第4章 中核施設 第41話 石が積まれる日
石が、動き始めた。
それはつまり、現場が次の段階に入ったということだ。
段取りを作ったなら、あとは現場が動く。
――現場が動けば、形になる。
朝、荷馬車が五台、正門から入ってきた。
ランデルの採石場からだった。
石材が積まれていた。サイズも揃っている。
――現場としては、上出来だ。
ガッツが荷馬車の前に立ち、石を一つ持ち上げた。
手のひらで表面を確かめた。
「……悪くない」
それだけ言った。
弟子の二人が荷を降ろし始めた。
ゾルドが隣に来て、石を受け取った。
昨夜まで削っていた手が、迷いなく動いていた。
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俺はガッツの隣に立った。
「どこから始めますか」
「正門側だ。見せ場でもある」
「見せ場、ですか」
「外から来た者が最初に見る場所だろう。
そこが石壁なら、ここが本物だと分かる」
なるほど、と思った。
防衛だけじゃない。
見せることで、戦いを減らす壁になる。
現場の人間は、そこまで考える。
「工程はどうなりますか」
「土塁の外面に石を積む。今ある形を崩さずに、外側を固める方法だ。
基礎を先に確認する。土が締まっていれば、そのまま積める」
「締まっていなければ」
「締め直してから積む。急がない」
ガッツが弟子の一人に声をかけた。
「基礎の確認、頼む」
「はい」
弟子が道具を持って土塁の根元へ向かった。
ゾルドが後に続いた。
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ガッツが俺を見た。
「ゼドという男が来たな」
「はい。昨夜、一族の記録を開示してもらいました」
「施設の関係者か」
「設計者一族の末裔です。施設の知識があります。
それと、干渉装置の文字体系を識別できます」
「使えるか」
「施設と石壁化の両方で、使える知識を持っています」
ガッツは少し考えた。
「一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「施設の干渉が、また来る可能性はあるか」
俺は正直に答えた。
「あります。タナールの流れを汲む者が、まだいます。
ただし、二つの装置を無力化したので、次は別の手を使ってくる可能性が高いです」
「建設中に来たら、厄介だな」
「そうなります。
だからこそ、石壁化を早めに進める必要があります」
ガッツは短くうなずいた。
「分かった。急ぐべきところと、急がないところを分ける。
俺に任せろ」
「お願いします」
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午前中に、ゼドが建設現場に来た。
護衛の男が後ろに立っていた。
ゼドは土塁を見て、石材を見て、ガッツを見た。
「見ていていいですか」
ガッツがゼドを一瞥した。
「邪魔しなければ、どこにいてもいい」
「邪魔はしません。ただし、一つ確認させてください」
「何だ」
「この土塁の下には、地脈が通っています。
石を積む前に、位置を確認しておきたい」
ガッツが俺を見た。
俺はうなずいた。
「ゼドさん、サヤさんに一緒に来てもらえますか。
二人で確認した方が正確です」
「そうします」
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ゼドとサヤが、土塁の周囲を歩いた。
俺も同行した。
ゼドが歩きながら話した。
「地脈の流れは、施設を中心に広がっています。
土塁の正門側と東側が、流れの縁に沿っています」
「石壁化に影響がありますか」
「問題はありません。ただし、基礎を深く掘り過ぎると、地脈に触れる可能性があります。
基礎の深さは、現在の土塁の根元と同程度が適切です」
サヤが静かに言った。
「地脈は今、安定しています。
施設が、二人の管理者を認識しています」
「認識、とはどういう意味ですか」
「施設が動いています。少しずつ、ですが」
俺は《可視化》を使った。
地面の下に、かすかな動きを感じた。
光のようなもの、とは言えない。
ただし、確かに何かが流れていた。
「……分かります。何かが変わっています」
「それが、本来の機能が戻り始めている状態です」
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昼、広場で食事をとった。
具だくさんのスープと、厚切りのパンだった。
村の女たちが交代で作っている食事だった。
石材搬入の日だからか、量が多かった。
ゼドと護衛の男も、同じ食事を受け取っていた。
ゼドが一口食べた。
何も言わなかったが、表情が少し和らいだ。
俺はゼドの隣に座った。
「記録の中で、まだ確認したいことがあります。
時間があるときに教えてもらえますか」
「いつでも構いません。記録はここにあります」
「施設の第四層以降について、記録はありますか」
ゼドは少し考えた。
「……あります。ただし、設計者でも入れなかった層があります」
「核の場所は第三層最奥ですが、それより深い層があるということですか」
「設計図には、第四層の記載があります。
ただし、何があるかは書いていない。
一族の誰も、入ったことがない」
「封印されているんですか」
「管理者が揃い、施設が本来の力を取り戻したとき、開く可能性があります。
記録には、そう書いてあります」
俺は少し考えた。
まだ先の話だ。
今は、目の前の現場だけを見る。
「分かりました。今は急ぎません」
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午後、ミルヴァが俺を呼んだ。
建設現場から少し離れた場所に来た。
「ハンスから報告がある」
「ベルン商会から、連絡が来ましたか」
「来た。昨日の夜」
八日以上、止まっていた連絡が動いた。
「内容は」
「『施設の情報をもう少し詳しく』という要求だ。
干渉装置の件には触れていない」
「装置の無力化を、知らないんですか」
「知っているかもしれない。知っていて、知らないふりをしている。そういう連中は、一番厄介だ。
どちらにしても、施設への興味が増している」
俺は少し考えた。
「ハンスには、何を返させますか」
「それを聞きに来た」
俺は整理した。
向こうが欲しいのは、施設の詳細だ。
渡す情報は餌だ。
だが、食わせる場所はこちらが決める。
「施設の存在は、もう知られています。
入口の場所は、渡してもいい。外堀の内側にあることは、現地を見れば分かります。
第一層の構造も、探索済みという事実だけなら渡せます」
「管理者の件は」
「渡さない。施設に管理者が認められたことは、まだ知らせない」
「守護者は」
「存在するとだけ。詳細は渡さない」
ミルヴァはうなずいた。
「分かった。ハンスに伝える」
「ミルヴァさん、もう一つ」
「何」
「ベルン商会の背後にいる者が、タナールの流れを汲む者だと思います。
連絡の文体や、要求の細かさから、何か分かることがあれば教えてください」
「見ておく」
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夕方、アーヴィンが民兵の訓練を終えて戻ってきた。
マユミが隣にいた。
「今日の民兵はどうでしたか」
「問題ない。リクが、周りを見て動けるようになってきた」
「指揮の素質がありますね」
「ある。ただし、まだ経験が足りない。もう少し時間が要る」
マユミが言った。
「ゼドさん、午後も建設現場にいたな」
「ガッツさんの仕事を、ずっと見ていました。
石の積み方に、興味があるみたいです」
「施設の人間が、石積みを見るのか」
「施設も石作りですから。共通点があるんだと思います」
アーヴィンは少し間を置いた。
「……あの男の色は、どうだ」
俺は《可視化》で確認した。
「落ち着いた色です。一族の責任感がある色です。
揺れていません」
「信用していいか」
「今のところ、はい」
「分かった」
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夜、俺はゼドと話した。
建設現場の端に、二人で座った。
「ゼドさん、護衛の方の名前を聞いていませんでした」
「レオと言います。子供の頃から一緒にいる男です」
「施設の知識を持っていますか」
「少しは。ただし、記録を読める者は一族の中でも限られていました。
私が最後の一人です」
「プレッシャーがありますね」
「ありました。ただし、今は少し違います」
「どう違いますか」
「一人で守ると思っていたものが、ここにあります。
一人で守らなくていい場所が、できた」
俺は少し間を置いた。
「壁の文字に、『一人で抱えるな』と書いてありましたね」
「設計者が書いた言葉です。
施設は最初から、一人で動かすものとして作られていなかった」
「管理者が二人必要な設計も、そういう考え方から来ているんですね」
「そうだと思います。
一人の判断では、間違える。
二人で見ることで、補い合える。
施設を作った者は、そう考えていたと思います」
俺は空を見た。
星が、出ていた。
「段取り八分、という言葉があります。
準備が八割で、あとは現場が動く」
「段取り八分」
「施設の設計者も、似たことを考えていたんじゃないかと思います。
最初に仕組みを作れば、あとは仕組みが動く」
ゼドは少し考えた。
「……三百年、仕組みが動いていた」
「そうなります」
「設計者は、正しかったんですね」
「正しかったと思います。
ただし、外から崩そうとする者が出た。
仕組みは、守らないと続かない」
「三百年動いた仕組みは、崩す側も三百年かけてくる」
「だから、管理者が必要だった」
「そうなります」
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眠る前に、俺は今日の進捗を整理した。
石材が届いた。
ガッツが基礎の確認を終えた。
明日から、正門側の石積みが始まる。
ゼドが地脈の位置を確認した。
基礎の深さに問題がないことが分かった。
ベルン商会から、ハンスへの連絡が再開した。
施設への興味が増している。
渡す情報を絞った。
ゼドが領地に加わった。
記録の共有が始まった。
現場は、もう戻らない段階に入っている。
積むのは石だけじゃない。信用だ。
――一つずつ、積み上げる。
石を積むように、現場を積む。
それが、崩れない形を作る。
第41話 石が積まれる日 了
【次回予告】
正門側の石積みが始まった。
ゼドが施設の第四層について、さらに記録を開示する。
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【領地収支】
・所持金 :金貨234枚(−10)
・収入 :なし
・支出 :石材調達費 金貨10枚
【発展進捗】
・防衛 :99%(変化なし・石壁化第一フェーズ着工準備完了)
・食料 :68%(変化なし・収穫目前)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:38%(石材到着・基礎確認完了・正門側石積み開始へ)
今日の進捗:石材初回搬入。ガッツが正門側から石壁化着工を決定。ゼドが地脈の位置を確認し基礎深さに問題なし。ベルン商会からハンスへの連絡が八日ぶりに再開。渡す情報を絞り逆用継続。ゼドが施設の第四層について新たな情報を開示。




