェラという魔術師です。
七年前に、死因不明で亡くなりました」
ゼドは少し考えた。
「……ヴェラという名前は、記録にあります」
「どこに」
ゼドがページを繰った。
しばらく探した。
「……七年前の記録です。
『施設の干渉について調べていた魔術師が消えた。
ヴェラという名前の者で、タナールの研究を追っていた。
一族と接触があった。危険を知らせたが、間に合わなかった』」
七年前に、それを止めようとした者が消えた。
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リアは動かなかった。
俺は《可視化》でリアの色を見た。
揺れていた。
ただし、崩れていなかった。
受け止めている色だった。
「……師匠は、知っていたんですね」
「そうなります」
「だから、消された」
「おそらく」
コリンが、リアの隣に来た。
何も言わなかった。
ただ、隣に立った。
リアは少し間を置いた。
「ゼドさん、師匠が一族と接触したとき、何を話しましたか」
「記録には、施設の干渉装置の文字について質問があったと書いてあります。
一族は、干渉装置の存在を知っていたが、作り方は教えなかった。
ヴェラさんは、タナールの流れを汲む者が今も活動していることを知っていた。
それを、一族に伝えに来たと書いてあります」
「師匠は、危険を知らせに来た」
「はい」
「そして、消された」
「……そうなります」
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ミルヴァが口を開いた。
「タナールの流れを汲む者が、今も活動している。
ベルン商会と、繋がっている可能性がある」
「施設の干渉装置を作れる技術は、タナールの研究から来ている。
その技術を持つ者が、ベルン商会の背後にいる」
「ヴァルクは、その技術を持つ者を使っている」
俺は少し考えた。
「整理します。
七十年前、タナールが一族から施設の知識を得た。
タナールの研究が引き継がれた。
七年前、ヴェラさんがタナールの流れを汲む者を追って、消された。
今、タナールの技術を持つ者が、施設への干渉を試みた」
「そして、ヴァルクがそれを動かしている」
「可能性が高い」
ゼドが静かに言った。
「一族は、ずっとこれを追ってきました。
七十年間。ただし、追いつけなかった」
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バルドが口を開いた。
「ゼドさん、一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「あんたの父親は、四十年前にここに来た。
急いで去った。地脈が乱れた。
それは、追われていたからだと言った」
「はい」
「追っていたのは、タナールの流れを汲む者か」
ゼドは少し間を置いた。
「そうだと思います。父は、詳しいことを話してくれませんでした。
ただし、死ぬ前に一つだけ言いました。
『施設に管理者が戻るまで、記録を守れ』と」
「その管理者が、戻った」
「はい。サヤさんが来た。
そして、今、もう一人の管理者が来た」
ゼドは俺を見た。
「壁の文字に書いてありました。
二人の管理者が揃うまで、施設は完全には動かない。
地を守る者と、地を見通す者」
「それが、サヤさんと俺だ」
「記録にも、同じことが書いてあります。
管理者が揃ったとき、施設は本来の力を取り戻す」
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サヤが口を開いた。
「施設が、本来の力を取り戻すとは、どういう意味ですか」
ゼドが記録を見た。
「地脈の安定化が、格段に向上します。
農業生産が、さらに上がる。
魔物の侵入を、施設が自動的に抑える範囲が広がる。
そして」
ゼドは少し間を置いた。
「より深く、見えるようになります」
俺は少し止まった。
「施設が、スキルに影響を与えるんですか」
「施設は、地を見通す者を補助する機能を持っています。
管理者のスキルが、施設の魔力と共鳴することで、より深く見えるようになる。
それが、設計者の意図だったと記録にあります」
リアが静かに言った。
「ベルン商会の前身組織が、《可視化》のスキル持ちを消してきた理由が分かります。
施設の管理者になれる存在を、排除していた」
「そうなります」
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話が一段落した。
俺はゼドを見た。
「ゼドさんは、これからどうするつもりですか」
「記録を守ることが、一族の役割です。
ただし、一人では限界がある」
「ここに残りますか」
ゼドは少し間を置いた。
「……残っていいですか。
一族の役割を、この場で変えます」
「はい。
ただし、条件が一つあります」
「何ですか」
「一族の記録を、この領地で共有させてください。
秘密にしておく必要があるものは、秘密にします。
ただし、施設と干渉装置に関わる部分は、全員が知る必要があります」
ゼドはしばらく考えた。
「……分かりました。
一族として、それが正しい判断だと思います」
「ありがとうございます」
「礼は不要です。
私こそ、ここに来られて、よかった」
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深夜、リアが外に出ていた。
俺が気づいた。
隣に立った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫です」
少し間を置いた。
「師匠が、タナールの研究を追っていた。
それを知っていたから、ベルン商会の前身組織に消された。
……師匠が死んだのは、施設を守ろうとしたからです」
「そうなりますね」
「師匠は、施設のことを知っていた。
《可視化》のスキルが、施設の管理者に必要だと知っていた。
だから、コリンと私に、その周辺の知識を教えた」
「師匠が、準備をしていた」
「知らずに受け取っていました。
師匠が何を考えていたか、今頃分かりました」
リアは空を見た。
「……遅すぎました。でも、分かりました」
俺は何も言わなかった。
言葉より、隣にいる方がいいと思った。
しばらく、二人で空を見た。
星が、出ていた。
星見の地の夜空だった。
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エピローグ
ゾルドは、その夜、宿の外で石を削っていた。
ガッツに教わった削り方で、石の角を落としていた。
難しかった。
それでも、手は止まらなかった。
石工の仕事は、農業と違って、答えがすぐに出ない。
削った後でなければ、合っているか分からない。
ただし、削る前に考える時間がある。
その時間が、悪くなかった。
農地では、土と戦っていた。
石工では、石と対話している。
どちらも、現場だ。
ゾルドは石を手のひらに乗せた。
角が、落ちていた。
まだ荒い。
ただし、形が見えてきた。
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防衛構築。
外堀を作り、土塁を積んだ。
水路を掘り出し、井戸を開けた。
農地を復活させ、民兵を育てた。
施設の守護者を管理下に置いた。
干渉装置を二つ無力化した。
査察を乗り越えた。
ゼドが来た。
現場の骨格が、できた。
ただし、建設はまだ途中だ。
ヴァルクは、まだ動いていない。
タナールの流れを汲む者が、まだいる。
次で、現場は回り始める。
――守りは作った。
次は、回す。
回り始めれば、
この現場は、止まらない。
第3章 防衛構築 了
第40話 一族の記録 了
【次回・第4章 中核施設 予告】
石材が届いた。
ガッツが弟子たちと建設班を組んだ。
ゾルドが建設班に加わった。
石壁化の工程が、始まった。
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【領地収支】
・所持金 :金貨244枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗・第3章完了時点】
・防衛 :99%(干渉装置の脅威を排除。ゼドが加わり施設の知識が共有された)
・食料 :68%(農地順調・収穫が目前)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし・第4章での整備が課題)
・インフラ:35%(石材搬入開始予定・石壁化第一フェーズ着手へ)
今日の進捗:ゼドが一族の記録を開示。タナールが七十年前に施設の知識を得た経緯が判明。ヴェラ(リアの師匠)がタナールの研究を追って消されたことが確認。施設が二人の管理者を揃えると本来の力を取り戻すこと、《可視化》の第四段階と施設の共鳴が設計者の意図だったことが判明。ゼドが領地に加わることを決意。リアが師匠の意図を理解する。ゾルドのエピローグ。第3章完結。




