第39話 待ち伏せ
待つことは、動くことだ。
ただ立っているだけではない。
来る場所を決める。
来る時間を読む。
逃げ道を塞ぐ。
それが、現場の待ち方だ。
――来る場所で待てば、現場の主導権はこちらにある。
待ち伏せの場所は、ミルヴァとサヤが選んだ。
二つ目の装置があった場所から、北に五十メートルほど離れた位置だった。
低い岩が並んでいる場所で、人が隠れやすかった。
装置の確認に来るなら、必ずこの付近を通る。
それが、二人の判断だった。
「装置を確認しに来るとすれば、いつ頃ですか」
「三日から五日の間に来ると思います」
サヤが答えた。
「装置の状態が変わったことに気づいていれば、早く来る。
気づいていなければ、通常の確認周期で来ます」
「二つの装置が無力化されたことに、気づいているはずですよね」
「そうなれば、すぐ来るはずです」
「では、今夜から始めます」
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待ち伏せの体制を組んだ。
ミルヴァが現地に常駐する。
アーヴィンが夜間の交代要員として待機する。
サヤが施設の方向を感知し続ける。
何かあれば、俺に知らせが来る。
「村の警戒は」
「マユミさんとリクを中心に。
コリンさんの結界が補助します」
「分かった」
マユミが俺のところに来た。
「私は、行かなくていいのか」
「村に残ってほしいです。
外で何かあったとき、村を守れる人間が必要です」
「アーヴィンが外に出るのに、私だけ残るのか」
「アーヴィンさんは夜間の一時間だけです。
交代でミルヴァさんが戻ります。
マユミさんには、村全体を見てもらいたい」
マユミは少し間を置いた。
「……分かった。ただし、何かあればすぐ呼べ」
「呼びます」
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一日目の夜。
何もなかった。
静かすぎた。
二日目の夜。
何もなかった。
変わらないことが、不気味だった。
ミルヴァが朝に戻ってきた。
「気配はある。ただし、近づいてこない」
「様子を見ている」
「そう思う。こちらが装置を発見したことは、確実に知っている。
警戒しているはずだ」
「急がなくていいです」
「分かっている」
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三日目の昼間、ガッツと設計の確認をした。
正門側の石壁化の図面を広げた。
土塁の内側に、石壁を立てる設計だ。
「土塁を残したまま、内側に石壁を作ります。
土塁が足場と型枠を兼ねます」
「土塁を壊さなくていいのか」
「壊せば、その間、防衛が弱くなります。
土塁を残しながら、外側に石壁を立てる方が安全です」
「土塁の上に石壁を乗せる形か」
「土塁の外縁に基礎を作って、そこから立てます。
土塁と石壁の間は、後で土で埋めます。
完成すれば、土塁が芯になった石壁になります」
ガッツは図面を見た。
「……これは、面白い設計だ」
「現場から出た発想です」
「土塁を壊さずに石壁化する手法は、普通は考えない。
壊す方が手間がないから、みんなそっちを選ぶ」
「壊している間に、何かが来るかもしれない。
それが嫌でした」
「現場で守りながら、建設する」
「そうです」
ガッツは鉛筆を手に取った。
「いくつか修正がある。一緒に確認しろ」
「はい」
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三日目の夜だった。
俺は施設の入口の近くで待っていた。
《可視化》を広げていた。
北東の森の方向を見ていた。
何もなかった。
風が、木の葉を揺らした。
施設の入口から、ヴェルグの気配が伝わってきた。
安定していた。
コリンが隣で結界を維持していた。
静かだった。
俺は少し眠くなってきた。
現場の夜の待ちは、眠気との戦いでもある。
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四日目の夜だった。
夜半を過ぎた頃だった。
サヤが俺のところに来た。
「感知しました」
「何を」
「魔力の流れが、北東の方向から動いています。
二人分です」
俺は《可視化》を北東に向けた。
遠い。
ただし、色が見えた。
二つ。
動いている。
こちらに向かっていた。
「ミルヴァさんに知らせます」
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少しして、ミルヴァが戻ってきた。
「来た。ただし、一人じゃない」
「二人ですか」
「そうだ。一人は、魔力を持っている。
もう一人は、護衛だと思う。
武器を持って、前を歩いていた」
「装置の製作者と、護衛」
「そう見た。
今は、最初の装置があった場所に向かっている。
装置が無力化されていることを確認してから、次に動く」
「次に動くとすれば、新しい装置を置くか、逃げるか」
「その前に、抑えたい」
アーヴィンが立った。
「行く」
「待ってください。場所を確認してからです。
サヤさん、二人の位置が分かりますか」
「分かります。最初の装置の場所にいます。
止まっています」
「確認している」
「はい。少し、動揺している気配があります」
「装置が消えていることを知った。
予想外だった」
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方針を決めた。
「ミルヴァさんとアーヴィンさんが、包囲します。
逃げ道を塞いでから、話しかけます」
「話しかける?」
アーヴィンが言った。
「まず、話を聞きます。
相手が誰で、何を目的としているか。
戦闘は、最後の手段です」
「向こうが武器を向けたら」
「そのときは、アーヴィンさんに任せます」
「分かった」
ミルヴァが短く頷いた。
「俺とサヤさんは、後方から支援します。
リアさんは施設の前で待機。
コリンさんは結界を維持してください」
「了解です」
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北東の森に入った。
暗かった。
月明かりだけだった。
サヤが方向を示した。
ミルヴァが音もなく先行した。
アーヴィンが右側から回った。
俺はサヤと中央を進んだ。
《可視化》で二つの色を追った。
まだ、止まっていた。
動揺している色が、続いていた。
五十メートル。
足音が消えた。
三十メートル。
呼吸を抑えた。
十メートル。
相手の気配が、はっきりした。
ミルヴァが左側から出た。
アーヴィンが右側から出た。
二人の前に、二つの人影があった。
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一人は、四十代の男だった。
細身。
外套を羽織っていた。
手に、小さな石を持っていた。
指先だけが、異様に汚れていた。
もう一人は、三十代の男だった。
がっしりした体格。
剣を腰に差していた。
二人がこちらを見た。
護衛の男が剣に手をかけた。
アーヴィンが一歩前に出た。
剣は抜かなかった。
ただ、立った。
それだけで、護衛の男が止まった。
俺が前に出た。
「夜分に失礼します。
少し、話を聞かせてもらえますか」
細身の男が、俺を見た。
《可視化》で色を見た。
驚きと、警戒と、何か別のものが混ざっていた。
敵意だけではなかった。
迷っている色だ。
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「あなたが、装置を作った人ですか」
細身の男は答えなかった。
「石の干渉装置です。二つ、無力化しました。
三つ目は、あなたが撤去した」
男は少し間を置いた。
「……なぜ、無力化できた」
「管理者がいるからです」
「管理者が、いる」
「十年間、この地の施設を守ってきた人がいます」
男はサヤを見た。
サヤと目が合った。
男の色が、大きく動いた。
驚きではなかった。
安堵に近い色だった。
「……まだ、いたのですか」
サヤが、静かに答えた。
「いました」
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男が、剣を持った護衛に目配せした。
護衛が、剣から手を離した。
「話を、聞いてもらえますか」
男が俺に言った。
「聞きます」
男は、一度だけ目を伏せた。
「私は、ゼドといいます。
施設の記録を持つ一族の末裔です」
「一族、とは」
「三百年前、この施設を作った者たちの子孫です。
記録を守り、施設の状態を観察し続けてきました」
俺は少し止まった。
「施設を作った側の人間が、干渉装置を置いたんですか」
「違います」
ゼドは少し間を置いた。
「干渉装置を置いたのは、私ではありません。
私は、干渉装置を探しに来ていました」
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全員が静かになった。
「干渉装置を、探していた」
「はい。一ヶ月前から、施設の核に異常を感知していました。
外部からの干渉です。
発生源を探して、除去しようとしていました」
「あなたが除去しようとしていた」
「はい。ただし、最初の一つを発見したとき、すでに無力化されていた。
誰かが先に動いていた。
三つ目は、私が撤去しました。
位置からして、管理者を弾く装置だと分かったので」
「管理者を守るために、撤去した」
「そうです」
俺はゼドを見た。
《可視化》の色は、変わっていなかった。
嘘をついている色ではなかった。
「では、あなたは敵ではない」
「敵ではありません。
ただし、信じてもらえる根拠が、今すぐはないです」
「一つ、聞かせてください」
「何ですか」
「四十年前に、この地に来た調査者がいました。
あなたの一族ですか」
ゼドは少し間を置いた。
「……私の父です」
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森の中で、立ったまま話した。
ゼドが続けた。
「父は、四十年前にこの地を調査しました。
施設の状態を確認するために来ました。
ただし、調査の途中で、何かに気づいた」
「何に」
「施設の情報を、外部の組織が探っていました。
父が気づいたことで、その組織に追われた。
急いでこの地を離れた。
それが、地脈の乱れを引き起こした一因です」
「追われた状態で去れば、施設の安定化ができなかった」
「はい。父は、生涯悔いていました。
私は、父の悔いを引き継いで、施設の監視を続けてきました」
「その組織が、今の干渉装置を置いた」
「そう思っています。
ただし、直接の証拠は、まだありません」
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俺はゼドを見た。
「今夜は、村に来てもらえますか。
話の続きを、全員で聞きたいです」
「……村に、入っていいんですか」
「来てください。
ただし、護衛の方の武器は、預かりますか」
ゼドが護衛を見た。
護衛が頷いた。
剣をアーヴィンに渡した。
アーヴィンが受け取った。
それだけで、場が動いた。
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一行で村に戻った。
全員が広場に集まった。
ゼドが全員の前に立った。
俺は《可視化》で全員の色を見た。
バルドが、腕を組んで見ていた。
リアが、石の文字の写しを持っていた。
コリンが、少し緊張していた。
サヤが、落ち着いていた。
ゼドの色は、複雑だった。
ただし、安定していた。
ここに来ることを、決めた色だった。
――また、一人、来た。
自分で来た人間を、追い返す理由はない。
話を聞く。
それが、現場のやり方だ。
第39話 待ち伏せ 了
【次回】
ゼドが、一族の記録を広げた。
その中に、師匠の名前があった。
リアが、静かに言った。
「師匠を、知っていますか」
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【領地収支】
・所持金 :金貨244枚(変化なし)
・収入 :なし
・支出 :なし
【発展進捗】
・防衛 :98%(変化なし)
・食料 :66%(農地順調・収穫が近い)
・水 :83%(変化なし)
・住居 :40%(変化なし)
・インフラ:35%(石壁化設計の修正確認・来月から石材搬入開始)
今日の進捗:四日目の夜、ゼドと護衛が装置の確認に来たところを待ち伏せ。ゼドは施設の設計者一族の末裔で、干渉装置を除去しようとしていたことが判明。三つ目の石を撤去したのもゼドだった。四十年前の調査者はゼドの父親と確認。ゼドを村に招き入れ、全員での話し合いへ。ガッツと石壁化設計の修正を確認。




